第131話 死体の強化服

 セランタルビルの外でクロサワが大型の銃を構えていた。

 戦車の主砲を取り外して銃に無理矢理やり改造したような大型の銃だ。

 その威力も外見相応で、弾の値段も相応だ。


 クロサワが照準器をのぞいて目標の様子を確認している。

 力場装甲フォースフィールドアーマーの衝撃変換光から着弾は確信している。

 しかし目標を撃破できたかどうかは別だ。


 クロサワの表情がゆがむ。

 目標は健在だ。

 力場装甲フォースフィールドアーマーの耐久を大幅に削ったとは思うが、非常に高価な弾丸を使用した期待に応える結果ではない。


 クロサワはあきれに近い感情を覚えながらつぶやく。


「駄目か。

 随分頑丈なやつだな。

 あんな個体がいる施設を制圧するのか?

 セランタルビルの周囲に大げさな包囲部隊が必要になるわけだ」


 クロサワが部下に部隊の状態を尋ねる。


「被害は?」


「ない。

 全員無事にビルから脱出した。

 取り残されたやつはいない。

 その確認も済んだ。

 ビルの出入口から湧いて出てくる機械系モンスターを破壊する程度の戦闘で負傷したやつもいない」


「良し。

 各自簡易防壁から銃撃して、ビルから湧いて出てくる敵の進軍の阻止を続けろ。

 安全第一だ。

 弾を惜しむな。

 耐久が落ちた簡易防壁は早めに放棄して後方に下がらせろ。

 10人ぐらい機材の運搬作業に戻せ。

 簡易防壁用の機材の運搬を優先させろ。

 探索機器等は後回しだ。

 ビルの外で戦う分には情報収集機器の性能低下もないようだ。

 陣の防御力の補強が優先だ。

 このままビルから出てくるモンスターの排除を続けておけば、ビルの1階の制圧を捨てても面目は立つだろう。

 敵の圧力が増した場合、必要ならビルの包囲部隊まで撤退する。

 無理をさせるな」


「分かった」


 部下が戻っていくのを確認してから、クロサワが再びビル内の広間にいる大型固定機の狙撃に戻る。

 無傷のように見える目標を照準器に見て、僅かに険しい表情を浮かべる。


(……後数発撃って、それでも効果が微妙なら、あの目標の撃破は捨てるしかないな。

 あれを何とかしないとビルへの再突入は無理だ。

 あれが指令機なら、あれを撃破すれば敵戦力の低下が見込めるんだが。

 ……包囲部隊に頼んで、連中の人型兵器の武装であれだけ破壊してもらうか?

 ……駄目か。

 俺の権限で連中が了承するとは思えない。

 まあ、必要なら、制圧部隊の本隊をビル内に送り込む時に、もっと上の方から指示が出るだろう。

 それがいつになるかは知らんが、おれが気にすることじゃねえな)


 クロサワが気を切り替えて引き金を引く。

 戦車砲に匹敵する威力の弾丸が、射線の先にいる甲B18式を数体巻き込んでビル内の大型固定機に直撃する。


 着弾は確認したがやはり目標の撃破には至っていない。

 クロサワはそれを確認して、それとは別の意味で軽くめ息を吐いた。


「何か用か?

 俺は忙しいんだ。

 くだらねえ用なら後にしてくれ」


 クロサワの近くに険しい表情のカツヤが立っていた。


 カツヤがクロサワに真剣な表情で決意を込めて話しかける。


「頼みがある」


「断る」


 クロサワがカツヤの方を見もせずに即答した。

 取り付く島もない。

 痛烈な拒絶にカツヤの表情がゆがむ。


 リリナが少したじろぎながらもカツヤを援護するようにクロサワに話す。


「まだ何を頼むかすら言ってないじゃない!

 話ぐらい聞きなさいよ!」


 クロサワは面倒そうに舌打ちした後、やはりカツヤ達の方に顔を向けずに答える。


「ビルに取り残された連中の救出を手伝えって話だろ?

 断る。

 俺達にはお前達を助ける義理も義務もない。

 何でお前らを助けるために俺達がわざわざ危険を冒さなければならないんだ?

 嫌だね。

 俺も嫌だし、俺の部下達も嫌がる。

 俺達は命懸けで金を稼ぎに来てるんだ。

 命を金に換えに来てるんだ。

 身に着けた技術、消費する弾薬、死傷する危険、得られる報酬、それらの帳尻が合っているから依頼を受けてここにいるんだ。

 仲間を助けるためってならも角、消極的であれ敵対している部隊の人間を助けるためただ働きする余地なんか残ってねえよ」


 いち早く撤退したクロサワ達とは異なり、クロサワ達の折角せっかくの労力と功績を投げ捨てるような迷いのない撤退行動を見てから、念のため撤退を決めたカツヤ達は大分遅れてビルから撤退した。


 そのため、カツヤ達の部隊の一部は撤退が間に合わず、今もビルに取り残されている。

 その生死は不明だ。

 希望的な観測なら、どこかの部屋に籠城して助けを待っているだろう。

 悲観的な観測なら、既に全滅しているだろう。

 カツヤは前者を選択した。

 カツヤには、後者は選べない。


 カツヤが、ユミナが、リリナが、それぞれの善意と良識と傲慢で頼み込み交渉し言い返そうとする。

 銃撃を続けているクロサワが、カツヤ達よりも早く話を続ける。


「こんな状況なのだから助け合うべきだってか?

 断る。

 確かに助け合うのは良いことだ。

 だがそれはお互いに相手を助ける意思と能力がある場合での話だ。

 意思の方は仲間を助けたいっていうお前の気持ちも分かるってことから譲歩してやる。

 だが能力は別だ。

 俺達はお前達を足手まといだと思っている。

 お前達に俺達を助けられる実力があるとは思えない。

 助け合いは成立しない。

 俺達が一方的にそっちを助ける以上、それは無償の善意だ。

 俺も、俺の部下達も、お前らを相手に無償で動く意思も余裕もない。

 俺達が構築した簡易防壁をお前達に使わせてやっているだけでも、俺達はお前らを十分助けている。

 感謝してもらいたいね」


 厳密には、簡易防壁からカツヤ達を追い出すと、カツヤ達はビルの周辺から大幅に撤退するか、ビルへの無謀な突入を試みなければならなくなる。

 それは全体の戦力の減少という意味でクロサワ達にも不利益だ。


 クロサワがカツヤ達に簡易防壁の使用を許可したのは単純に自分達の利益のためだ。


 カツヤが、ユミナが、リリナが、それぞれの意地と打算と自棄やけで食い下がり妥協を求め言い切ろうとする。

 それよりも早くクロサワが話を続ける。


「金なら払うってか?

 断る。

 金銭が絡む以上それは正式な依頼だ。

 俺は現場の指揮官としてここにいる。

 追加の依頼を勝手に受ける権限はない。

 その手の交渉は、ハンターオフィスの出張所で本隊の編制の交渉をしている上の連中とやってくれ。

 俺に頼んでも無駄だ」


 カツヤとユミナとリリナはそれで黙った。

 苦悩の表情で話すべき内容を思案するが、何も思いつかない。

 クロサワが話を続ける。


「断る。

 心情的にも立場的にもそっちの要求を受ける要素はない。

 分かったら黙ってろ。

 近くでわめかれると気が散る。

 邪魔だ。

 これ以上邪魔をするならお前らから排除する。

 部隊の指揮の邪魔をして、部隊全体を危険にさらすんだ。

 物理的に俺の邪魔ができなくなる程度には負傷してもらうぞ」


 クロサワはカツヤ達の方を見ていない。

 だがカツヤ達にもクロサワからにじみ出る気迫に敵意が混ざり始めていることは分かった。


 カツヤとユミナとリリナは言うべきことを考えることすらできなくなり、そのまま口を閉ざした。

 カツヤは無力な自分を嘆き、ユミナは仲間の身を案じてつらそうに表情を曇らせ、リリナは不機嫌に口元をゆがめた。


 その中で、1人で考え込んでいたアイリが口を開く。


「では私達の部隊を貴方あなたの指揮下に置いてほしい。

 その間の功績は全てそちらに譲る。

 それでそちらの当初の目的、セランタルビル1階の制圧を達成してほしい」


 カツヤ達が驚いてアイリを見る。

 アイリは真剣な表情でクロサワを見ている。


 クロサワが銃撃を止めてアイリの方へ顔を向ける。

 そして大分困惑の混ざった意外そうな表情で、相手の真意を読むようにアイリを見る。


 アイリがクロサワと視線を合わせて続けて話す。


「私達を先行させればそちらの部隊の危険は軽減できる。

 私達の実力不足は貴方あなたの指揮である程度補える。

 そちらはより良い成果を手に入れられる。

 金銭は絡まない。

 どう?」


 クロサワが僅かに思案してから答える。


「……俺達は危険をそっちに押しつけて安全により良い成果を手に入れられる。

 1階を制圧すればビル内にいるそっちの部隊員も救助できる……か。

 検討に値する提案であることは認めるが、末端に言われてもな。

 そちらの部隊長の説得が先じゃないか?

 最低限の功績までこっちに渡したら、お前らはここに何をしに来たんだって話になる。

 その責任を取るのは、そっちのカツヤってやつだろう?

 それとも、その手の交渉に関する全権を委任でもされているのか?」


 クロサワが怪訝けげんそうに尋ねると、アイリが残念そうな口調で答える。


「……されていない」


「そうか。

 内容は悪くなかったが、次はその点を念頭に置いてから提案してくれ」


 クロサワがそう言って交渉を打ち切ろうとした時、カツヤが覚悟を決めて言い放つ。


「分かった!

 功績は全て渡す!

 その責任は全部俺が取る!

 ……だから、皆を助けてくれ。

 頼む」


 カツヤは内心を吐き出すように誠意を込めて頭を下げた。

 そこには確かな重みが存在していた。


 クロサワがカツヤを見る目を、調子に乗っているガキから交渉相手のハンターに切り替えた。

 真剣な表情で思案を始める。


 カツヤ達が固唾をんでクロサワの返答を待っている。

 クロサワは真剣な表情で黙って考え続けている。


 クロサワが結論を出した。

 そして重い口調でその結論を口に出す。


「駄目だ。

 断る」


 それがクロサワが真剣に考えた結果であることはカツヤ達にも分かった。

 カツヤが痛ましい表情でクロサワに尋ねる。


「……どうして駄目なんだ。

 どうしても駄目なのか?」


「魅力的な提案であることは否定しない。

 だが重要な懸念がどうしても拭えない。

 それが拭えない以上、俺も部隊を預かる人間として、その要求を飲むわけにはいかない」


 アイリがクロサワに尋ねる。


「……懸念って、何?」


「そちらの部隊が俺の指揮下に入ったからと言って、俺の指示に必ず従うという確証が持てない。

 その確証がないと、そちらの提案の根底が崩れる」


 それを聞いたカツヤが必死に訴える。


「必ず指示に従う!

 約束は守る!

 うそじゃない!」


 クロサワが首を横に振る。

 そしてカツヤへ誠実に答える。


「別にお前がうそを言っているとか、そういう話じゃない。

 お前が部下に信頼されていないという話でもない。

 お前は俺の指示にちゃんと従うだろう。

 お前は部下との仲も良く、信用も信頼もされているんだろう。

 だがそれはお前の部下が俺の指示に従う保証にはならない。

 お前への信用、信頼が、逆に俺の下に付くことを嫌がる理由になる場合もある。

 俺からの命令ではなく、お前の命令でないと動かないやつもいるだろう。

 更にお前からの命令であったとしても、その指示に確実に従うかどうかは微妙だ。

 現に、既にお前からの指示を軽んじて、入るなと指示があったはずの場所に勝手に入ったやつがいる。

 そうだろう?」


 クロサワの視線がリリナに向けられる。

 リリナが凍り付いた。


 クロサワは視線をカツヤに戻して話を続ける。


「今までもお前の指示を無視したやつがいるんじゃないか?

 ……いるみたいだな。

 お前の指示にすら従わないのに、俺の指示に従うとは思えない。

 交渉は終わりだ。

 俺はお前達の提案を拒否する。

 悪く思うな。

 お前は部下を助けたいんだろうが、それは俺も同じだ。

 俺は隊長として部下を不必要に危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 まあ、お前達がビルに突入するなら援護射撃ぐらいはしてやる。

 その時は一声掛けろ」


 クロサワはそれだけ言ってその場を離れた。

 陣の別の場所に移動して、部下に指示を出した後、再びセランタルビルの出入口へ銃を向けた。


 その場に取り残されたカツヤ達が暗い表情を浮かべている。

 特にリリナはひどい表情をしている。

 リリナが押しつぶされそうな内心を吐き出すようにつぶやく。


「……私の……所為なの?」


「……少なくとも、リリナだけの所為ではない」


 アイリの不器用な慰めは、残念ながら大して意味を成さなかった。




 エレナはアキラ達に待機の指示を出して形勢を確認し続けていた。

 大型固定機を下手に攻撃して、ビルの外に出て行く甲B18式達が攻撃目標をエレナ達に変えないようにだ。


 大型固定機を狙ったビル外から狙撃も断続的に続いていた。

 破壊には至っていないが、力場装甲フォースフィールドアーマーの耐久値を大幅に削っている。

 エレナはこのまま大型固定機を破壊してくれることを期待していた。


 だが断続的に続いていた外からの攻撃が止まった。

 エレナは待機を続けて、それが一時的な中断か、完全に終わったのかを判断する。

 そして表情を険しくさせて結論を出した。


(攻撃を無駄と判断したのか、あるいは外の状況が悪化して攻撃を続ける余裕がなくなったのか……、できれば前者と思いたいわね)


 エレナがアキラ達に指示を出す。


「残念だけど、外の部隊があれを何とかしてくれるとは思わない方が良さそうだわ。

 だから私達で破壊して脱出する。

 前であれを破壊する人と、後方を警戒する人に分けるわ」


 エレナがシオリとカナエを見る。

 シオリは刀を腰に差しており、カナエは両手に籠手こてを装備している。

 どちらも近距離戦闘の装備だ。

 近距離戦闘に特化した人員ならば、大型固定機の撃破要員に回すのは非効率だ。

 レイナの護衛もある。

 後方に配置した方が良いだろう。

 エレナはそう判断した。


 しかしシオリがエレナに話す。


「では、わたくしは前に」


 エレナが少し意外そうに聞き返す。


「良いの?

 というより大丈夫なの?」


「ご心配なく」


 エレナは少し迷ったが、シオリの提案を受け入れることにした。

 恐らくレイナの護衛である人物が護衛対象から離れてでも大型固定機の撃破を優先するのだ。

 速やかに大型固定機を破壊した方が護衛対象の安全を確保しやすいと判断したのだろう。

 目標の破壊を実現する手段も持ち合わせているのだろう。

 エレナはそう判断した。


 エレナが皆に話す。


「分かったわ。

 後方の人員はシカラベ、カナエ、レイナ、トガミよ。

 シカラベ。

 そっちは任せたわ」


 シカラベがエレナの意図を理解する。

 後方は4人だが、純粋な戦力要員は3人、あるいは2人で、それはシカラベとカナエだ。

 死なれては困る誰かの護衛と、自分で連れてきた人間の扱いも含めて、自分で何とかしろという意味合いも含んでいるのだ。


「了解だ。

 行くぞ」


 シカラベが後方人員に声を掛けて離れていく。

 カナエが後に続こうとして、複雑な表情で立ったままのレイナの手をつかんで連れていく。

 心配そうにシオリを見ていたレイナを、シオリは何も心配はないという微笑ほほえみを浮かべて見送った。


 トガミも複雑な表情で後に続いた。

 自分が後方に回されたのはシカラベの部下という扱いだからだ。

 攻撃側に配置しても役に立たないから、ではない。

 恐らくはその通りで、それでも今のトガミには信じにくいことに悩み苦しみながら。




 アキラ達が攻撃の配置に付く。

 広間に続く通路の影、瓦礫がれきの後ろ、壁にいた穴の横、それらの遮蔽物に身を隠しながら、エレナからの合図を待っている。


 アキラは非常に険しい表情で、緊張を抑えるために、自己暗示を掛けるように、意図的な呼吸を繰り返していた。


(……落ち着け。

 焦るな。

 慌てるな。

 やるべきことを、できる限りやる。

 それだけだ。

 あの蛇に食われた時だってアルファはいなかった。

 あいつの腹の中にいた時より状況は悪いのか?

 違う、はずだ)


 床には機敏に動くのに邪魔なものが置いてある。

 リュックサック、CWH対物突撃銃、DVTSミニガンなどだ。

 アルファのサポート無しでそれらを身に着けたまま機敏に動く自信は欠片かけらもない。


 全て身に着ければ下手をすれば歩くのも難しくなってしまうそれらを、アキラはアルファのサポートによる絶妙なバランス操作で対処していた。

 アルファのいない状態では、それらを身に着けての戦闘など不可能だ。


 アキラが両手で握っているA4WM自動擲弾銃を見て苦笑する。


(適当に狙っても大丈夫な武器が2つも有る。

 買っておいて良かった)


 A4WM自動擲弾銃もDVTSミニガンも比較的大雑把おおざっぱに狙う武器だ。

 CWH対物突撃銃のようにしっかり狙って当てる武器ではない。


 大型固定機までの距離は、野外戦闘の間隔では近距離と言って良い。

 アキラの実力でもしっかり狙いを定めれば、CWH対物突撃銃でも問題なく命中する距離だ。


 ただし今のアキラには遮蔽物から1秒以上身を乗り出す行為など、照準を合わせる為にそれだけ長い時間を掛けるなど、自殺手前の危険行動だ。

 運悪く敵の機銃の銃口がアキラに向いていれば、死なずに済む猶予はほぼゼロだ。


 今のアキラには的の大きさを考慮に入れても、その上で集中して体感時間を圧縮して時間を稼いでも、自分の命と引き換えでなければ命中させる自信はなかった。


 適当に狙っても一番効果がありそうな武器を握り、回復薬を口に含んで攻撃の合図と同時に飲み込む準備をして、覚悟を決めて、アキラは待っていた。


 通信機を通してエレナが攻撃前の最後の指示を出す。


「言うまでもないけど、私達が攻撃を開始したら、今はビルの外に出ている小型機もこちらを襲ってくる可能性があるわ。

 できれば小型機にはそのままビルの外を優先してほしいから、そのまま外に出ようとしている小型機は放置して、できるだけ優先目標の撃破を優先して。

 これは小型機を攻撃するなって意味ではないわ。

 危険だと思ったら各自の判断で柔軟に対応して」


 甲B18式達は今も大型固定機の横、アキラ達の逆側を通ってビルの外に出て行っている。

 在庫は潤沢のようで、尽きる気配がない。


「それじゃあ、始めるわよ。

 5、4、3、2、1、ゼロ!」


 エレナの合図でアキラ達は一斉に攻撃を開始した。




 アルファとセランタルが向かい合って話を続けている。


 セランタルが忌ま忌ましそうにアルファに話す。


「来訪申請を開示させた上に、その申請を取り消せだと?

 お前達はいつもそうだ。

 一般フロア情報へのアクセス許可だけでも本来は部外秘だ。

 どこまでこちらの権限を踏み荒らせば気が済む!」


 アルファがどことなく高圧的な無表情で答える。


「必要なだけよ。

 この穏便な要請を拒否するのなら、穏便ではない手段を取らざるを得ないわ」


 セランタルがアルファをにらみ付ける。

 アルファは全く表情を変えずに返事を待っている。

 少し間を空けて、セランタルがありったけの敵意を乗せた声で答える。


「……申請を、取り消した。

 確認しろ」


 アルファが微笑ほほえんで答える。


「確認したわ。

 御協力感謝するわ」


「用が済んだのなら帰れ。

 二度と来るな」


「私としても、そう願いたいわ」


 アルファの姿がこの空間から消える。

 その後、セランタルはお客様には決して向けない表情で、気の済むまで罵詈雑言ばりぞうごんを吐き続けていた。




 アキラは必死に攻撃を繰り返していた。

 意識を集中して、体感時間を圧縮して、遮蔽物から身を乗り出して、大型固定機へA4WM自動擲弾銃を向けて、かなり大雑把おおざっぱに狙いを付けて引き金を引く。

 そして敵の銃口が自分に向けられる前に遮蔽物に戻る。


 身を乗り出すたびに死を覚悟する。

 既に敵の銃口が自分に向けられていた時は慌てて戻る。

 大量の銃弾が一瞬前に自分がいた場所を着弾する恐怖に耐えて、障害物に無数の銃弾が着弾している音を聞きながら別の位置に移動して、再度攻撃を試みる。

 その繰り返しだ。


 アキラの意識が通常の体感時間ならば、敵の銃口の確認が間に合わずに回避動作が遅れて既に死んでいる。

 あるいは身を乗り出した途端に死んでしまいそうで、縮こまったまま何もできずにいただろう。


(体感時間の操作ができるようになっていて本当に良かった。

 ……俺は後どれだけ持つ?

 それまでに、倒しきれるか?)


 アキラは攻撃のたびに心身にほぼ限界の負担を強いている。

 体も脳も即時の休息を要求しているが、歯を食いしばって意識を保ち、強化服の操作で負荷の高い機敏な動きを維持している。

 その無理のおかげで何とか戦闘を続行できているが、いずれは限界を迎える。

 その時がそう遠くはないことを、きしむ身体と頭痛の程度から感じ取っていた。


 アキラは湧き出てくる不安を抑えながら必死に戦っていた。


 戦況そのものはアキラ達が優勢だ。

 敵は固定目標な上に大型だ。

 エレナ達の実力ならよほどのことがない限り狙いを外すことはない。

 敵の機銃は周囲に散開しているアキラ達を狙っているので範囲当たりの火力が分散している。


 しかも甲B18式達はアキラ達が攻撃を開始しても、アキラ達を無視してビルの外へ出続けている。

 そのおかげでエレナ達は高い耐久力を持つ大型固定機に存分に火力を集中できた。


 案外このまま楽に勝てるのではないか。

 エレナ達が状況をそう楽観視し始めた頃、ある意味で油断し、気を緩め始めた頃、それを待っていたかのように事態が変異した。


 エレナ達のような余裕などないアキラだが、それでも無意識に大型固定機の脅威を僅かだけ軽んじていた。

 そこから生まれた余裕が、アキラに周囲の様子を気にさせるという本来なら無駄な行動を引き起こす。


 周囲に散らばっている死体を見て、気を抜けば自分もこの死体に加わる羽目になると思い、それで気を抜いてしまっている自分に気付き、苦笑する。

 気合いを入れ直して再度大型固定機を攻撃しようとした時、まだ視線を死体に向けていたアキラは、運良くそれに気付いた。


 視線の先にいる死体が僅かに身を起こして、死んでも握っていた銃をアキラに向けていた。


 死体の銃口から延びる弾道予測の線を幻視したアキラが反射的に回避行動を取る。

 死体が引き金を引く。

 放たれた弾丸からアキラは辛うじて逃れた。


 アキラが驚愕きょうがくの表情でA4WM自動擲弾銃を死体に向ける。

 引き金を引く前に、撃てば自分も巻き添えになることに気付いて慌てて取りやめる。

 A4WM自動擲弾銃から手を離して、A2D突撃銃に持ち替えて、死体に銃口を向けて引き金を引く。


 無数の強装弾を食らった死体が四肢を損傷させながら吹き飛んでいく。

 そしてアキラは手順を間違えた代償を、敵に猶予を与えた代償を、被弾で支払った。

 致命傷ではないが、被弾の激痛と着弾の衝撃がアキラの体勢を崩して転倒させた。


 死の気配がアキラの意識を加速させる。

 ゆがむ体感時間の中で、アキラはまずは口に含んでいた回復薬を全て飲み込む。

 そしてすぐに起き上がろうとする。

 アキラの視界には、周囲に散らばっている死体が次々と動き出す姿が映っていた。


 銃を持つ死体がアキラに銃口を向けようとしている。

 素手の死体がアキラに襲いかかろうと走り出そうとしている。

 アキラは激痛の走る体を強化服で強引に動かして回避行動を取りながら、銃器持ちの死体の武装を優先して撃ち続けた。


 接近を許した敵の頭を蹴り飛ばし、同時に別の敵を銃撃する。

 アキラは辛うじて死なずに応戦している。

 度重なる訓練と実戦の中でアキラの中に構築されつつある戦闘技術が、この異常な状況からアキラを辛うじて救っている。


 前にアルファはアキラの視界を危険度に応じて赤く表示したことがあった。

 その時は外の広い空間でアキラには危険な場所の違いが全く分からなかったが、この狭い限定的な空間ならば、ある程度つかめるようになっていた。

 弾道予測の線の幻視もなくなったが、敵の射線が何となく分かった。


 全てはただの勘違いかもしれない。

 だがアキラはその感覚に身を任せて戦い続けた。


 そして頭部を失ったのに襲ってくる死体を見てアキラはようやく気付く。


(……強化服!

 俺と同じか!

 何かが死体の強化服を外部から操作しているのか!)


 死体でも頭を潰せば動かなくなるだろう。

 アキラが無意識にそう思っていた甘えを消し去る。


(本当に、旧世界の遺跡では何でも起こるな!

 死体が起きるぐらいは普通だってか!?)


 旧世界の遺跡。

 異常の塊のような場所にいることを改めて思い知りながら、アキラは必死に戦い続けた。

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