第126話 強行突破

 カナエと交代したレイナがシオリに尋ねる。


「シオリ。

 私が休んでいる間に何かあった?」


 シオリはレイナを安心させるために優しく微笑ほほえんで答える。


「いえ、特に何も。

 少なくとも、状況の悪化と判断できる事象は何一つ生じておりません。

 御安心ください」


「……そう」


 レイナはシオリの気遣いに、少しぎこちない弱々しい返事を、無理矢理やり笑って返した。


 状況は何一つ好転しておらず、状況を悪化させる要因はレイナ自身だ。

 それを自覚している負い目が、頑張って笑顔を保とうとしているレイナの表情に陰りを与えていた。


 シオリがレイナの気を切り替えさせるために提案する。


「お嬢様。

 目を覚まされたのでしたら食事に致しましょう。

 直ちに用意いたしますので、少々お待ちください」


「……うん」


 シオリに気遣われていることを理解しながらも、そう返事を返すのがレイナの精一杯だった。


 シオリが手早く食事の用意を済ませた。

 部屋の中に高級レストランの一部を切り取ったような場違いな光景が出来上がった。


 折りたたみ式のテーブルを真っ白なテーブルクロスが覆っている。

 その上に温かな料理が並べられている。

 料理は全てハンター用の携帯食だが、結構な高級品で自称高級店の料理より美味おいしいものばかりだ。

 密封された携帯食は開封と同時に発熱する仕組みになっており、更に料理が冷めにくいように容器が適温を保つ仕組みになっている。

 温かなスープからは湯気も上がっている。


 事情を知らないハンターが旧世界の遺跡の中で見た場合、高確率で困惑するであろう光景がそこにあった。


 シオリもレイナと向かい合って食事を取る。

 今はレイナのそばに立って給仕をするよりも一緒に食事を取った方が良いだろう。

 シオリはそう判断した。


 籠城中でも食事は大切だ。

 レイナが美味おいしい料理を口にして表情を和らげる。

 シオリがそのレイナの様子を見て微笑ほほえむ。

 レイナは自分の現金な様子をシオリに微笑ほほえましく見られた気がして僅かに顔を赤くすると、誤魔化ごまかすように話す。


「今更だけど、いつもの携帯食とは随分違うのね」


「いつもの品はドランカムから支給されている安物ですから。

 今お嬢様が口にされている品は、お嬢様の舌に合わせて私が別途調達した品になります。

 それなりに値の張る品では御座いますが、荒野で口にする品であることを前提に、値段相応の品質を維持しているかと。

 食の満足度には大きな個人差があります。

 ドランカムも流石さすがにこのような高級品を所属しているハンターの希望者全員に配布するわけにはいかないのでしょう。

 他の方々がいる時は他の方々と同じ支給品を召された方がよろしいのでしょうが、私達しかいない時はこのようなものもよろしいかと存じます」


「確かに、他の皆がいつものやつなのに私達だけこれを食べていたら、すごい問題になりそうね」


 他の者達が携帯食をかじっている横で自分だけ立派な食事を取っている光景を想像して、レイナが少し楽しげに笑った。


 雑談と食事を続けていたレイナがふと思いついたことをシオリに尋ねる。


「ねえシオリ。

 私達の現在の状況って、前にシオリから聞いたミハゾノ街遺跡の怪談と関係があると思う?」


 レイナがシオリから聞いたミハゾノ街遺跡の怪談は3つだ。


 悪食ビル。

 時折、市街区画に大勢いるはずのハンターやモンスターが急に姿を消す。

 それは腹をかせたセランタルビルが食べてしまったからだ。

 そのような話だ。


 どこかへの扉。

 ミハゾノ街遺跡の何もない場所に、開きかけている透明な扉が見えることがある。

 扉の中には旧世界の遺物があって、ハンターが遺物に釣られて中に入ると扉が閉まり、二度と帰ってこない。

 そのような話だ。


 寂しがりな死者。

 ミハゾノ街遺跡で死んだハンターの死体を放置してしまうと、死体が動き始めて他のハンターを襲い始める。

 それはきっと死者の仲間を求めているのだ。

 そのような話だ。


 シオリが少し考えてから答える。


「難しいですね。

 関わりのある可能性としては悪食ビルです。

 ですがあの依頼を受けたハンター達の戦力を上回る機械系モンスターの質と量は異常でした。

 ハンターオフィスもあの目立つ大規模な戦闘を確実に認識したでしょう。

 怪談で済ませるには規模が違いすぎます。

 恐らく無関係でしょう」


「そっか。

 何か関係があるのなら、脱出のヒントにでもなるかなって思ったんだけど」


「旧世界の遺跡には、その手の怪談が生まれる要素が多いものです。

 ですから警戒を怠らず、注意して行動いたしましょう。

 ……昔のお嬢様は屋敷の中を好奇心で探索していました。

 旧世界の遺跡ではそのような真似まねは控えるようにお願いします。

 怪談の、どこかへの扉を見つけても入ってはいけませんよ?

 探しに行くのが大変ですから」


 シオリは少しだけ揶揄からかうように微笑ほほえんでそう話した。


 かつての自分を思い出して、レイナが少しだけ楽しげに苦笑して答える。


「分かってるわ」


 レイナはその後もシオリと雑談をしながら食事を続けた。

 食事が終わり、胃にそれなりの量が収まった頃には、レイナは大分気力を取り戻していた。

 上質な食事は戦意高揚の役に立つ。

 高いだけの意味はあるのだ。


 レイナが食事の後片付けをしているシオリに向かって少し申し訳なさそうに話す。


「シオリ。

 ごめんね」


 シオリはレイナが何について謝っているのかを考える。

 該当する内容を幾つも思いついたが、いずれにしてもシオリの返答は同じだ。


「お嬢様が謝罪しなければならないことなど何一つありません」


「でも、私がシオリの説得をちゃんと聞いてセランタルビルに向かうのを止めていれば、こんなことにはならなかったわ」


「あの時に現在の状況を予想することは、私にもお嬢様にも不可能でした。

 私の認識も、セランタルビルはドランカムの想定より危険かもしれない、という程度でした。

 ここまで事態が悪化するとは予想できませんでした。

 自惚うぬぼれになりますが、あの時点であの惨状を正確に予想できるのでしたら、それはもう予知の領域でしょう。

 もし私があの時にそれを予知できたのなら、お嬢様を力尽くで止めていました。

 ……私はお嬢様をみすみす死地に向かわせることなど決して致しません。

 それだけは信じていただきたく思います」


 シオリは真剣な表情でレイナにそう告げた。

 たとえレイナに自身の忠義を疑われようとも、シオリの忠義は揺るがないだろう。

 しかしそれでもその忠義を信じてほしいという気持ちはシオリにもあるのだ。


 レイナはシオリのことを誰よりも信頼している。

 苦楽を共にした家族のように思っている。

 頼りがいのある姉のように思っている。


 時にその信頼ゆえにシオリに我がままを言って甘えてしまう。

 現在の状況も、ある意味その結果なのだ。


 レイナが真面目な表情で答える。


「分かっているし、信じているわ」


 シオリはどこか満足げに少しうれしそうに微笑ほほえむと、その後で少し悪戯いたずらっぽく笑って話す。


「でしたら、先ほど説明したとおり、お嬢様に非がないことも信じていただきたく思います」


「分かったわ」


 一本取られた。

 レイナはそんな表情を浮かべて楽しげに笑った。


 食事の片付けを終えたシオリは再び装備の点検をしようと思い、椅子代わりに使っていた残骸に腰掛けた。

 シオリの視界に、床に横になって休んでいるカナエと、自分の近くに座っているレイナの姿が入る。


 シオリはしばらく2人の姿を見ていたが、覚悟を決めたような厳しい表情を浮かべた。

 深呼吸をして気を落ち着かせると、表情を普段のものに戻してからレイナに話しかける。


「お嬢様。

 よろしいですか?」


 レイナはシオリの様子から、シオリが重要なことを話そうとしていることを察した。


「何?」


「私達は今までこの部屋で籠城を続けていましたが、それは時間経過により外の状況が改善されることを期待してのことです。

 ドランカムが追加の部隊を派遣する可能性や、この部屋を取り囲んでいる機械系モンスターが撤退する可能性、それらを考慮してのことです。

 しかしいつまでも籠城を続けているわけにもいきません。

 このまま事態が改善した様子を確認できない状況が続いた場合、私達は、部屋の外の状況がこの部屋に逃げ込んできた時よりは改善していることを期待して、自力での脱出を試みなければなりません」


 レイナ達に部屋の外の様子は分からない。

 情報端末は圏外で外と連絡を取ることはできない。

 情報収集機器は原因不明の性能低下を起こしており、調べられるのは部屋の出口から数メートルの範囲だけだ。

 その範囲の外の状況は未知だ。

 レイナ達にできることは期待だけだ。

 外がこの部屋に逃げ込んできた時よりもましな状況であることを期待することだけなのだ。


 運が悪ければ、レイナ達はより悪化した状況の中に飛び込むことになるのだ。

 悲鳴と怒号が響いていたあの空間に、その発生源を根こそぎ殺した機械系モンスターの群れの中に。


 レイナは不安と恐怖を、決意と覚悟で塗りつぶして答える。


「……分かったわ。

 それで、いつやるの?

 すぐ?」


 シオリは気丈に答えるレイナを見て、自身も最終的な覚悟を決める。


「準備を済ませてからです。

 出口の封鎖を解かなければなりませんし、カナエも休憩を取ったばかりです。

 身体能力強化剤の類いも幾らか持ち込んでいますが、効果が出るまで時間が掛かるものもあります。

 カナエにもう少し休憩を取らせた後で、そういった諸々もろもろの調整を済ませて、しっかり準備を整えてから……」


 シオリがレイナに説明を続けていると、床に横になって休んでいたカナエが急に飛び起きて立ち上がった。


 カナエは部屋の外の様子をうかがうように部屋の壁に視線を向けている。

 その気配は臨戦態勢に近い。


 シオリがカナエの動きに反応してすぐさまレイナをかばうために動き出す。

 レイナを背にして封鎖中の出口を警戒する。

 だがシオリの目には異常があるようには見えない。


「カナエ。

 何があったの?」


 類いまれな才能で自分好みの気配を感じ取ったカナエが楽しげな様子で答える。


あねさん。

 すぐに脱出の準備っす。

 これが最後の、千載一遇のチャンスかもしれないっすよ」


 カナエは、本当に楽しそうだった。




 アキラ達はセランタルビルの30階に辿たどり着いた。

 正確には、29階と30階をつないでいる階段の上で、30階の様子をうかがっていた。


 アキラは嫌そうな表情で30階の光景を見ている。

 キャロルもかなり嫌そうな表情を浮かべている。

 エレナもサラもシカラベもトガミも、程度の差はあれど似たような表情を浮かべていた。


 アキラとキャロルの表情がエレナ達よりも嫌そうなのは過去の経験の差だ。

 アキラ達の視線の先には、大量の機械系モンスターが通路を徘徊はいかいする光景が広がっていた。


 幸いにも階段の近くに敵の姿はない。

 だからこそアキラ達は比較的落ち着いて敵の様子を探れていた。


 サラが少し引きつった表情でエレナに尋ねる。


「エレナ。

 これ、どうするの?

 どうするのっていうか、進むの?」


 できればこの先を進むのは遠慮したい。

 生存すら怪しい誰かのために、あの大量の機械系モンスターの包囲を突破して先に進む気にはなれない。

 サラの口調はその内心を分かりやすくエレナに伝えていた。


 エレナ達の安全を保つためにもここが限度だろう。

 サラはそう判断していた。


 だがエレナは判断に迷っていた。

 視線の先にある光景を見ながら悩んでいた。

 険しい表情で答える。


「何も情報がないのなら撤退一択なんだけどね……」


 シカラベが口を挟む。


「つまり、判断を迷わせる情報があるんだな?」


 エレナがシカラベの問いに答える。


「15階で見つけた伝言付きの設置端末と同じものを、ここに来るまでに何個か発見したわ。

 伝言内容も全く同じだったから一々伝えはしなかったけどね。

 ここでも同じものを発見したわ。

 でも伝言内容までは同じではなかったわ。

 簡易マップを見て」


 エレナがアキラ達に送信している簡易マップの情報を更新すると、30階のある部屋が強調表示された。


「伝言の内容を信じると、小型端末を設置した誰かはその部屋で籠城しているそうよ」


 キャロルがどことなく感心しているように話す。


「下の階から上へ上へと逃げてきて、ここで籠城を決め込んだってことね。

 確かにあの部屋ならあの量のモンスターに囲まれたとしても、しっかり出入り口を固めさえすれば、補給を無視すれば長期間籠城できるでしょうね。

 事前にセランタルビルのマップを入手していたハンターなら、立て籠もりやすい部屋を知っていても不思議はないか。

 シカラベ。

 貴方あなた、そこまで知った上で相手が生きているって話していたの?」


 シカラベが余り表情を変えずに、僅かだが取り繕うように答える。


「可能性の話で良いなら、そうだ」


「そう」


 この場で追及することでもない。

 キャロルはそう判断すると気にしない素振りで流した。


 簡易マップで強調表示されている目標の部屋の位置を見て、アキラが少し険しい表情でエレナに話す。


「何か、微妙な場所にありますね」


「そうなのよねぇ」


 エレナはアキラに同意の返事を、状況の面倒さをその口調に乗せて返した。


 目標の部屋までの距離が遠すぎるのなら、エレナは迷わずに撤退する。

 すぐに撤退して後続する予定の本隊に情報を渡し、彼らが対象を救出するのを期待するしかない。


 目標の部屋までの距離が十分近いのならば、エレナは多少強引にでも敵の包囲を突破して、目標の部屋までの経路を確保して部屋の様子を確認する。

 救出対象が少人数で移動可能な状態ならば一緒に脱出すれば良い。

 多人数、又は負傷等で移動が困難な状態ならばそのまま籠城を続けてもらい、自分達は帰還して後は後続の本隊に任せるしかない。


 目標の部屋はアキラ達から遠すぎず、近すぎずの微妙な距離に位置していた。

 それがエレナを悩ませていた。


 自分達がここに来るまでに費やした労力。

 大量の敵を撃破して部屋まで進む危険性。

 今なら救出対象を助けられるかもしれない可能性。

 エレナは複雑に絡み合うそれらの要素を考慮して、悩んだ末に自身の才と経験から結論を出した。


 エレナが皆に指示を出す。


「部隊を私とシカラベの2班に分けるわ。

 私の班は階段の近くで退路を確保する。

 シカラベの班は対象の救出に向かう。

 全員で周辺の機械系モンスターの数を減らしつつ、シカラベの班が進む突破口を作る。

 シカラベの班が部隊から分かれるタイミングはシカラベに任せるわ。

 救出の成否を問わず、シカラベ達が戻ってきたら合流してそのまま撤退する。

 敵の攻勢が激しくて突破口を開けない場合は、その時点で救出を諦めて撤退する。

 私とシカラベのどちらかが救出は無理だと判断したら即座に撤退よ」


 シカラベがエレナに尋ねる。


「対象の救出は俺が言い出したことでもある。

 俺が連中の包囲の中に突っ込むがわだってことに異論はないが、こっちの班員は?」


「可能ならシカラベ1人でお願い」


「無理だ」


「余裕を持って行動したい気持ちは分かるけど、その余裕は人数ではなく撤退する判断の方で調整してちょうだい。

 そっちに戦力を偏らせないと難しいってシカラベが判断するなら、この作戦は取りめ。

 今すぐ全員で速やかに撤退するわ。

 それと、サラは私の班だから選んじゃ駄目よ」


 シカラベが難しい表情を浮かべてうなる。

 エレナはシカラベに目的を達成するために最小の戦力を選べと言っているのだ。


 全員で目標の部屋を目指せば、安全に部屋まで到達できる可能性は確かに高い。

 しかし最悪の場合はアキラ達まで部屋からの脱出が不可能となり、その部屋で籠城しなければならない羽目になる。

 エレナはそれを避けたいのだろう。

 後続の本隊がここまで来る保証はないのだ。


 シカラベが少し悩んだ後に話す。


「アキラ。

 付き合え」


 シカラベはアキラの実力をこの部隊の下から2番目だと判断している。

 その上でアキラの実力を計りきれずにいる。

 アキラが時々どう考えても不自然な索敵能力や反応速度を見せていることにも気付いている。


 そのアキラの何かが、状況を好転させることはあっても、悪化させることはないだろう。

 アキラを連れていくことは、エレナ側の戦力的にもエレナの許容範囲のはずだ。

 シカラベはそう考えて、アキラの未知の部分に期待してアキラを誘うことにした。


「分かった」


 アキラは普通に返事をして同行に応じた。


 トガミが急に声を上げてシカラベ班への同行を申し出る。


「……俺も行く!」


 アキラ達の視線がトガミに集まる。

 トガミの表情には確かに決意と覚悟が存在していた。


 シカラベはそのトガミを見て少し判断に迷い、戦力を引き抜かれる側であるエレナの様子を確認して、更に少し思案してから答える。


「分かった。

 強行突破は野郎陣で、退路の確保は女性陣だ。

 エレナもそれで良いか?」


 エレナが皆を見ながら返事をする。


「構わないわ。

 異論がないなら始めましょう」


 全員が軽くうなずいて了承の意を返した。


 キャロルが軽く笑いながらアキラに話す。


「私もそっち側なら、以前とは違う私の活躍をアキラに見せつけられたんだけどね。

 残念だわ」


 アキラが不敵に笑って答える。


「俺がここに戻ってきた時のこの場の状況で、その辺の実力は十分見せつけられるんじゃないか?」


「そう?

 それならアキラにはちゃんと戻ってきてもらって、私の活躍をしっかり確認してもらわないといけないわね。

 報酬はしっかり弾んでもらうわ」


「それなら俺は相手をしっかり救出して、相対的なキャロルの成果を下げておかないとな」


 アキラとキャロルはどこか冗談交じりの笑顔で笑い合った。


 シカラベがアキラとトガミに話す。


「先に言っておくが、俺は一々細かい指示なんか出さん。

 適宜適切に行動しろ」


「分かった」


「……。

 分かった」


 アキラは普通に、トガミは決意を込めて答えた。


 サラがアキラに微笑ほほえんで話す。


「アキラ。

 気を付けてね。

 無理をせず、引き際を誤っちゃ駄目よ?」


「はい。

 サラさんもお気を付けて」


 アキラがしっかりうなずいて返事をすると、サラも満足げにうなずいた。




 通路を埋め尽くすように存在している機械系モンスター達は、甲B18式と呼ばれる甲A24式の上位機種だ。

 微弱ながら力場装甲フォースフィールドアーマーを搭載して防御性能を高めている。

 搭載されている小型機銃の威力も増している。

 機体の出力も他機種に比べて高い。

 多脚は舗装された道路に比べて比較的動きにくい室内などの移動に適した構造になっている。

 施設内の重要な箇所の防衛などを主任務にする半自律兵器だ。


 実力の乏しい一山幾らのハンター程度なら一方的に蹂躙じゅうりんできる性能を持つ甲B18式だが、今のところはアキラ達へ敵性を示していない。

 行動範囲や縄張りのようなものがあって、アキラ達がその対象外の場所にいるのかもしれない。

 あるいは情報収集機器の性能を低下させる機能が甲B18式にも影響を及ぼしているのかもしれない。

 少なくともアキラ達が先手を取れる状況には違いない。


 アキラ達が明確な臨戦態勢を取る。

 自身の肉体の機能を、状況を感じ取る五感を、それらをつかさどる意識を、一切の躊躇ちゅうちょなく自分達を殺そうとする存在との戦闘へ、その戦闘の先にある勝利へ向ける。


 エレナが指示を出す。


「カウントを始めるわ。

 5、4、3……」


 アキラ達が各自の武器を構えてその時を待つ。

 ハンター達の装備は人間とモンスターの理不尽な基本性能の差を、より理不尽な後付けの性能で覆すために存在している。

 殺される前に殺すために、破壊される前に破壊するために、倒される前に倒しきるために。

 たとえ相手が、何であれ。


「……2、1、ゼロ!」


 アキラ達が一斉に30階に飛び込んだ。

 そしてそれぞれが素早く広間に展開し、視界内にいる甲B18式へ銃口を向けて、照準の手間を省いて引き金を引く。

 銃口から高速で飛び出した無数の弾丸が、無数の機械部品で構成されている甲B18式に激突する。

 金属の表皮を引きちぎり、鋼の配線を食いちぎり、主要な内部装置を粉砕し、各部位を四散させていく。


 先手を取ったアキラ達によって、大量の甲B18式が瞬く間に破壊されていく。


 アキラが右手に持つDVTSミニガンを目標の部屋に続く通路の中へ向けて乱射し続けている。

 銃口からは無数の銃弾が絶え間なく放たれ続けている。

 射線の先、通路の前方にいる甲B18式達は既に屑鉄くずてつに成り果てているが、構わずに銃弾を撃ち込み続けている。


 甲B18式に搭載されている力場装甲フォースフィールドアーマーは、DVTSミニガンから発射される弾でも数発ぐらいなら問題なく耐えられる。

 だが機体の出力で発生させている力場装甲フォースフィールドアーマーの耐久値では、短時間に大量に着弾する弾丸の嵐は防げない。

 力場装甲フォースフィールドアーマーを剥ぎ取られた機体に大小様々なへこみが形成される。

 表面装甲に穴が開き、機体内部に飛び込んだ弾丸が基幹部品を粉砕する。

 着弾の衝撃で通路の奥に押し込まれていく。


 全員で階段付近の広間から敵を除去した後、エレナ達は広間の確保に、シカラベ達は救出対象への通路の強行突破に移る。


 シカラベは自分が倒した甲B18式の内の数機を意図的に完全には壊さなかった。

 機銃を破壊して攻撃能力を奪い、多脚を破壊して移動能力を奪い、強力な防衛兵器をただの置物に変えていた。


 シカラベはそれらを一度通路の前まで蹴飛ばした。

 そしてまだ力場装甲フォースフィールドアーマーが機能している機体を通路の奥へ蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた機体は、通路の奥から放たれる弾丸をものともせずに、邪魔な残骸を吹き飛ばしながら、通路後方の敵に直撃した。


 シカラベはそれを数回繰り返して、通路の奥からの銃撃を敵の残骸で塞ぐことで、強引に突破口を開いた。


「行くぞ」


 シカラベがそれだけ言って通路の奥へ進んでいく。

 アキラとトガミはシカラベの強引な行動に僅かに唖然あぜんとしていたが、急いで後に続いた。


 アキラが走りながらシカラベの先ほどの蹴りの威力の感想をつぶやく。


すごい威力だな。

 あれも強化服の力か』


『アキラの強化服とは基本性能が全然違うからね。

 当然と言えば当然よ』


すごいハンターは装備品もすごいってことか。

 値段もすごいんだろうな』


 アルファが意味深な笑顔を浮かべて答える。


『その内アキラもそんなすごい装備品を買うことになるわ。

 私からの依頼を達成してもらうためにもね』


『分かってるよ。

 先は長そうだけどな』


 その装備を買うためにどれだけの金が必要なのか。

 その金を稼ぐためにどれだけの苦労が必要なのか。

 アキラはそれを想像して苦笑を浮かべた。


 アルファが自信に満ちた口調で微笑ほほえみながら答える。


『あら、案外早いはずよ?

 私のサポートがあれば大丈夫よ』


 短くなった期間の分だけ自分の身に降りかかる苦境が濃縮される気がする。

 アキラは何となくそう思った。


 シカラベ達が先に進んでいく。

 アキラもシカラベの真似まねをして中途半端に破壊した甲B18式を敵の銃撃を防ぐ盾にしたり、増援が来そうな脇道を塞ぐ障害物にしたりして進んでいく。


 アキラが甲B18式を前方へ蹴り飛ばす。

 その蹴りはアルファのサポートによる補正が乗っており、蹴りの衝撃を無駄なく効率的に目標にたたき込む達人の一撃と化していた。

 強化服の身体能力が生み出す痛烈な蹴りの衝撃が損失なく甲B18式にたたき込まれ、蹴られた機体が勢いよく通路の奥へ飛んでいく。


 シカラベがアキラの蹴りの威力を見て疑問を覚える。


(アキラの強化服……、あれは根島技研製のパワードサイレンスだ。

 だがあそこまで高性能だったか?

 本人の力量で補うにも限度があるだろう。

 何かの伝で改造品でも手に入れたのか?)


 東部には強化服を愛用しているハンターが大勢いる。

 当然、東部に出回っている強化服の量も膨大になる。


 しかしその強化服の流通量から判断すると、改造品の量は意外なほどに少ない。

 強化服は精密機械の一種であり、専門の技術者でなければ改造など難しい代物であることも理由の一つだ。


 強化服の制御装置をいじる者も多いが、大抵は製造元が用意した設定の調整の範疇はんちゅうだ。

 制御装置そのものを改竄かいざんする者は少ない。

 精々、制御装置の表に出てこない裏設定や裏項目を変更可能にする程度だ。


 強化服にそれ以上の改造を試みると、大抵はろくなことにならない。

 気密性に優れた強化服を改造したら、制御装置の誤作動で完全に密閉されてしまい着用者が窒息死した。

 周辺に力場装甲フォースフィールドアーマーを発生させる機能を持つ強化服を改造したら、発生した力場装甲フォースフィールドアーマーが強化服ごと着用者を内側に押しつぶした。

 その手の不幸な話も多い。

 製造元の品質保証は、当たり前だが未改造の状態での保証だ。


 死にたくなければ強化服を下手にいじるな。

 下手な改造品に手を出すな。

 それが強化服を愛用するハンター達の常識だ。


 しかしまれな例ではあるが、安全性を保った上で非改造品に比べて格段に性能を向上させた改造品がひそかに流通することがある。

 新興企業が技術力を誇示するために、所謂いわゆる非合法な組織が資金源にするために、人格も能力も極端にとがっている科学者が自己満足のために、高性能な改造品を人目に付かない市場に流す場合があるのだ。


 アキラの強化服がその類いの品ならば、どう考えてもカタログスペックから逸脱している性能に対して、シカラベもある程度納得することができる。

 しかしそれでも疑問は残る。


(……そういう改造品を手に入れる伝は、そこらのハンターが持っているようなものじゃないんだがな。

 分からん。

 本当によく分からんやつだ)


 アルファはアキラの強化服の制御装置を完全に掌握して制御を乗っ取り改造している。

 その意味ではアキラの強化服はシカラベの推測通り一級の改造品だ。


 アキラの強化服は何らかの改造品である可能性が高い。

 シカラベの推測はそこまでが限界だ。

 そしてそこから派生する様々な推測が、アキラへの評価をよりややこしいものにしていた。


 アキラを敵に回すと面倒そうだ。

 前回の賞金首討伐依頼の報酬でめなくてよかった。

 シカラベは自身の勘が通用しない人物に軽い警戒心を覚えながらそんなことを思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る