第105話 アキラとキャロル

 アキラは遺物運搬用のリュックサックに限界まで遺物を詰め込んだ。

 そして当初の目的地への移動を再開する。

 57階にあるリオンズテイルの支店だ。

 狭い通路だと移動も難しくなったリュックサックを運びながらセランタルビルを登っていく。


 その途中の光景は様々だ。

 非常に綺麗きれいな区画もあれば、荒れ果てて瓦礫がれきまで散乱しているフロアもある。

 アキラがその光景を不思議そうに眺めながらアルファに尋ねる。


『アルファ。

 何で場所によってこんなに差があるんだ?』


『恐らく、掃除というか、整備装置が機能しているかどうかの差だと思うわ』


『荒れ果てている場所はその機能がないってことか。

 あの店、すご綺麗きれいだけど中に遺物が何もないな。

 商品の補充まではしてくれないわけか。

 でもさっきの店にはたっぷりあったし、違いは何だ?』


『あの店舗には恐らく自動的に商品が補充されるのよ』


『その商品って、誰がどこから運んでくるんだ?』


『運搬機械が現在も稼動している生産工場から運んでくるのでしょうね』


『いや、そんな工場が近くにあれば、絶対誰かに発見されるだろう?

 ハンターとか企業とかがそこに殺到して大変なことになるんじゃ……』


『その工場が非常に離れた場所、例えば東部の最前線の更に東の場所にあって、見つかっていないのかもしれない。

 あるいは、工場は結構近くに存在しているのだけれど、警備装置が非常に強力で誰も近づけないのかもしれない。

 いろいろ考えられるわね』


『うーん。

 それなら商品を運んでいる途中でハンターに襲われる気がするけど』


『運送用の機械を警備用の機械が護衛をしているかもしれないわ。

 地下トンネルを通って地下鉄で運ばれているのかもしれないわ。

 あるいは、空輸でもしているのかもね』


『地下鉄か。

 あり得そうだ。

 それならハンターに襲われずに運送できても不思議はないか』


 東部での移動手段は一部の例外を除いて地上での移動になる。

 アキラも地上以外の輸送手段を思いつかなかった。

 カツラギ達もトレーラーで東部の最前線付近から地上を通って戻ってきたのだ。

 旧世界の技術なら地上以外の輸送手段もあるのだろう。

 アキラは納得してそれ以上の疑問を覚えたりはしなかった。


 アキラがアルファと雑談を続けながら更にビルを登っていくと、26階へ続く階段が封鎖されていた。

 別の階段を見つけるために今までと同じように25階の探索を始めると、今までとは異なる事態が発生した。


『アキラ。

 気を付けて。

 誰かいるわ』


 アルファの指摘通り、アキラが着用しているゴーグルに表示されている情報収集機器の索敵結果にも、その誰かの反応が現れた。


 アキラが警戒しながら先に進むと、その誰かもアキラの存在に気付いたようだ。

 旧世界の遺跡で他のハンターに出会うことは別に珍しいことではない。

 しかしそのハンターが友好的な存在である保証はない。


 接触を避けるために離れていくのなら問題ない。

 アキラはそう思っていたのだが、誰かの反応はこちらに近付いてきていた。


 この階は結構荒らされており、破壊された備品などの遮蔽物も多い。

 誰かはそれらに隠れながらアキラに近付いてきている。

 アキラが警戒してその方向へ銃を構えると、遮蔽物の影に隠れている誰かが話しかけてくる。


「戦う気はないわ。

 私はキャロル。

 ハンターよ。

 モンスターじゃないから撃たないで。

 いい?」


 今はアルファのサポートもある。

 不必要に警戒して敵を増やす必要はない。

 そう判断したアキラが銃を下ろす。


「分かった」


 アキラがそう返事をすると、すぐに物陰からキャロルと名乗った女性ハンターが現れた。


 キャロルは女性向きのボディスーツを着用している。

 武装は大型の拳銃がホルスターに格納されている程度で、両手は空だ。

 ナイフすら握っていない。


 CWH対物突撃銃やDVTSミニガンを装備しているアキラの格好と比べると、キャロルは随分と軽装で警戒心が薄いようにも感じられる。


 その油断とも余裕とも判断できるキャロルの態度を、アキラは余裕と判断した。

 自分があれだけ苦労して中に入ったビルの中にいるハンターなのだ。

 過小評価する気にはなれなかった。

 それでも銃も握らずに近付いてくるキャロルの態度を見て、アキラはキャロルへの警戒を下げた。


 キャロルは愛想良く笑いながらアキラの近くまで来る。

 キャロルの視線がアキラの装備品、強化服やCWH対物突撃銃などを通り抜けて、アキラの顔に戻ってくる。


「私も名乗ったわけだし、名前ぐらい聞かせてくれない?」


「アキラだ。

 それで、何か用か?」


「用って程でもないわ。

 同じビルのフロアで別のハンターに会ったから挨拶に来ただけよ。

 お互いに相手をモンスターと間違えて、そのまま銃撃戦になるなんてのは御免でしょう?」


「まあ、そうだな。

 俺もそんなのは御免だ」


 アキラも納得できる答えであり、そして不要な戦闘を避けようとする好ましい答えだった。

 無意識にアキラのキャロルへの警戒が下がる。

 そのアキラの態度に気付いたキャロルが、更に1歩アキラに近付く。


折角せっかく会ったんだし、ちょっと話さない?

 情報交換もしたいしね」


 キャロルは微笑ほほえみながらアキラにそう提案した。


 アキラとキャロルは軽い自己紹介を済ませた。

 キャロルは主にミハゾノ街遺跡で活動するハンターらしい。

 このビルには何度も訪れているようだ。


 アキラは1階で見た立体映像の女性についてキャロルに尋ねた。

 キャロルが何度もこのビルに探索に来ているのなら、詳しい話を知っているかもしれないと思ったのだ。


 キャロルがあっさり答える。


「ああ、セランタルね。

 彼女なら無視しても大丈夫。

 いろいろ言ってくるけど口だけだから」


「セランタルって、このビルの名前だったような……」


「彼女がビルの管理人格って話よ。

 このビルから出て行くように脅してくるけど、所詮立体映像、私達にかすり傷一つ付けられはしないわ。

 精々エレベーターを止めるぐらいね」


「エレベーターが使えなかったのはあいつの所為なのか?」


「多分ね。

 こういう管理システムが生き残っている遺跡では、それを上手うまく利用できればかなり探索が楽になるんだけど、セランタルはこっちと交渉する気が全くないから無理ね。

 まあ、彼女の立場から考えれば私達はただの泥棒だから無理もないけど」


 キャロルがそう言って笑った。

 アキラも苦笑を返す。


「確かにな。

 ところで、キャロルはどうやってこのビルに入ったんだ?

 このビルの入り口には厄介な機械系モンスターがいて、それを倒さないと入れなかったはずだ」


 実は別に安全な道があって、自分は態々わざわざ無駄な苦労をして入ってきたのだろうか。

 もしそうなら自分の不運は今日も質が悪いらしい。

 アキラはそんなことを思っていた。


 キャロルが少し意外そうな表情を浮かべた後、アキラをおだてるように微笑ほほえみながら話す。


「私にそれを聞くってことは、アキラはそいつらを倒して入ってきたの?

 やるじゃない。

 アキラって強いのね。

 私、そういう強いハンターがタイプなの」


「それはどうも。

 それで、どうやって入ったんだ?」


「実はこのビルには裏口があるのよ。

 それを使ったの。

 知りたい?」


 キャロルは悪戯いたずらっぽく笑いながらアキラにそう尋ねた。


 アキラが取りあえず不運の所為で無駄な戦闘をしたわけではないことに何故なぜ安堵あんどしながら答える。


「できれば」


 キャロルが妖艶に笑う。


ただって訳にはいかないわ。

 そうね。

 500万オーラムでどう?

 表の面倒なモンスターを無視してこのビルに入れると思えば安い額でしょう?」


 アキラが少し思案する。

 このビルに入る時にあの強力な機械系モンスターを相手する必要がなくなると考えれば、確かに妥当な金額かもしれない。


 しかしアキラがもう一度このビルにくることはないかもしれない。

 そもそもアキラがこのビルに来たのはリオンズテイル社の端末設置場所があるからだ。

 このビルでの遺物収集が主目的ではない。


 何よりも通常の方法でこのビルに入ることが困難なら、ここは基本的にアキラの実力を超える場所だということだ。

 無理をすることはない。

 アキラは断ることにする。


「止めておく」


 キャロルが微笑ほほえみを崩さずに聞き返す。


「あら。

 金額が不満?

 それとも私が信用できない?」


「少なくとも、遺跡の中で偶然出会ったハンターの話を鵜呑うのみにして支払う額じゃないな」


「ごもっとも。

 でも私も情報料をもらう前に詳しい話をするわけにはいかないわ。

 聞くだけ聞いておいて、内容に文句を言って、金を払わずに逃げるやつもいるしね」


「だろうな」


 情報の代金が適正かどうかの判断基準は人それぞれだ。

 そして取引が成立するかどうかは、その情報の内容以外にも、売り手と買い手の信用など様々な要素が絡んでくる。


 セランタルビル周辺の機械系モンスターと戦わずにビルの中に入る手段の代金。

 アキラはそれが事実なら500万オーラムはまあ妥当な金額だと判断した。

 しかしキャロルがうそを吐いている可能性もある。

 うそではなかったとしても、その裏口はビル内の遺物を持ち出せないほどに狭い可能性もある。


 そしてアキラとキャロルの間には、その取引を成り立たせるだけのつながりはないのだ。


 アキラは取引に乗り気ではない。

 それはキャロルにもよく分かったが、笑顔を崩さずに話を続ける。


「でもそれはお互い様。

 真偽も含めて曖昧な情報に金を払うのを躊躇ためらうアキラの立場も分かるわ。

 それならお互いを理解し合うために、その情報の取引を済ませる前に、別のものを買わない?」


「別のもの?

 旧世界の遺物なら自分で探すから買わない。

 別の階でしっかり収集してきたから、高値の遺物の隠し場所とかの情報を買う気もない」


 キャロルが妖艶に笑って話を続ける。


「違うわ。

 お互いを理解し合うためにって言ったでしょう?」


 キャロルはそう言って自分のボディスーツのファスナーに手を伸ばした。

 ファスナーは首元から胸の谷間を通って下腹部まで続いている。

 キャロルが首元まで閉められていたファスナーを下ろしながらアキラに笑いかける。


「売るのは私。

 どう?

 これも何かの縁。

 安くしておくわよ?」


 キャロルは大胆に開かれたボディスーツの隙間からのぞける肌をアキラに見せつけながら妖艶に笑った。


 アキラはキャロルの予想外の行動に少し驚いたが、それだけだった。

 特に照れたり焦ったりもせず、普通にキャロルの申し出を断る。


「遠慮しておく。

 第一、どこにモンスターがいるかも分からない遺跡の中だぞ?

 正気か?」


「それなら大丈夫よ。

 基本的にこの辺にモンスターは出ないわ。

 多分、機械系のやつは警備の範囲外か破壊済みで、生物系のやつはビルの中に入る前に駆除されるんでしょうね。

 違うなら私だってこんなことはしないわ」


「それでも遺跡の中には違いないだろう。

 他のハンターが来るかもしれない」


 ファスナーを一番下まで下げ終えたキャロルが、近くの机に座りながら誘うように話す。


「こういう場所でするのが良いって人もいるんだけどね。

 私は構わないけど、気になるなら小部屋に移動しても良いわよ?

 それに、私との相性がいろいろ良ければ、私の口も軽くなるかもよ?

 加えて、情報の買い取りを前向きに検討してくれるなら、私の代金はただにしてあげても良いわ」


 キャロルから有利な条件を提示されて、アキラのひねくれた部分が逆に疑い始める。


「随分気前が良いんだな。

 検討だけして取りやめたら、キャロルは随分損するんじゃないか?」


「言ったでしょ?

 強いハンターがタイプだって。

 このビルを警備しているあの機械系モンスターを1人で倒せるような凄腕すごうでを誘うのなら、それぐらいはしないとね」


「どうして俺が1人で倒したって思うんだ?

 同行者がいるとは思わないのか?」


「それは推測よ。

 ビルの内部の状況を知らないハンターが、他に同行者がいるのに1人で行動するとは思えないわ。

 あの無人兵器と同程度とは言わないけれど、その強さを基準にしたモンスターの存在を前提にして行動するはずよ。

 でもアキラは一人でここにいる。

 それはアキラが一人で外の警備を突破してきたから。

 そう判断したんだけど、間違ってた?

 あ、実は10人ぐらいで倒して、アキラはその中の1人で、そのチームのリーダーに、お前1人で偵察してこい、なんて言われて渋々ここまで来たとか?

 もしそうならさっきのただって話は無しよ。

 私のタイプじゃないってことだからね。

 それで、どうなの?」


 キャロルは楽しげに笑いながらアキラの返事を待っている。

 アキラは誤魔化ごまかすだけ無駄だろうと判断して素直に答える。


「いや、確かに俺1人で倒した」


「でしょ?

 私の目は確かだわ。

 それとただってのが気になるなら大丈夫よ。

 一度私を味わってもらえれば、アキラをリピーターにする自信はあるもの。

 長期的にいろいろ搾り取ってあげる」


 キャロルはそう言って妖艶に微笑ほほえんだ。


 キャロルの話はアキラもある程度納得できるものだった。

 しかしアキラはどこか釈然としないものを感じて一応アルファに尋ねる。


『アルファ。

 どう思う?』


 アルファが意外そうな表情で聞き返す。


『どう思うって、ちょっとアキラ、もしかして受ける気なの?』


 アキラは確実に断る。

 アルファの予想推測計算ではそう結果が出ていた。

 その結果と相反する行動を臭わせるアキラに、アルファが内心で警戒を強める。


 しかしアキラの行動はアルファの予測の範疇はんちゅうだった。


『違う。

 そういうことじゃない。

 前にアルファはある程度相手のうそが分かるって言っていただろう。

 そのアルファから見て、キャロルの言葉をどう判断するって聞いているんだ。

 例えば、俺をどこかに誘い込んで殺そうとたくらんでいるとか、そういうことだ』


 似たようなことは都市の治安の悪い場所でも行われている。

 ここは旧世界の遺跡の中だ。

 死体の捨て場所には困らない。

 キャロルがその手のやからなら、離れる時に背後に注意する必要があるだろう。


『ああ。

 そういうこと』


 アルファがアキラの思考を理解して、取りあえず安心する。

 見知らぬ女性から誘われると、自分を殺そうとしているのではないか、と少々自意識過剰に警戒する程度には、まだまだアキラはゆがんでいるようだ。


 アルファが表情を普段の冷静なものに戻して答える。


『先に言っておくけれど、あれは相手の微妙な表情の変化から動揺とかを読み取って判断するものよ。

 だから別に相手の考えを読めるわけではないし、相手のたくらみを読み取るものではないわ。

 確かに私もキャロルは裏で何かを考えている節はあると思う。

 でも、初回無料でアキラを釣って、誘惑してとりこにして溺れさせて、凄腕すごうでのハンターの稼ぎを根こそぎ奪ってやろう、そうたくらんでいるって考えれば辻褄つじつまは合うのよね。

 そういう自信も有りそうだし、本人もそう言っているしね』


 アキラは改めてキャロルを見る。

 キャロルは若く、肉付きも良く、顔立ちも十分美女の範疇はんちゅうだ。

 そして妖艶かつ自信にあふれた笑顔を浮かべている。

 客観的に見て、キャロルにまって身を持ち崩すハンターがいても不思議はないように思えた。


『何にせよ、手を出さなければ問題ないな』


『そういうことよ』


 アキラが再度キャロルの申し出を断る。


「悪いな。

 やっぱり断る」


 キャロルが少し驚いた表情を浮かべる。

 あそこまで誘って断られるのは滅多めったにない経験だった。


「つれないわね。

 そういうのに抵抗がある方なの?

 大人って程のとしには見えないけど、子供っぽい幻想を抱えて生きるほどのとしじゃないでしょう?」


「色気より食い気の年頃なんだ。

 それに遺跡でいろいろあって、ちょっと臆病に生きることにしているんだ。

 だから不用意に銃を手放したくないし、強化服も脱ぎたくないんだ。

 悪いな」


 キャロルもそれで誘いを諦めた。

 遺跡でモンスターに襲われて重傷を負い、病的なまでに銃を手放すことに抵抗するハンターもいる。

 その類いの人間に、銃を手放すことを強いるのは危険なのだ。


「そう。

 残念ね。

 いつ死ぬか分からないハンター稼業。

 結構タイプだし、良い思いをさせてあげようと思ったのに」


 キャロルは本心でそう言った。

 そして先ほどの言葉に口には出せない部分を心の中で付け足して、残念そうに微笑ほほえんだ。

 ボディスーツのファスナーを首元までしっかり戻しながらアキラの様子を確認しても、しまわれていく魅惑の肢体を残念がる様子はない。


(……これぐらいの年頃なら、そっちの欲に引っ張られても良さそうだけど、実は見た目以上に子供なのかしら?)


 キャロルは少し不思議そうにアキラを見ている。

 その横に、アキラの理想を山ほど詰め込んだ容姿と肉体を持ち、それなりの頻度で露出気味の服を着ている女性がいるとは想像もつかない。


 これをアルファによるハニートラップ対策の成果と呼ぶべきかどうかは、アキラのゆがんだ対人感覚を考慮すると少々微妙だろうが。


 アキラがキャロルと別れて目的地である57階を目指して進もうとする。


「そろそろ俺は探索に戻るよ。

 じゃあな」


「そう?

 私はしばらくこのビルの中にいるから、気が変わったら探してちょうだい。

 待ってるわ」


 キャロルはそう言ってアキラに軽く手を振った。


 アキラがキャロルと別れて25階の探索を再開する。

 探索の途中でキャロルに階段の場所を聞いておけば良かったと後悔したが、聞きに戻るのは止めておいた。

 気が変わったと勘違いされたら面倒だからだ。


 しばらく探索して階段を見つけたが、その階段も30階までしかつながっていなかった。

 31階へ上る部分がまた封鎖されていたのだ。


 アキラがめ息を吐く。


『またか。

 面倒だな』


『仕方ないわ。

 また別の階段を探しましょう』


 アキラが30階の探索を始める。

 モンスターの姿はない。

 キャロルが話した通りビルの中は安全なのだろう。

 アキラは警戒度を下げながらフロアの探索を進めていた。


 不意にアルファの表情が少し険しくなる。


『アキラ。

 あの場所まで移動して一度止まって』


 アルファが少し離れた場所を指差した。

 アキラはアルファの様子を見て、警戒を強めながら指定された場所まで移動した。


『アルファ。

 敵か?

 キャロルの話だとモンスターはいないはずだけど……』


『モンスターの反応はないわ。

 でも警戒は緩めないで』


 アキラはアルファの指示通り警戒態勢を維持し続ける。

 情報収集機器の索敵の反応にも、目視による確認でも、異常は感じられない。

 敵の姿や気配はない。

 しかしアルファが警戒を促す何かがあるのだろうと、油断なく警戒を続ける。


 アルファが表情を真剣なものに変える。

 それが相応の危険を意味することはアキラも理解している。


『……やっぱり情報収集機器の精度が落ちている。

 しかも悪化し続けている。

 これは、色無しの霧?』


 アルファの口から聞き捨てならない言葉が出たのを聞いて、アキラの表情が強張こわばる。


『アルファ。

 色無しの霧がどうかしたのか?』


『さっきから情報収集機器の精度が落ちているのよ。

 ビルの構造や内にある物品の配置状況などでも起こりえることだから、ここまでは気にせずに進んできたわ。

 でも既にその程度の理由では説明できないほど低下してしまっている。

 ビルの構造や物の配置が原因なら、場所を変えればある程度回復するはず。

 今アキラがいる場所に移動することである程度回復したのなら、その理由で納得することもできた。

 でも駄目だったのよ。

 そうすると他の原因を考えなければならないわ。

 それで思い当たるのが、色無しの霧なのよ。

 色無しの霧が何らかの理由で急激に濃くなった。

 そう考えるのが自然なのよ』


 アキラは少し表情を険しくさせながらも、自身を落ち着かせるようにアルファに尋ねる。


『旧世界の遺跡なら起こりえることだろう。

 それに、そこまで致命的な影響はないんだよな?』


『今の所はね。

 精度の低下がこのまま続くと不味まずいわ』


『仕方ない。

 注意して進もう』


 アキラは落ち着きを保ちながら答えた。


 以前に色無しの霧が濃くなった時のアキラの狼狽ろうばいぶりを知っているアルファが、微笑ほほえみながらアキラに話す。


『あら、随分落ち着いているのね。

 影響がもっとひどくなってから伝えると、アキラが狼狽ろうばいすると思って少し早めに教えたのだけれど。

 余計な世話だったかしら?』


『俺が慌てたところで事態が改善するわけじゃないからな。

 死にたくないから落ち着いて行動するよ。

 早めに教えてくれるのは助かる。

 落ち着く余裕ができるからな』


『そう。

 それは良かったわ。

 アキラも随分成長したわね。

 私もうれしいわ』


『……そりゃどうも』


 どこか茶化ちゃかすようなアルファの言葉にアキラは素っ気なく返した。

 少なくとも素っ気なく返そうとした。

 それが照れ隠しであることは、アルファにも把握されていた。




 アキラがビルの10階辺りにいた頃、セランタルビルの周辺に多くのハンター達が集まっていた。


 アキラはセランタルビルの警備をしていた機械系モンスターを倒すためにかなり派手に戦った。

 その為ミハゾノ街遺跡にいる多くのハンター達がそのことに気が付いたのだ。


 セランタルビルの警備をしている強力な機械系モンスターを撃破してビルの中に入る場合、大まかに2種類の方法がある。


 一つ目は、多数のハンターで周辺の機械系モンスターを殲滅せんめつして、少数のハンターをビルの内部に送り込む方法だ。

 少数のハンターがビルの内部で遺物収集をしている間、残りのハンター達はビルの出入り口を制圧して他のハンターがビルの内部に侵入するのを防ぐのだ。


 それは遺物収集班が他のハンターと遺物の争奪で戦闘になるのを避けるためでもあり、苦労して強力な機械系モンスターを倒した利益を、他のハンターにさらわれるのを防ぐためでもある。

 誰かに警備のモンスターを排除させて、自分は戦わずにビルの中に入って遺物をあさろう。

 そう考えるハンターは多いのだ。


 強力な機械系モンスターを倒すのには相応の費用がかかる。

 治療費、弾薬費、人件費。

 それらを差し引いて黒字にするためには、仲間以外のハンターに遺物を奪われるわけにはいかないのだ。


 強力な機械系モンスターを倒せるほどの者は、当然ながらそれ以上に強力なハンター達である。

 彼らがビルの出入り口を制圧している間は、他のハンターはビルの中に入れない。

 そして彼らが去る頃には、どこからともなく別の強力な機械系モンスターが現れて元の状態に戻るのだ。


 二つ目は、機械系モンスターの警備に一時的に穴を開けて、少数のハンターを送り込む方法だ。

 送り込んだ遺物収集班がビルから脱出する時は、外にいるハンターが再び火力を集中させて警備網に穴を開けて脱出させるのだ。

 瞬間的な火力に自信の有る少数のハンターチームが選択する手段である。


 どちらの手段でも攻略チーム以外のハンターがビルに侵入するのは難しい。

 しかしそれでも誰かがセランタルビルを攻略しようとした場合、その結果を確かめようとするハンターはいるのだ。


 ビルの入り口を制圧しているハンターチームと交渉して中に入る者がいる。

 一時的に薄くなった警備のすきいて後先を考えずにビルに入る者もいる。

 倒された機械系モンスターの残骸をこっそり運び出す者もいる。


 そしてまれにだが、強力なハンター達が強引に警備の機械系モンスターを殲滅せんめつして、そのまま帰ってしまうこともあるのだ。

 理由は分からない。

 単純に気が変わったのかもしれない。

 ただの八つ当たりや憂さ晴らしなのかもしれない。

 どこかの企業が新しい装備を開発して、ハンターを雇ってその性能のテストとしてその装備で戦わせたのかもしれない。


 他のハンター達にはその理由など関係ない。

 重要なのは、労せずにセランタルビルに侵入できる状況だけだ。

 アキラの派手な戦闘はミハゾノ街遺跡にいた多くのハンターにその期待を抱かせた。

 そのため多くのハンターがセランタルビルまで確認に来ていたのだ。


 偵察に来たハンターの1人がセランタルビルの正面出入り口周辺の光景を確認する。

 彼は破壊された機械系モンスターの残骸を確認する。

 そして周囲に見張りなどをしているハンターの姿がないことも確認する。

 状況の確認を終えた彼が満面の笑みで仲間に連絡を取る。


「俺だ!

 すぐに他のやつらにも連絡しろ!

 セランタルビル周辺の警備が全滅している!

 出入り口を制圧しているチームもない!

 遺物収集でも、機械系モンスターの売却でも、今なら大もうけだ!

 ……そうだ!

 すぐにだ!

 グズグズしていると他の連中に先を越されるぞ!

 他のやつらも確認に来ているんだ!

 急げ!」


 他のハンター達も彼と同じように仲間と連絡を取っていた。

 程なくして、多くのハンターがセランタルビルに集結した。

 アキラが倒した無人兵器を売却するために運びだそうとする者。

 ビルの中に入って旧世界の遺物を探そうとする者。

 多数のハンターが行動を開始する。


 そのままビルの奥に進む者もいれば、仲間のハンターの到着まで1階で待機している者もいる。

 そして1階のフロアには、そのハンター達に警告を繰り返す立体映像の女性、セランタルの姿があった。


「……お客様。

 当ビルは現在休館中でして、関係者以外立入禁止となっております。

 お引き取りください。

 ……警告します。

 当施設は不法侵入者に対する殺傷権を保持しています。

 速やかに退去してください。

 ……お客様」


 事前にセランタルビルに関する情報を得ており、1階の立体映像の女性について知っているハンター達はセランタルを完全に無視していた。


 しかしそうではない者もいる。

 1人のハンターが1階のフロアで仲間のハンターの到着を待っている。

 その仲間の到着が遅れており、彼は非常に苛立いらだっていた。

 彼もしばらくはセランタルを無視していた。

 しかし繰り返される警告に苛立いらだちを高め、セランタルを怒鳴りつける。


「うるさい!

 黙ってろ!」


「警告します。

 当施設は……」


「黙れ!」


 彼がセランタルに銃を向ける。

 立体映像であり撃っても意味がないことは知っていた。

 それでも引き金を引いた。

 それだけ苛立いらだっていたのだ。


 銃弾はセランタルを通り抜けて背後の壁に着弾した。

 運良くそこには誰もおらず、怪我けが人が出ることはなかった。


 しかしこんな場所で発砲することの意味は大きい。

 彼の周りにいるハンター達が一斉に彼に銃を向ける。

 彼は慌てて両手を上げて謝り始める。


「わ、悪かった!

 そいつがうるさいから腹が立ったんだ!

 それだけだ!

 謝る!」


「……次は殺すぞ」


 周りのハンターが殺気を乗せて警告した。

 彼らも無駄に殺し合う気はないのだ。

 彼らもこの千載一遇の機会を、金にならない無駄な殺し合いでふいにするつもりはない。

 そのおかげで、彼の命は辛うじてつながった。

 もし怪我けが人が出ていれば、彼は殺されていただろう。


「わ、分かった。

 悪かったって」


 彼はひたすらに謝った。

 周りのハンターが舌打ちをして銃を降ろす。

 彼もそれでようやく息を吐いた。


 この騒ぎの所為でセランタルに注意を払うハンターはいなかった。

 そのためセランタルの言葉が変わっていたことに気付いた者もいなかった。


「不法侵入者に対する判断基準の人数の超過を確認。

 従業員及びそれに類する存在への殺傷を許容した敵意を確認。

 ビル本体への破壊行動を確認。

 状況をDへ変更。

 くたばれ」


 セランタルがお客様に向かっては絶対に口にしない言葉を吐いて姿を消した。

 しばらくしてセランタルが姿を消したことに少数のハンターが気付いたが、そのことを気にする者も、その意味を理解した者もいなかった。

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