第98話 嘲笑う

 アキラがクガマヤマ都市へ移動している。


 シカラベから受けた賞金首討伐の補助要員の依頼は、結局タンクランチュラ戦だけで終わってしまった。

 アキラは次の賞金首戦に一応備えていたのだが、シカラベ側の事情で取りめになった。

 シカラベ達から受け取った物資を返却して帰路に就いている。


 ドランカム所属のハンター達はそのまま次の賞金首討伐に向かった。

 シカラベ達4人とネルゴだ。

 ネルゴはシカラベ達と進んで交渉し、外部要員ではなくドランカム所属のハンターとして同行するらしい。


 他のハンター達はどこかに行ってしまった。

 別ルートで都市に向かっているのか、別の仕事に直接向かっているのかは分からない。

 少なくともアキラは一人で都市へ移動していた。


 アキラがアルファからタンクランチュラとの戦闘の補足説明を受けている。


『戦闘の大まかな流れは今話した通りよ。

 予定通り戦い、予定通り勝った。

 言ってしまえばそれだけのことなのだけど、それを実現させたのは大したものね』


「アルファの説明を聞くと、下手をするとシカラベ達3人だけでもタンクランチュラを倒せたように聞こえるんだけど」


『現実的な勝率はあると思うわ。

 少なくともシカラベ達が当初考えていたタンクランチュラの戦力なら可能だったはずよ。

 その上でシカラベ達がアキラ達を雇った理由は、勝率と安全性の向上、そして戦闘時間の短縮のためにでしょうね。

 ドランカム側で何かあったようだけれど、元々はぐに次の賞金首討伐に向かう予定を立てていたようだし、戦闘時間の短縮が最大の理由だと思うわ』


 アキラがあきれとも感服とも思える感情を抱く。


「シカラベ達に時間の制約がなければもっと少ない人数で、最悪シカラベ達3人だけでタンクランチュラと戦っていたかもしれないのか……。

 賞金首も強かったけど、それと戦おうとするハンターも大概だな。

 勝てばはくが付くわけだ」


 進んで賞金首討伐に乗り出すハンターだけはあり、シカラベ達の実力はそこらの凡百とは違うようだ。


『強いて欠点を挙げれば、金が掛かり過ぎたことね。

 高価な消耗品を惜しげもなく使用したから、費用はかなりかさんでいるはずよ。

 討伐に成功したから収支は黒字でしょうけれど、失敗していたらどれだけの赤字が発生していたのかしらね』


 経費は賞金首討伐の賞金から差し引く契約だ。

 アキラが少し不安になる。


「……そんなに、高いのか?」


 アルファが笑って答える。


『高いわ。

 例えばヤマノベが狙撃してタンクランチュラに貼り付けていた装置だけれど、あれは小型の誘導装置でもあり、小型の情報収集機器でもあるわ。

 ロケット弾の誘導と、タンクランチュラの解析のためでしょうね。

 敵の弱点部位、構造上もろい部分を探すために敵の構造の情報収集を行っていたはずよ。

 エレナがヨノズカ駅遺跡で使用していた小型の情報収集機器より多分高値だわ。

 その情報を車両に積み込んだ機材で演算して、着弾位置を調整して、威力を上げていたはずよ。

 対応するロケット弾も高価だし、高度な機材もレンタル品なら相応のレンタル料が掛かるわ』


 アキラはエレナとの会話を思い出した。

 エレナが使用していた小型の情報収集機器は、1個1万オーラムだと教えてもらった。

 少なくともそれよりは高価だろう。

 ロケット弾の攻撃で吹き飛ばしてしまったから回収など不可能だ。

 間違いなく消耗品である。


『ロケット弾もあの集中攻撃を実現させるためには非常に高い誘導性が必要よ。

 当然無誘導のタイプより高価になるわ。

 それでいて威力も十分あったわ。

 当然高くなるわ。

 それを皆で山ほど打ち込んだわよね』


 アキラはタンクランチュラに集中攻撃を加えた時の光景を思い出した。

 確かに威力は十分だった。

 あの1回の攻撃でどれだけの弾薬費が掛かったのか。

 安値の銃弾を乱射した程度の費用とは桁が違うはずだ。


『あのバイクに搭載されていた自動装填そうてん装置も、今回の戦闘のために追加改造したのならば、その費用もかなりの価格になるはずよ?』


「まて、その費用は経費にはならないんじゃないか?

 それは新しい装備の購入と同じ扱いのはずだ」


 何とか弾薬費を抑える理由を求めるアキラに、アルファが不敵に笑って答える。


『アキラ。

 世の中にはいろいろな販売方法があるのよ。

 消耗品を大量に使用させるために、それを使用する装置をとても安く販売したりもするわ。

 装置の代金や改造費が実質無料でも、その分は消耗品の価格にしっかり反映されているのよ。

 情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの発生装置を発射していたようだし、普通の砲弾を飛ばすより余計に費用が掛かったかもしれないわ』


 アキラが項垂うなだれ始める。

 既に消耗品の代金だけでもアキラが予想できる金額ではない。


『経費の総額は幾らになるのかしらね。

 賞金からそれを差し引くと一体幾ら残っているのか。

 更にそれを分配するのよ?

 アキラへの報酬は一体幾らになるのか、今から楽しみね?』


 アルファはそう言って類いまれな美貌に浮かぶ笑顔を楽しげに輝かせた。


 8億オーラムの賞金だ。

 分配してもかなりの額になるのではないか。

 アキラが無意識に抱いていた期待は、アルファの説明を聞いている内に見る間にしぼんでいった。


 これでシカラベからの報酬が予想以上に低くなったとしても、アキラがシカラベ達とめて騒ぎを起こす可能性が下がったはずだ。

 アルファはそう判断した。


 アキラが自身の報酬を引き上げる根拠をこじつけようとする。


「本当にそんなに経費が掛かったと決まったわけじゃないだろう?

 倒せば8億オーラムの賞金をもらえるといっても、倒すのにそんなに金が掛かるのなら、誰も倒しに行かないだろう。

 悪く考えすぎじゃないか?」


『賞金首の賞金額は必ずしもその強力さと一致しているわけではないわ。

 実際に交戦してみないと正確に難度を測定するのは難しいわ。

 タンクランチュラの8億オーラムという賞金額も、今まで討伐に失敗したハンター達の規模や実力を考慮に入れての額でしょうからね。

 シカラベがもう少し安全思考で早めに撤退を決定していれば、シカラベ達でも倒せなかったということで更に賞金が上がっていたはずよ。

 そうね、12億オーラムぐらいに増額されても不思議はないわ』


 アキラが嫌そうな表情を浮かべる。


「そうすると、俺達は不当に低く評価されていた賞金首を必死になって討伐して、その低い賞金しか受け取れなかった可能性があるってことになるんだけど……」


『その可能性は十分あるわ。

 もしそうだとしたら、ついていなかったわね?』


 アキラがあからさまに表情をゆがめて大きなめ息を吐く。


「……別に気にしない。

 俺は旧世界の遺物を売って金を稼げば良いんだ。

 荒野を彷徨うろついている賞金首がいなくなれば、安全に旧世界の遺跡に行けるようになるんだ。

 今回の戦闘はそのためだったんだ。

 その経費をシカラベ達が払ってくれたようなもんだ。

 だから気にするようなことじゃないんだ」


 アキラはどう見ても気にしている態度で、自身の精神安定のためにそう言い聞かせた。


 アキラが情報端末でハンターオフィスが掲載する賞金首速報を確認する。

 撃破済みの賞金首の情報が更新されていた。

 タンクランチュラ、多連装砲マイマイ、過合成スネークの3体だ。

 無事な状態の写真に大きなバツ印が書かれていて、その横に倒された賞金首の姿が表示されている。

 アキラ達が倒したタンクランチュラの姿も撃破後の姿が表示されていた。


「賞金首も残り1体で、シカラベの話だと大規模なハンターチームを作って倒すらしいし、賞金首の騒ぎも今日で終わりだな。

 早く帰って、ゆっくり休んで、明日以降の遺跡探索に備えよう」


 突然アルファがアキラから車の運転を奪い車を急加速させる。

 その加速で車の背もたれに押しつけられたアキラが軽い驚きの声を出した。


 アキラが助手席のアルファへ慌てて尋ねる。


「アルファ!?

 急になんだ!?」


『黙っていて!』


 アルファが険しい表情で答えた。

 それを見たアキラが一気に警戒を強める。

 アルファにこの表情をさせる何かが起こっている。

 場合によっては致命的な何かが。


 そのままアルファは車を限界まで加速させる。

 そして10秒ほど最高速度を保った後に、やはり険しい表情で話す。


『駄目ね。

 追いつかれるわ』


 アルファが車の速度を少しずつ落としていく。

 アキラはアルファを真剣な表情で見ている。


『アキラ。

 落ち着いて後ろを見て。

 運転はこのまま私がするから大丈夫よ』


 アキラがゆっくり後ろを見る。

 車の背後のかなり離れた場所に細長い何かがいた。

 それはアキラ達を追ってきていた。

 その何かの姿はとても小さく見えるが距離の所為だ。

 実際の大きさはかなりのものだ。


 アキラが双眼鏡を取り出してその何かを確認する。

 そこには見覚えのあるモンスターがいた。

 少し前と、つい先ほど見たモンスターだ。


 アキラの表情が引きる。

 ヨノズカ駅遺跡の入り口と、先ほど情報端末で見たモンスターがアキラを追ってきていた。

 撃破済みと記載されていた賞金首によく似た姿のモンスターがアキラの車を追いかけていた。


 アキラの車を追うモンスターは、過合成スネークだった。


 アキラが思わず情報端末を再確認する。

 過合成スネークは確かに撃破済みとなっており、倒された姿も一緒に記載されている。

 双眼鏡で敵の姿をもう一度確認する。

 追ってきているモンスターは、細かい差異はあるものの、過合成スネークと認識して差し支えのない姿をしていた。


 アキラが引きつった表情でアルファに尋ねる。


「た、倒したって書いてあるだろ!?

 どういうことだ!?」


『実は同種が2体いてその片方が賞金首に認定されたのか、分裂でもして増えたのか、あるいは子供か。

 あの大きさから判断すると子供かもしれないわね。

 賞金首の映像と比べればかなり小さい個体だわ』


 アキラが改めて情報端末に表示されている過合成スネークと見比べる。

 確かに追ってきている個体はそれに比べれば大分小さい。

 だがそれでも横幅はアキラの車両を軽く上回っている。

 そこらの雑魚モンスターと同じ扱いはできない。


『アキラ。

 残念だけど、このままだと追いつかれるわ』


「逃げ切れないのか?

 あれが同種なら、下手をすると賞金首並みに強いってことだろう?

 倒せるのか?」


『車のエネルギーが切れるまで逃げ続ければ、向こうが追うのを諦める可能性が全くないとは言わないけれど、試してみる?』


 アキラが険しい表情のまま黙って車の後部に移動する。

 確かにその可能性はあるだろう。

 だが敵が執念深く追い続けてきた場合、車が動かなくなればアキラは車ごと食われるだけだ。

 そしてアキラは運が悪いのだ。


 アキラが苦笑する。


「戦うしかないか。

 ……前に、念のために、荒野に出る準備を、運悪く賞金首と遭遇した場合に備えて準備し直したけど、何でいつもこの手の準備が無駄にならないんだ?」


 車に積み込む予備の弾薬の配分を、CWH対物突撃銃の専用弾とDVTSミニガンの拡張弾倉をできるだけ増やしている。

 強力なモンスターと交戦する場合に普段より優位に戦えるが、並のモンスターと交戦するとそのたびに赤字になる配分だ。

 アキラも赤字は大嫌いだ。

 だが今日に限っては赤字になってほしかった。


 アルファが微笑ほほえんで話す。


『備えあれば憂いなし。

 準備をし直しておいて正解だったわね』


 微笑ほほえむアルファの姿を見て、アキラも少し余裕と冷静さを取り戻した。

 苦笑を返して答える。


たまには杞憂きゆうになってほしいもんだ。

 嫌な勘なら幾らでも外れてほしい。

 良い予感は外れるんだから、たまには悪い予感が外れてもいいじゃないか」


 アルファが笑って尋ねる。


『アキラの勘はこの後どうなるって言っているの?』


 アキラが少し不敵に笑って答える。


「アルファ次第だってさ」


 アルファも不敵に笑って答える。


『そういうこと。

 それなら私に任せておきなさい。

 アキラの不運を上回る私のサポートを見せてあげるわ。

 今までと同じようにね』


 アキラとアルファが不敵に笑い合う。

 アキラの覚悟は整った。


 アキラが過合成スネークへCWH対物突撃銃を構える。

 揺れる車体の上で、両手でしっかり銃を固定する。

 照準器をのぞき込み、意識を限界まで集中させる。

 不規則に揺れ続ける車体の振動を、一定方向に移動していると誤認するほどに、一瞬への認識を濃密にさせていく。


 その上でアキラの照準にアルファのサポートによる修正が加わった。

 アキラが引き金を引く。

 過合成スネークの巨体を豆粒に変える距離を、CWH対物突撃銃の専用弾が駆け抜けていく。

 弾丸が過合成スネークの頭部に命中した。


 その一撃は過合成スネークのうろこはじかれた。

 着弾地点のうろこが少しだけへこんだ。


 アキラが照準器越しに敵の様子を確認する。


「当たった……よな?」


『命中したわ。

 敵をイラッとぐらいはさせたかもね』


「CWH対物突撃銃の専用弾でこれか。

 本当に賞金首並みに固いな。

 どうする?」


『威力を上げるしかないわ。

 アキラ。

 覚悟を決めなさい』


 アキラが少し笑って答える。


「俺が覚悟を決めるだけで弾の威力が上がるなら幾らでもやるよ。

 覚悟を決めるのは俺の仕事だからな。

 もう覚悟を決めたつもりだったけど、足りなかったか?」


 アルファが不敵に笑って答える。


『この後に動揺しないのならね。

 行くわよ』


 アルファが車の速度を急激に落としていく。

 相対的に過合成スネークの速度が一気に上昇していく。


 敵との距離が弾丸の威力を減衰させるのならば、その距離を縮めれば良い。

 単純な理由だ。

 至近距離まで近付けば、容易たやすく相手を殺しやすくなるだろう。

 アキラも過合成スネークもお互いにだ。


 アキラは歯を食いしばって何とか笑みを浮かべた。

 動揺はしなかった。


 豆粒ほどに小さく見えていた過合成スネークが肉眼ではっきり認識できるようになる。

 勢いよく近付いてくる過合成スネークの動きは蛇のものではない。

 連結された長い車両に近い。

 よく見ると下部に無限軌道やタイヤらしきものが存在している。

 非対称で速度も違うそれらで強引に前進しているようだ。

 移動速度の違いで巨体が波打っており、その動きが僅かに蛇らしく見えないこともない。


 アキラが再びCWH対物突撃銃で過合成スネークを銃撃する。

 直撃した専用弾が着弾地点のうろこぎ取った。

 だが敵の巨体から考えればかすり傷だ。


 アルファが更に車の速度を落とす。

 過合成スネークとの距離は、もうその巨体のおかげで適当に狙っても命中するほどに近い。

 再びアキラが銃撃する。

 敵に直撃した専用弾がうろこと一緒に肉片を削っていく。

 しかし致命傷にはほど遠い。

 過合成スネークの動きは全く鈍っていない。


 アキラが表情を険しくさせる。


「ここまで近付いても駄目なのか!

 あれか!?

 力場装甲フォースフィールドアーマーってやつか!?」


『違うわ。

 あれは単純に頑丈なだけよ。

 着弾地点から衝撃変換光とかが出ていないでしょう?』


「どんだけ頑丈なんだ!?」


『もっと近付かないと駄目ね。

 さあアキラ。

 覚悟の決め時よ』


 そう言って笑うアルファに、アキラが少し自棄やけになりながら答える。


「まだ覚悟が足りなかったか!?

 良いぞ!

 やってくれ!」


 過合成スネークとの距離を更に縮めるのだろう。

 アキラはそう思っていた。

 それは正しく、そして予想とは正反対だった。


 アルファが車両の四輪を制御する。

 車の四輪のそれぞれが独自に動き、車両をその場で180度回転させた。

 更に車両は過合成スネークの方向へ急加速した。


 アキラは車両の速度を落として過合成スネークとの距離を詰めるのだと考えていた。

 だがアルファはそれどころか過合成スネークへ勢いよく近付こうとしていた。


 アキラは車から振り落とされないように車体をしっかりつかんでいる。

 事前にアルファが強化服を操作していたのだ。

 だが余りのことにアキラの顔は驚愕きょうがくに染まっていた。


 アキラの車と過合成スネークがお互いの方向へ急加速することで、互いの距離が一気に縮まる。


『アキラ。

 武器をDVTSミニガンに変更して攻撃準備』


 アキラがしがみつく先を車両に装着しているDVTSミニガンに変更する。

 過合成スネークはもう眼前に迫ってきている。

 びっしりと牙を生やした大口を開けて車両に食いつこうとしている。

 アキラは歯を食いしばった。


 過合成スネークがアキラに車両ごと食いつこうと勢いを付けるために、動きに僅かに予備動作を作った。

 アルファはその動きを情報収集機器で探知して見切っていた。


 アルファが高度な運転技術で横に移動させ、過合成スネークの攻撃をぎりぎりでかわす。

 車がそのまま過合成スネークの頭部とすれ違い、巨体の側面のがわを前進する。


 大口を開けた敵の巨大な頭部が眼前に迫り、それが車体の横へ抜けていく大迫力の姿を、アキラはゆがんだ体感時間の中で表情をゆがませて見ていた。


 集中と緊張が体感時間を圧縮させて、時がゆっくりと流れていく中でも、アキラの視界に映るアルファだけは普段の時の流れと変わらない。

 いつも通りに微笑んでアキラに指示を出す。


『撃って』


 アキラは車体から振り下ろされないように、銃座に固定されているDVTSミニガンを握りしめている。

 大きく傾いた車両の上で、必死の形相で引き金を引いた。


 DVTSミニガンから大量の銃弾が放たれる。

 過合成スネークの側面に至近距離から無数の銃弾が直撃する。

 アキラが引き金を引き続ける。

 ミニガンを携帯するという暴挙に応えるために、その拡張弾倉には旧世界の技術により見た目の容量からは考えられないほど大量の銃弾が詰め込まれている。

 その弾薬の全てを使い切る勢いで、回転する銃口の束から小物のモンスターなどその1発で撃破する威力の銃弾が放たれ続けた。


 少し近寄れば蹴りが届くほどの至近距離で放たれた大量の弾丸が、過合成スネークの胴体部を削るように千切り飛ばし四散させ続ける。

 肉片や機械部品のような様々なものがアキラの通った後に飛び散っていく。

 それらは過合成スネークが捕食した何かの成れの果てだ。

 無数の銃弾が過合成スネークの体積を物理的に削り続け、荒野にその残骸をばらまいていった。


 アキラの車はアルファの運転により、波打つ長い巨体のすぐ横を移動し続けている。

 アキラの眼前を過合成スネークの側面が流れるように通り過ぎていく。

 通り過ぎた部分には至近距離から放たれた大量の銃弾で書かれた破壊の跡が長い線となって横に引かれ続けた。


 アキラは過合成スネークを側面から銃撃し続けた。

 過合成スネークの最後尾を通り過ぎると、その勢いのまま少し進んだ辺りで、アルファが再び車を180度回転させて停止させた。

 DVTSミニガンの拡張弾倉は空になっていた。


『アキラ。

 弾倉を交換して』


 攻撃しながらも少し唖然あぜんとしていたアキラがアルファの指示を聞いて我に返った。

 DVTSミニガンの弾倉を急いで交換しながら尋ねる。


「あ、あれでも倒せていないのか?」


『ダメージは与えたわ。

 でも殺しきるには足りていないわ。

 さあ、もう一度よ』


「あ、後何回同じことをすれば良いんだ?」


『死ぬまでよ。

 相手が死ぬまで、にするために頑張りましょう。

 アキラが死ぬまで、にはしたくないでしょう?』


 笑ってそう答えたアルファを見て、アキラが引きつった笑顔を浮かべた。


 DVTSミニガンの拡張弾倉の交換作業が終わる。

 過合成スネークがその巨体を反転させようともがいている。

 少なくとも敵に逃げる気はないようだ。


 アキラが自棄やけになって叫ぶ。


「やれば良いんだろう!

 やれば!」


『その意気よ。

 さあ行きましょう』


 アルファが車を勢いよく前進させる。

 アキラがDVTSミニガンを握りしめる。

 もう一度同じことを、相手が死ぬまで何度でも同じことを繰り返すために。




 長い巨体の横を駆け抜けるたびに車両に積み込んでいる弾薬が減っていく。

 あれほど積み込んでいた予備の弾薬が消えかけている。

 それだけの量の銃弾を敵に撃ち込んだのだ。

 だがそれでも敵は倒れない。

 残りの弾薬量はそろそろ危険域だ。

 一度覚悟を決めたはずのアキラの表情が曇り始める。


「アルファ!

 弾薬がそろそろヤバいぞ!」


『本当に信じられない生命力ね。

 逃げようとしないのは余裕の表れかしら。

 何か弱点でもあれば良いのだけど』


 アキラが苦笑する。


「あれだけ山ほど大量に銃弾をぶち込んだんだ。

 弱点があるのならとっくに当たっていても良さそうだけどな。

 偶然当たらなかっただけか?

 それは俺の運が悪いからか?

 頭部にもあれだけぶち込んだんだぞ?」


『それなら運ではどうしようもできないほどに徹底的に破壊するだけよ。

 さあ、もう一度よ』


「了解だ!」


 泣き言を言っても状況が改善するわけではないのだ。

 あれだけ負傷させたというのに、過合成スネークは全く逃げようとしない。


 アキラもモンスターとはそういうものだと知ってはいる。

 だが生物に見えなくもない外見なのだから、死を恐れて逃げてもらえないか。

 アキラはそう願っていた。

 その願いは今のところはかなっていない。

 恐らく今後もかなわない。


 アキラが気を引き締めて次の攻撃に備える。

 それが最後の攻撃となった。


 アルファが再び車を発進させる。

 そして前回と同じように過合成スネークと擦れ違おうとする。

 その周辺には過合成スネークから削り取った部位が散らばっていた。


 過合成スネークはハンターの車両も捕食していた。

 その車両には予備の弾薬等の爆発物も積まれていた。

 そしてその爆発物が過合成スネークの一部として取り込まれ、アキラの攻撃で巨体から削り取れて周囲に散らばっていた。

 それが運悪く爆発した。


 爆発は小規模で、アキラの車両にも過合成スネークにも損傷を与えることはなかった。

 だがアルファの精密な運転技術を狂わせるのには十分だった。

 そしてそれはちょうど過合成スネークの攻撃と一致していた。


 爆風で浮いた車両が僅かな時間だけ操作不能となる。

 過合成スネークの大口がその車両をアキラごと丸みにした。


 アキラの視界は真っ暗だ。

 過合成スネークがしっかり口を閉じているため、内部まで光が届いていないのだ。

 アキラは横転しかけている車両の後部にいる。

 何らかの液体が車体の装甲タイルやタイヤと反応して異音を立てている。


 アキラの視界は真っ暗だ。

 以前アキラはヒガラカ住宅街遺跡のやかたの地下室で、同じぐらい真っ暗な一切光のない場所にいたことがある。

 しかしその時でもアルファの姿だけははっきり見せていた。

 アルファの姿だけ輝くように色づいていた。

 しかし今は本当に真っ暗だ。

 アルファの姿は、ない。


『アルファ!』


 アキラがアルファに呼びかける。

 しかし返事はない。

 視界も完全な闇のままだ。


 アキラは気付き、理解した。

 アルファのサポートが失われていることに。


 地下の遺跡ではアルファのサポートが完全に失われる場合がある。

 以前アキラはアルファにそう説明されたことがある。

 アキラはアルファと旧領域接続者の能力で常時通信している。

 旧世界の遺跡の中にはその通信を阻害する何かが存在する場合があるのだろう。

 それと同じなのだろう。


 過合成スネークに構成物に含まれている何かが、アキラとアルファとのつながりを切断したのだ。


 アキラの視界はもう肉眼で認識できるものしか見えない。

 強化服の力を十全に引き出す補助もない。

 危機に対する有益で具体的な指示を受けることもできない。


 巨大なモンスターの内部に、アキラは一人きりだ。

 ろくな武装も訓練経験もないスラム街の子供を武装したハンターに勝たせる未知の力はぎ取られた。

 ハンターランク21の少年を、億超えのハンターに変身させる不思議な加護はここには届かない。


 車体のゆがむ音がする。

 過合成スネークの内壁が車両を横から圧縮しようとしている。

 車が勝手に動いてこの危機から脱する手助けをすることなどない。

 強化服に付いた液体から音がする。

 車両も機械系モンスターも捕食して取り込むモンスターが出す液体だ。

 強化服も同じように取り込まれるだろう。

 その強化服が勝手に動いてアキラを助けることはない。


 アキラは自分が過合成スネークにまれた理由の根本に気付いている。

 アルファはミスなどしていない。

 ただ運が悪かったのだと。

 アルファのサポートを上回る不運がこの事態を招いたのだと。


 アキラは幸運を使い切ってアルファに出会い、アルファの加護でその後の不運を乗り越えてきた。

 だがいつかはそれでは乗り越えられない時が来る。

 アキラは心のどこかでずっとそう思ってきた。

 その時が来たのだ。


 アルファの加護が失われれば、自分なんかあっさり死ぬだろう。

 アキラは心のどこかでずっとそう思ってきた。

 その時が来たのだ。


 状況の認識がアキラの意識を限界まで圧縮し加速させている。

 過合成スネークにみ込まれてからまだ僅かな時間しかっていない。

 闇の中には体感時間の矛盾に気付かせる比較対象などない。

 そのためアキラはその限界を超えた濃密な一瞬に気付いていなかった。


 真っ暗な世界で、アキラが笑った。


「外から近付くだけじゃ覚悟が足りなかったってか!

 ああそうか!

 分かったよ!

 覚悟を決めるのは俺の担当だからな!」


 アキラは有らん限りの声を上げて、思いっきり笑った。

 自分をこの状況に追い込んだ不運を、全てを、嘲笑あざわらった。


 限界まで圧縮されている体感時間の中で無理矢理やり発した声はひどひずんだものだった。

 恐らくアキラ自身にも真面まともな声に聞こえてはいない。

 だが問題ない。

 これは宣言だ。

 この苦境に対しての、この苦境へ導いた不運に対する宣言だ。

 その不運に対する敵対の宣言だ。


 アキラだけが叫び、アキラだけが聞いていればいいのだ。

 これは敵を、自身の不幸を、嘲笑あざわらい、抵抗し、逆襲する宣言なのだから。


 アキラはDVTSミニガンの位置を手探りで探し当て、握り、構え、引き金を引いた。


 大音量の銃声が響き渡り、発火炎マズルフラッシュが周囲を照らして過合成スネークの内壁を闇の中から引きり出す。

 照らされたグロテスクな内壁を大量の銃弾が引きちぎり、飛び散らし、粉砕して、更にグロテスクな姿に変えていく。

 内壁の圧力が弱まり、車体が水平に戻る。


 アキラはリュックサックからチューブの回復薬を取り出して、握りつぶして中身を噴出させて頭部に塗りたくった。

 これで強化服に覆われている腕や脚と異なり露出しているアキラの頭が消化されるまでの時間が延びた。

 ペースト状の回復薬が既にアキラの顔に飛び散っていた過合成スネークの液体と反応して音を立てていた。


 更にアキラは錠剤の回復薬を副作用など知ったことかと思いっきり大量に服用した。

 過度に使用した回復薬がアキラの体に掛かる負担の限界を延ばす。

 濃密な体感時間の中で身体の負荷を無視して強化服を作動させ、関節の可動域を超えて強引に四肢を動かしたことによる体の損傷を、治療用ナノマシンが即時に急速に治療し始める。


 アキラが運転席に手を伸ばし、車の制御装置を操作する。

 自動操縦に切り替わった車が単純な指示を実行する。

 車が溶けかけつつある四輪を全力で回転させ、最大出力で前進を始めた。

 退路などない。

 ならば進む先は前しかないのだ。


 アキラが笑いながら再びDVTSミニガンの引き金を引き続ける。

 狙う必要などない。

 どこを狙っても当たる。

 笑いながら大量の銃弾をばらまき続ける。

 過合成スネークの体内を移動する車両の上で、アキラは縦横無尽に銃弾をばらまき続けた。


 大量の弾丸が過合成スネークの体内から飛び出した。

 弾幕が比較的もろい内側から外側のうろこを押し出すように、体内を無茶苦茶むちゃくちゃに破壊しながら荒れ狂う。


 過合成スネークが断末魔の叫びのように狂ったように暴れ回る。

 その巨体が激しく動くことで、その体内にいるアキラから上下の感覚が失われる。


 それでも車両は前に進んでいく。

 アキラは銃撃の反動で車体を下方向に押し続けタイヤの空回りを防いでいた。

 下方向に押しつけられた車体が肉の床をえぐりながら進んでいく。

 激しい揺れで側面にぶつかる衝撃が、飛び散る消化液が、車体を破壊し続けている。


 アキラは破壊され続けている車の上で、狂ったように笑いながら引き金を引き続け、空になった弾倉を即座に何度も交換して、更に大量の銃弾をばらまいていく。


 荒れ狂っていた過合成スネークが崩れ落ち、二度と動かなくなった。

 それでも大量の銃弾が巨体の内部から外に飛び出し続けている。

 そして、巨体の側面を銃撃してぶち破ったアキラが乗っていた車両と一緒に飛び出してきた。


 勢いよく外に飛び出た車両が横転する。

 アキラが車両から投げ出され、地面に転がった。


「……外?」


 仰向あおむけに転がっていたアキラが、空の青を見て、ようやく外に出ていたことに気付いた。


『アキラ!

 大丈夫!?』


 アルファが非常に慌てた表情でアキラを見ている。

 アキラはほうけたようにアルファを見ていた。

 焦点が微妙に合っていなかった。

 アルファがアキラの名前を何度も呼んだ後で、ようやくアキラの焦点がアルファをしっかり捉えた。


「……えっと、お帰り」


『た、ただいま?』


 妙なことを言い出すアキラに、アルファが怪訝けげんな表情で答えた。


「アルファ。

 確認してくれ。

 あいつは死んだか?」


『え?

 ええ。

 ちょっと待って。

 ……大丈夫よ。

 死んでいるわ』


 アキラが軽く笑って答える。


「そりゃよかった。

 あれで駄目ならもうどうしようもなかったからな」


 アルファが珍しく戸惑う様子を見せながら尋ねる。


『アキラ。

 一体何があったの?』


 アルファはアキラとの接続が切れていた間の出来事を把握していない。

 アキラの命に別状がないことは確認済みだが、速やかに正確に非接続状態時に生じた事態を把握する必要があった。


「……悪いけど、もう少し後にしてくれ。

 あ、ついでに索敵とかも頼む」


『分かったわ。

 後で詳しく教えてね』


「ああ。

 そうだ。

 これだけ先に言っておく。

 運ではどうしようもできないほどに徹底的に破壊するって言ってたよな?

 やっといたぞ。

 すごい疲れたけど」


 アキラは少し自慢げにそう言って、気を抜いて横たわった。


 そのアキラを、アルファが珍しく戸惑っているような表情で見ていた。


 アキラとの接続が切れる前の状況から計算すると、アルファの計算ではアキラは死んでいた。

 アキラはアルファのサポートなしでは生還などできないはずだった。


 しかしアキラは生きている。

 アキラはまたも、アルファの計算を覆したのだ。


 自分のてのひらの上にあるはずの存在が変容を始めている。

 この予測を超える成長は有益なのか、違うのか。

 アルファは試算し続けていた。

 計算リソースをその試算に割り振りすぎて、表情の演算制御をおろそかにするほどに。

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