第21話 余計なこと

 アキラがクズスハラ街遺跡の中を疲れた様子で歩いている。

 その歩みは遅い。

 時折立ち止まって荒い呼吸を整えている。

 それでもその場に倒れ込みたい欲求を何とか振り切り、再び重い足取りで進んでいた。


 歩みを遅くする原因は背負っているリュックサックの重量だ。

 持ち運べる限界ぎりぎりまで遺物を詰め込んでおり、脚がきしむほどに重い。

 我慢してここまで何とか運んできたが、思わず弱音を吐いてしまう。


「アルファ。

 やっぱり、ちょっと、多かったんじゃないか?

 今からでも、少し、減らさないか?」


 持ち帰れば確実に大金に変わる遺物。

 以前には持ち帰る量が少ないと文句まで言っていた。

 それを自分から減らそうと提案するほどに、リュックサックはずっしりと重かった。


 だがアルファに真面目な表情で却下される。


『駄目よ。

 正直な話、私はアキラの不運を過小評価していたわ。

 訓練のためにちょっと荒野に出ただけで、1日に2度もモンスターの群れに襲われるなんて、流石さすがに想定外よ。

 その不運に対抗するためにも、もっと良い装備を早急にそろえる必要があるわ。

 この遺物の売却金がその装備代になるのだから、我慢して運びなさい』


「それは分かってるけどさ……」


 単純な不満ともまた異なる少し複雑な顔を浮かべるアキラに、アルファが少し不満げな様子を見せる。


『あら、そんな装備がなくても大丈夫なように、もっとしっかりサポートしろって言いたいの?

 私だって頑張っているのよ?』


「いや、そういう訳じゃない。

 いろいろサポートしてもらってすごく助かってる。

 あの時もアルファがいなければ死んでたしな。

 感謝してるし、信頼もしてる。

 けどなぁ……」


 その感謝と信頼にうそはない。

 しかしそれとは別に、いろいろと思うところもあった。


(アルファと出会ってから、危険な目に遭う機会がすごく増えている気がするんだよな。

 そりゃハンターに危険は付き物で、そのハンター稼業を始めた日にアルファと出会ったんだから、当然と言えば当然なのかもしれないけどさ……)


 そう思いながらも、それだけでは完全には納得できずに、アキラはどこか釈然としないものを覚えていた。

 するとアルファが表情を不満げなものから僅かにあきれを含むものに変える。


『全く、こんな美女が四六時中そばでいろいろ世話を焼いているっていうのに、その上でそんな不満を口にするなんて、アキラはちょっと贅沢ぜいたくが過ぎると思うわ』


 疲労の所為せいも加わって、アキラも少し不満そうな顔を見せる。


贅沢ぜいたくって……」


『単純にその手の興味が薄いのかと思えば、シズカやエレナやサラにはちゃんと反応しているのよね。

 やっぱり私には実体がないからさわれないって部分が大きいの?』


 アキラが軽く吹き出した。

 そして自分はシズカ達にそんなに大きな反応を見せていたのかと思って僅かに慌て出す。


『アキラの触覚に訴えられない以上、もっと視覚側から訴えるにはどういう格好が適しているのかしら。

 やっぱり全裸?

 いえ、サラの時の反応から判断して、もっとこう、際疾きわどい衣装の方が良い?』


 アルファが服を一度全て消し、美しい素肌を余す所なくさらした。

 次に極端に布地の少ない下着のような服を身にまとう。

 そしてその上に透けるほどに薄い布地をふんだんに使用した服を着飾った。


 光を織り込んだような布地を幾重にも合わせた装いは芸術的なまでに魅力的で、透けて見える肌は美しくもなまめかしい。

 光の反射と薄い布地の陰影が織り成す露出の加減も含めて、その全てが誘うように蠱惑こわく的だ。


 だがアキラの反応はそのアルファの格好から考えれば随分と鈍いもので、僅かに照れる程度だった。

 加えて軽くめ息を吐く。


「分かったよ。

 俺が悪かった。

 文句を言わずに運ぶって。

 だから服を元に戻せ」


 アルファが今までのり取りを無視して遺跡の中を指差す。


『アキラ。

 向こうに誰かいるわ』


「まず服を元に戻せ。

 あっちか」


 アキラが双眼鏡でその方向を確認すると、遺跡の中を必死に走る少年の姿が見えた。


「あいつ、どっかで見たような……」


『シェリルの拠点でアキラに喧嘩けんかを売ってきた子よ。

 反撃して殴り飛ばしたでしょう?』


「言われてみればあんな顔だったような……」


 アキラも喧嘩けんかを売られたことは覚えていたが、相手の顔までは覚えてはいなかった。

 取りえず自分の跡を付けてきたようには見えなかったので、そのまま何となくその少年を見ていた。




 徒党を追い出されたエリオはもう一度徒党に加わる手段を模索していた。

 仲の良いアリシアという少女から徒党のその後の状況も聞いていた。

 カツラギという協力者も得て徒党の運営も順調に進んでいると聞くと、馬鹿な真似まねをした自分への後悔も募る。

 他の徒党にくら替えするような伝もない。

 徒党には気心の知れた者もいる。

 何とか徒党に戻りたかった。


 アキラの手前すぐには無理だが、一定の冷却期間を置けばまた自分を徒党に加えても良い。

 シェリルがそう言っていたとアリシアから教えられたエリオは、裏路地で過ごしながらも希望を見いだしていた。


 しかしその冷却期間が終わるまで自分が生きている保証はない。

 何とかしてその期間を縮めなければならない。

 そう考えて、その手段を必死に考えたエリオは、賭けに出た。

 アリシアに頼み込んで銃を借りると、遺物を求めてクズスハラ街遺跡に向かったのだ。


 徒党に戻るにはアキラかシェリルのどちらかと話を付けなければならない。

 しかし誠心誠意頭を下げれば済む話ではない。

 手土産がいる。

 そして遺跡から遺物を持ち帰れば十分な手土産になる。

 遺物を求めるハンターに対しても、今すぐ遺跡に行って遺物を取ってこいと言ったボスに対しても、十分なびになるはずだ。

 そう考えた結果の決断だった。


 遺跡で高価な遺物を手に入れて一夜で大金持ちになる。

 スラム街からい上がりたい者が見る夢の一つだ。

 エリオもそれがほとんどは夢のままで終わるありふれた幻想だと知っていた。


 だが自分と同じスラム街の子供だった者が、その幻想に近いことを成しとげてハンターとなった。

 ならば自分も、その幻想と同じとまでは言わないが、その欠片かけらぐらいはつかめるのではないか。

 そう思っての、賭けだった。


 だがエリオの賭けはあっさり破綻した。

 遺跡に入ってすぐにモンスターと遭遇してしまったのだ。

 銃で応戦を試みはしたが、慌てている上に銃の技量に優れている訳でもない。

 ろくに当たらず、元々少ない残弾もすぐに使い切ってしまった。


 攻撃手段を失ったエリオは、自分を食い殺そうとするモンスターから生き延びるために、重くて邪魔な銃を捨てて逃げ出した。

 そしてとにかく逃げ回った。

 しかし瓦礫がれきが散乱している地形は人が走るのには適していない。

 そしてモンスターが駆ける分にはそこまで大きな障害ではない。

 背後から食欲旺盛な様子で追ってくるモンスターをくのは非常に困難だ。

 追い付かれるのは時間の問題だった。




 アキラがエリオを見ながらいぶかしむような表情を浮かべる。


「手ぶらでこんな所に来るなんて、随分無謀なやつだな」


 アルファが揶揄からかうように微笑ほほえむ。


『そうね。

 まるであの時のアキラのようね。

 彼とアキラの違いは、彼は残念ながら私とは出会えないってところぐらいかしらね』


 確かに無謀の程はあの時の自分と然程さほど変わらない。

 ウェポンドッグ達と遭遇したことを考えれば、無謀のほどは自分の方が上かもしれない。

 アキラがそう思って苦笑する。

 そして不意にエリオの姿にあの時の自分を重ねた。

 するとその表情が少し真面目なものに変わった。


 双眼鏡越しに見えるのは、アルファと出会わなかった場合の自身の姿。

 その結末を分かりやすく示した光景だ。

 モンスターがエリオに追い付くまで残り十数秒、致命傷を負い絶命するまでは更に数秒、それでエリオの人生は終わる。

 別の道を辿った、あったかもしれない未来の、アキラの人生が。


「……そうだな。

 あれは俺か」


 アキラはそうつぶやいて銃を構えた。

 アルファが意外そうな表情を浮かべる。


『助けるの?』


「ああ。

 これも何かの縁だ。

 あいつを助けて俺の幸運の足しにしよう。

 ……それに、ちょうど良いしな」


 アキラは軽く笑い、よく狙って引き金を引いた。




 称賛に値する体力と運動神経で逃げ続けていたエリオがついに追い詰められる。

 瓦礫がれきで道が塞がれており逃げ場がない。

 焦って振り返ると、獣のようなモンスターが旺盛な食欲を大口と牙から垂れるよだれで表しながら、ゆっくりと迫ってきていた。


 もう駄目だ。

 エリオは恐怖にゆがんだ表情で迫りくる死を見ていた。


 次の瞬間、今まさに飛び掛かろうとしていたモンスターが突然転倒した。

 更にモンスターの周辺から硬い瓦礫がれきを削る着弾音が響き続け、モンスターの体に穴が増えていく。

 穴から鮮血が垂れて地面を染めていく。


 それでもモンスターは生きていた。

 もがきながらも、よたよたとしながらも、再び立ち上がる。

 だが更に数発の銃弾を胴体に撃ち込まれると、自身の血で赤く染まった地面に再び崩れ落ちた。


 駄目押しとばかりに更に銃弾が撃ち込まれる。

 着弾の衝撃でモンスターの体が僅かに揺れた。

 そして二度と動かなくなった。


 エリオはしばら唖然あぜんとしていた。

 だが困惑から立ち直り、助かったことをようやく理解すると、喜びの声を上げ、安堵あんどで表情を緩ませた。


「……助かった?

 ……た、助かった。

 ……助かったんだ!」


 エリオが喜びの表情で荒い呼吸を整えながら、銃声がした方向を、自分を助けてくれた人がいる方を見る。

 すると途端にその表情が固まった。

 視線の先にいたのは、先日喧嘩けんかを売った相手であり、シェリルの拠点で倒れ込んだ自分に銃を向けて、すぐ脇に銃弾を撃ち込んだ人物だった。


 エリオの顔が引きる。

 アキラが手招きしていた。




 エリオが遺跡の中をゆっくりとした足取りで進んでいる。

 顔はかなり苦しそうにゆがんでおり、つらそうな声も上げている。


「お、重い……」


 その苦悶くもんの原因は、先ほどまでアキラが背負っていたリュックサックだ。

 今はエリオが背負っている。

 命を助けた見返りに、代わりに運ばせているのだ。

 勿論もちろんエリオに拒否権はなかった。


 押し潰されそうな重量が、モンスターから逃げるために酷使していた両脚を容赦なく痛め付けていく。

 一度倒れたら二度と起き上がれないような気がして、ふらつきながらも倒れないように注意しながら、何とか進んでいた。


 時折モンスターと遭遇したが、少し前を歩くアキラにあっさりと倒されていく。

 後ろから見ると、アキラは普通に歩いているだけのように見える。

 だが遭遇したモンスターをいち早く察知して、奇襲に近い形で撃退していた。

 エリオにはアキラが一体どうやって敵を察知しているのか全く理解できなかった。


(アキラは俺と会うまで、こんな荷物を背負いながらモンスターと戦っていたのか?

 その上でこんなに楽々と倒してたのか?

 道理でシベア達に1人で勝つ訳だ。

 俺はこんなやつに喧嘩けんかを売ったのか。

 そりゃシェリルも激怒するよな。

 俺も随分馬鹿な真似まねをしたなぁ……)


 エリオはアキラへの畏怖を強めながら、今更ながら後悔していた。


 背中の重量から解放されたおかげで調子良くモンスターを倒していたアキラが、倒したモンスターを見て少し怪訝けげんな顔を浮かべる。


『アルファ。

 こんなモンスター、この辺にいたっけ?』


 アルファも少しいぶかしむような表情を浮かべる。


『前にカツラギ達を襲ったモンスターの群れの一部が、この辺りに定着したのかもしれないわ。

 あるいは、普段は見かけない種類の個体があの大量の死体を餌にして急増殖したのかも。

 それらの所為せいで、生態系が大幅に変わったのかもしれないわね』


『物騒だな』


『下手をすると遺跡のモンスターの分布が大幅に変わってしまったのかもしれないわ。

 その所為せいで遺跡の難度が急に上昇すると、今のアキラの実力では私のサポートがあっても、ここでの遺物収集が難しくなる恐れもあるわね。

 下手をすると、しばらくここには入れなくなるかもしれない。

 今回多めに遺物を持ち帰ったのは正解だったわね』


 アルファのサポートがあっても生還が難しい。

 それがどれだけ危険な状況なのかは身に染みて知っている。

 アキラは思わず表情を険しくゆがめた。


『……本当に、物騒だな』


『一応、少し急いで帰りましょうか』


『了解だ』


 アキラが気を引き締めて先を急ぐ。

 当然その分だけエリオの負担は大きくなった。

 エリオは死ぬ気でアキラの後に続く羽目になった。




 都市まで戻ったアキラはそのままカツラギの移動店舗であるトレーラーに向かった。

 エリオも最後の力を振り絞って付いていく。

 一緒にトレーラーの前まで行くと、いつものように店番をしていたカツラギがアキラに気付いた。


「アキラか。

 今回は女連れじゃなくて男連れか。

 流石さすがに今回は客としてきたんだろうな?」


「今回は客だ。

 遺物の買取の方だけどな」


「おっ。

 遺物の買取か。

 何であれ客なら大歓迎だ。

 それで、遺物はどこだ?」


 アキラがエリオに背負わせているリュックサックを指差すと、カツラギが機嫌良く笑う。


「結構多そうだな。

 裏に回りな」


 全員でトレーラーの裏手に移動した後、アキラは買取を頼む遺物を地面に並べ始めた。

 初めは適当に並べようとしていたが、すぐにアルファから回復薬等の売る気のない遺物をリュックサックから出さないように注意された。

 念話で軽く尋ねる。


『見せるだけでも不味まずいのか?』


『念のためよ。

 どうしても売ってほしいとか言われると面倒でしょう?』


『値段次第で1箱ぐらいなら売っても良いんじゃないか?』


『駄目よ。

 その1箱で死なずに済むかもしれないの。

 取っておきなさい』


 アキラも命は惜しい。

 納得して、気を付けて遺物を並べ続けた。


 カツラギが地面に並べられた遺物を見て、その量にほくそ笑む。


(……どこで手に入れたかは知らねえが、結構量があるじゃねえか。

 やはりアキラは金になるハンターだ。

 良い付き合いをしておかないとな)


 カツラギは遺物の査定を終えると、頭の中で買取額を算出し、アキラに商売人の笑顔を向ける。


「……そうだな、これなら全部で……500万オーラムでどうだ?」


 カツラギの表情は誠実な商売人の誠意にあふれていた。

 ただしその誠意には支払う必要のない授業料も含まれていた。


 アルファがあっさり告げる。


『駄目よ』


 アキラがカツラギに端的に告げる。


「分かった。

 全部ハンターオフィスの買取所に持っていく」


 アキラが本当に遺物をリュックサックに戻そうとすると、カツラギが慌て出す。


「待て待て待て待て待て!

 ほら、そこは値段交渉とかしようじゃないか。

 いきなり切り上げるな」


 駆け引きを持ち出すカツラギに、アキラが少し冷めた視線を送る。


「そういうのは商売人同士でやってくれ。

 俺はそういうのが面倒なんだ。

 一発で決めてくれ。

 それで駄目なら本当にハンターオフィスの買取所に持っていく」


 カツラギはアキラの態度が交渉用のブラフではないと判断すると、仕方なく駆け引き抜きで算出した金額を提示する。


「……分かった!

 800万オーラム!

 これでどうだ!」


『まあ、良いと思うわ』


「分かった。

 次からは初めからその金額を提示してくれ」


「よし。

 商談成立だな」


 買い取られた遺物はカツラギ達によってトレーラーの中に運び込まれた。

 そしていずれアキラへの支払額をかなり超えた金額で他の販売業者に卸される。

 もっともそれはカツラギ達の経営努力のたまものだ。

 鑑定内容や品質保証など、何だかんだの付加価値込みでの値段なのだ。

 文句を言う者はいない。


 カツラギは良い取引を済ませて上機嫌だ。


「支払はどうする?

 現金か?

 こっちとしては口座振り込みの方が楽なんだが……」


 アキラは少し前までスラム街で生活していたこともあり、預金口座など持っていない。

 だが今ならハンターオフィスで手続きを済ませれば口座を開設できる。

 まだ口座を開いていないのは、今までの生活から預金口座の開設など思いも付かなかっただけだが、適当にごまかすことにする。


「現金でないと支払いにくい相手もいるんだ。

 支払額の桁が増える前には何とかするよ」


 カツラギはチラッとエリオを見てそれで納得した。

 シェリル達のような相手に金を渡すのなら現金の方が良いからだ。


「分かった。

 現金だな。

 ちょっと待ってろ」


 カツラギは一度トレーラーの中に戻ると、800万オーラム分の札束と一緒に戻ってきた。

 その札束には、疲労困憊こんぱいで休んでいたエリオを大きく動かし、その目をくぎ付けにさせる力があった。


 アキラはアルファの指示で必要以上に反応しないように注意していた。

 札束を平然と受け取ると、リュックサックに無造作に仕舞しまった。


 エリオはアキラとカツラギの態度を見て、自分達とアキラ達の間にあるどうしようもない差を目の当たりにしたような気がした。

 800万オーラムは自分達のようなスラム街の子供にとって途方もない大金だ。

 だがアキラ達にとっては驚くような額でも、してや挙動不審になるような額でもない。

 そう理解した。


 アキラが複雑な表情で自分を見ているエリオに気付く。

 だがその内心までは分からず、遺物運びが済んだので帰って良いのかどうか、分け前はないのだろうか、それを聞いて良いのかどうか迷っているぐらいにしか思わなかった。


「用は済んだから帰って良いぞ。

 命を助けたんだから運び賃とかは無しだ。

 じゃあな」


 リュックサックを背負って返ろうとするアキラを見て、エリオはアキラに自分を徒党へ復帰できるように頼み込むのは今しかないと気付いた。

 ここで下手に言いよどむと、分け前を要求しているように勘違いされる恐れがある。

 そう考えて、必死に端的に頼み込む。


「シェリルの徒党に俺を加えるようにシェリルに話してくれないか!?

 この前のことで徒党を追い出されたんだ!

 命を助けてもらったけど、徒党に戻れないと俺はその内に死んじまう!

 頼む!

 あんな重いものをここまで運んできたんだ!

 俺はそこそこ役に立っただろう!?」


 アキラが少し無表情気味の顔でエリオを見る。

 それは大金を手に入れた動揺等を隠すために、必死に平静を装っているからだ。

 だがエリオにはそんなことは分からない。

 アキラの機嫌を損ねたかと冷や汗をかく。


 半分勢いで頼んだが、これで駄目なら自分はもう終わりだ。

 図々ずうずうしいやつだと思われてアキラの機嫌を更に損ねていれば、シェリルも徒党への復帰を絶対に認めないだろう。

 スラム街の路地裏を一人で生きていく自信もない。

 もう一度遺跡に向かう気力など欠片かけらも残っていない。

 だから上手うまくいってくれ。

 そう思い、エリオは祈っていた。


「じゃあ、今からシェリルの所に行くか」


 それだけ言ってシェリルの拠点の方へ歩いていくアキラに、エリオも半信半疑の様子で付いていく。

 上手うまくいったのだ。

 この図々ずうずうしいやつを絶対に徒党に入れるなと、シェリルにくぎを刺しにいく訳ではないのだ。

 そう願って緊張しながらアキラの後に続いた。


 カツラギはその様子を見て、良く手懐てなずけているなと、少し感心していた。




 シェリル達の徒党はそれなりに順調に活動していた。

 シェリル達が元々シベアの徒党の構成員であること。

 そのシベアを殺したアキラが後ろ盾になったと広まったこと。

 カツラギという商人の協力で金策や銃器類も手に入れたこと。

 それらの要因などにより、スラム街の他の徒党からシベアの縄張りを受け継いだと認識され、単なる子供の集まりではなく、一応縄張りを持つ新たな弱小徒党という程度の扱いは受けられるようになっていた。


 スラム街に弱小とはいえ新たな徒党が生まれると、普通はそこに加わろうとする者も出てくる。

 訳あってどこにも所属していない者達や、所属している徒党内で冷遇されている者達などだ。


 しかし徒党のボスであるシェリルやその構成員、更には後ろ盾であるアキラまで、全員子供だという理由もあって、徒党に加わりたいと願い出る者の中に大人はいなかった。

 結果として、シェリルの徒党は構成員が全員少年少女というスラム街では珍しい徒党となった。


 シェリルが自室でアリシアと話している。


「縄張りの掃除は順調?

 め事とかはなかった?

 縄張りは大分汚れているはずだから、誰かが文句を言ってきても不思議はないと思うけど」


 スラム街で縄張りを持つ徒党には、暗黙的にやらなければならない仕事がある。

 それは縄張りの清掃だ。

 縄張りに落ちているゴミを、投棄物を片付けるのだ。


 縄張りの掃除はそれなりに重要な意味がある。

 スラム街の暗黙の決まり事として、基本的に縄張りに捨てられているものはそこを管理する徒党のものだ。

 捨てた者にとってはゴミであっても、スラム街の住人にとっては有益な物も多い。


 まだ使える物は自分達で使う。

 金属類であれば量を集めて屑鉄くずてつとして売る。

 修理すれば使えそうな物は、修理して自分達で使用するか、修理技術を持つ者に売ったりもする。

 それでも残ったものは荒野に捨てに行く。


 加えて縄張りの掃除は、その場所が自分達の縄張りであることを周囲に示す行為でもあった。


 アリシアが僅かにうなって清掃担当の仲間の話を思い出す。


「うーん。

 死体が多いって文句を言っている人が多かったわ。

 それぐらいかな」


「それは仕方がないわ。

 最近誰も片付けていなかった訳だからね」


 スラム街では強盗など珍しくない。

 被害者が殺されることも多い。

 その逆も多い。

 相打ちになることもある。

 そして当然だが死体は誰かが片付けない限りその場に放置される。

 縄張りに残されたそれらの死体を所持品と一緒に片付けるのも徒党の仕事だ。


 シベア達の徒党が壊滅したことにより、その縄張りは一時的に空白地となった。

 そんな場所を自主的に掃除する者などいないので、その間に放置された死体が多数まっていたのだ。


 シェリルがいつものように指示を出す。


「死体はいつも通りに処理をして。

 身ぐるみ剥がして所持品は倉庫に。

 残ったものは荒野のいつもの場所に。

 荒野まで運ぶ人には銃を多めに貸し出して」


 死体を荒野まで運ぶのも一苦労だ。

 荒野では下手をするとモンスターと遭遇する場合があるので、それなりに武装する必要がある。

 シェリル達はカツラギから提供された銃で何とか最低限の武装を整えていた。


 縄張りの死体を放置せずに片付けるのは徒党にとっても有益だ。

 都市は食料の無料配給の実施場所にスラム街でも清潔な場所を選んでいる。

 縄張りが清潔だと配給場所に選ばれる可能性が高くなるのだ。


 また縄張りの死体を放置し続けてひどく不衛生になると、都市がその場所を焼却する場合がある。

 その不衛生な状態が他の場所に広がる前に、汚染が下位区画の内側まで悪影響を及ぼす前に、該当する場所の周辺一帯を文字通り焼却する。

 住む人や建物なども一切合切まとめて区別なく灰にするのだ。


 体裁としては過度な悪臭などがモンスターを都市に引き寄せる可能性があるので、やむを得ず焼却すると伝えられている。

 だが裏では都市がスラム街の住人を間引くための口実ではないかともうわさされている。

 縄張りが汚れている場所ほど間引きの対象になりやすいとも。


 そのような事情もあり、スラム街はそれぞれの縄張りを管理する徒党の努力によって、それなりに清潔に保たれていた。


 アリシアがシェリルに少しおずおずと尋ねる。


「……ねえ、シェリル。

 徒党の人数って、もう結構増えたよね?」


「そうかしら。

 まだまだ縄張りの清掃も覚束おぼつか無い程度の人数で、そんなに増えたようには思えないけど。

 管理が大変って意味で言っているのなら、確かに増えてきているけどね」


 シェリルは徒党のボスなどやったことはない。

 少しずつ慣れながら手探りで改善しようとしているが、上手うまくできているかどうかは正直自信がなかった。


「アリシアの他にもまとめ役の人間は作るつもりよ。

 人選とかも一応考えている途中だから、大変だろうけど、もうちょっと我慢して」


 シェリルが徒党の全員を直接管理するのは難しい。

 人が増えれば更に難しくなるが、それでも人は足りていない。

 今後の人員増加も見越して、自分以外のまとめ役を早めに増やそうと考えていた。

 派閥の管理は得意な方なので、派閥形成による問題は気にしていなかった。


 アリシアが言いにくそうに続ける。


「それは私も頑張るつもりだけど……、そうじゃなくて……、その……」


「何?」


「……シェリルは徒党の人数が何人ぐらいになれば、エリオが徒党に混ざっても大丈夫だと考えてるの?」


 アリシアはエリオの身を案じていた。

 何とか止めようとはしたのだが、エリオは他に手がないと言って遺跡に向かってしまった。


 徒党の銃を勝手にエリオに渡したとシェリルに知られたら、自分も徒党から追い出されかねない。

 それを十分に分かった上で、それでもエリオが生きて帰ってくることを願い、アリシアはエリオに銃を渡した。


 アリシアがシェリルからまとめ役の立場を引き受けたのも、そうすれば徒党で管理している銃をエリオに渡しやすくなるからだ。

 そしてアリシアがシェリルの役に立てば、シェリルの態度も軟化するだろうと考えてのことだった。


 シェリルの目が厳しくなる。


「駄目よ」


 シェリルはアリシアのすがるような目にもひるまずに言い放つ。


「駄目。

 あれからまだ1か月もっていないのよ?

 そんな短期間でエリオを徒党に戻せる訳がないでしょう?

 これからアキラは何度もここに来るの。

 もしその時にエリオの姿がアキラの視界に入ったら、今度はエリオを追い出すだけじゃ済まないわ。

 エリオだけで済むとも限らないわ。

 そんなことも分からないの?」


 シェリル達の間に沈黙が流れる。

 そこに流れる懇願と拒絶が相手の意志を曲げさせることはなかった。

 シェリルが冷たく言い放つ。


「話が終わったら仕事に戻って。

 ついでに頭も冷やしてきなさい」


「……分かったわ」


 アリシアは項垂うなだれながら部屋から出て行った。


 シェリルが軽くめ息をいて自分の仕事に戻ろうとする。

 しかしそれはすぐに足早に戻ってきたアリシアに遮られた。


 アリシアはうれしさや戸惑いや恐れなど様々なものが入り交じった表情を浮かべていた。


「シェリル。

 拠点にエリオが来たわ」


 シェリルがアリシアを軽くにらみ付けながら冷たい声を出す。


「追い返しなさい。

 アリシア。

 しつこいわよ。

 いい加減にしないと……」


 アリシアが言いにくそうに補足する。


「……アキラさんと一緒に来たの」


 シェリルの顔が強張こわばった。




 シェリルはアキラを待たせている部屋に急ぐと、部屋の入り口の影からアキラの様子を確認した。

 そして不機嫌そうには見えないことにまずは安堵あんどした。

 部屋の中に入ると、アキラの隣で気不味きまずそうに自分を見ているエリオを無視して、アキラに微笑ほほえみかける。


「いらっしゃいませ。

 今日もここに足を運んでいただいて、ありがとう御座います。

 ……えっと、エリオが何かアキラにしましたか?

 その、エリオはもうあの後に私の徒党から追い出したので、エリオがアキラに何かしたとしても私達には関係がないというか……」


 アキラの機嫌を損ねないようにしているシェリルとは対照的に、アキラは普通にしていた。


「そうらしいな。

 シェリルが嫌じゃないなら、エリオをまた徒党に加えてやってくれ。

 嫌なら無理は言わない。

 ボスはシェリルだからな」


 シェリルが意外そうな表情を浮かべる。


「アキラがそう言うのなら私は構いませんが……、その、良いんですか?」


「ああ。

 ちょっと仕事を手伝ってもらったからな」


 シェリルにアキラの頼みを断るという選択肢はない。

 追い出せと言われれば誰でも追い出す。

 加えろと言われれば誰でも加える。

 不思議に思っても、意外に思っても、疑念を抱いたとしても、全く関係ない。

 アキラの機嫌を損ねることに比べれば、全ては些事さじだ。

 愛想良く笑って承諾する。


「分かりました。

 そういうことでしたら。

 はい」


 エリオが安堵あんどの息を吐く。

 アリシアがうれしそうに笑う。

 シェリルが詳しい事情を聞くべきか迷っていると、アキラが少し真面目な表情でくぎを刺してくる。


「エリオ。

 シェリルに余計なことを話すな。

 シェリル。

 エリオに余計なことを聞くな。

 いいな?」


「わ、分かった」


「分かりました」


 及び腰のエリオと微笑ほほえむシェリルがそう答えてうなずくと、アキラも軽くうなずいて返した。


「俺の用事はそれだけだ。

 じゃあな」


 アキラはそれだけ言って帰っていった。


 シェリルがアキラに向けていた愛想の良い微笑ほほえみを一変させて、かなり怪訝けげんそうな顔をエリオに向ける。


「それで、何があったの?」


 エリオはシェリルに経緯を話そうとして、具体的な内容を口に出す前に止めた。

 その後に自分の発言内容を注意深く確認するようにゆっくりと話し始める。


「……いろいろあって、アキラに命を助けてもらった。

 その後に……ちょっとアキラを手伝った。

 ……アキラの用事が済んだ後に、シェリルへの口利きを頼んだ。

 それだけだ」


 エリオは余計なことを話していないかどうかを自分で再確認していた。


「命を助けてもらったって、一体何が……」


 シェリルはもっと詳しく尋ねようとして、慌てた様子で必死に首を横に振るエリオを見て取りめた。


めてくれ。

 俺には何がアキラの言う余計なことなのか分からないんだ。

 シェリルがどうしても話せって言うなら初めから全部話すけど、それがアキラにバレたら、俺はシェリルに無理矢理やり口を割らされたって答えるからな」


 エリオは軽いおびえを見せていた。

 アキラに殴りかかった時とは大違いだ。


 シェリルが真剣な表情で尋ねる。


「これだけは教えて。

 もうアキラは怒っていないのね?」


 エリオも真面目な顔で考えてから答える。


「……大丈夫、だと思う。

 死んでほしいのなら、俺を見殺しにしていたはずだ」


「そう。

 それならエリオには早速仕事をしてもらうわ。

 エリオみたいな馬鹿がまた出ないように、皆の説得と監視を御願い。

 今は銃を持っているやつも多いから、次に似たようなことがあったら、エリオの時みたいに殴られるだけで済むとは思わないでね」


 エリオが真剣な表情で力強くうなずく。


「了解だ。

 巻き添えを食うのは俺も御免だ」


 エリオの変わり様を見たシェリルは、何があったのか非常に気になったが、今は忘れることにした。

 アリシアもエリオが戻ってきて喜んでいる。

 エリオもこの様子なら二度と馬鹿な真似まねはしないだろうし、経験者の話は新たに入ってきた者を引き締めるのに役立つだろう。

 それで良い。

 そう考えて、湧いた興味に蓋をした。


 蓋を開ければ自分も同じ目に遭うかもしれない。

 そう判断して、その蓋を固く閉じた。




 アリシアがエリオと一緒に歩きながらうれしそうに笑っている。


「それにしても本当に良かったわ。

 エリオは遺跡から生きて帰ってきたし、また徒党に加わることも出来た。

 よく分からないけど、アキラさんのおかげなのよね?」


「ああ。

 そうだ。

 遺跡で助けてもらったんだ」


「後で私もちゃんとお礼を言っておかないと……」


 エリオは楽しげに話しているアリシアの隣で、遺跡でのことを思い出して少し怪訝けげんな表情を浮かべていた。


(アキラはまるでモンスターの居場所を初めから全部分かっているみたいに戦っていたな。

 それに今思えば変な方向を見ていた時があったような……、まるで隣に誰かがいるみたいに……)


 余計なことを話すな。


 エリオの頭に先ほどのアキラの言葉が浮かんだ。

 その途端、得体の知れない怖気おぞけを感じて立ち止まった。


 アリシアが急に立ち止まったエリオを見て不思議そうにする。


「エリオ。

 どうかしたの?」


「……いや、何でもない」


「そう?

 それなら良いけど。

 助けてもらったってことは、危険なことがあったのよね。

 やっぱりモンスターに襲われたの?

 それをアキラさんに助けてもらったり……」


「アリシア」


 エリオが急に真剣な表情になり、真剣な声を出した。

 そして驚いているアリシアに少し鬼気迫った様子で頼み込む。


「頼む。

 何も聞かないでくれ」


「わ、分かったわ」


 アリシアは少したじろぎながらも、しっかりうなずいた。


 エリオは気付いた。

 恐らくあれがアキラが言う余計なことなのだと。


 自分がそれを誰かに話してしまえば、話した自分はどうなるのか、聞いた誰かはどうなるのか。

 もしアリシアに話してしまったら、アキラはアリシアをどうするのだろうか。

 そう考えた途端、エリオの背筋にひどく冷たいものが走る。


 そのエリオの様子に、アリシアが少し心配そうに声を掛ける。


「エリオ。

 大丈夫?」


 エリオがアリシアを安心させるように笑って答える。


「……。

 大丈夫だ」


 絶対に話さない。

 エリオはそう心に決めた。

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