第9話 アキラとシズカ

 翌朝、アキラは朝食をりながらアルファに今日の予定を尋ねた。

 今日も念話の訓練が続くのかと思ったが、装備を新調して外で訓練すると教えられて軽く安堵あんどする。

 宿泊という贅沢ぜいたくも嫌いではない。

 だが折角せっかく稼いだ金をそれだけに消費し続けるのも、流石さすがにどうかと思うのだ。


 食事を終えると、出発の準備を手早く済ませて宿を出る。

 退出までの時間がまだ残っていたことを勿体もったい無いと思い、それもまた贅沢ぜいたくだと思って苦笑した。




 クガマヤマ都市は周辺に多数の遺跡がある関係で、多くのハンターの活動拠点となっている。

 下位区画にはそのハンター向けの店も多い。


 その中にカートリッジフリークという万屋よろずやがある。

 主力商品は銃火器や弾薬など。

 駆け出しから並程度のハンターを客層とするありふれた店だ。

 潰れるほど寂れてはいないが、2号店を出店できるほど繁盛もしていない。

 その経営状態の意味でもありふれた店だった。


 カートリッジフリークは店長のシズカが1人で切り盛りしている。

 適切な装備の勧めなどの経営努力もあって、ここで初めて装備を調えた新米ハンターの中には、そのままここを贔屓ひいきの店にする者も多い。

 そしてその一部はしばらくすると二度と来なくなる。

 理由は大きく2つ。

 ハンターとして成長し、この店の品ぞろえでは満足できなくなり、より高性能な装備を求めて贔屓ひいきの店を余所よその高級店に変更した。

 あるいは、荒野に飲み込まれて命を落とした。

 多くはそのどちらかで、大抵は後者だ。


 シズカは結構美人な方だ。

 自分を目当てに店に通う者も結構いると知っている。

 昨日口説いてきた男が、翌日遺跡で死んだと聞かされることも多い。

 商売上避けられないことであり、そこは割り切って商売を続けていた。

 ただしハンターを恋人にはしないと決めていた。


 今日もいつものようにカウンターで店内を眺めながら客を待つ。

 すると見覚えのない顔が入店してきた。

 子供だ。

 一応ハンターに見える程度の武装はしているが、服はスラム街の住人にしては小奇麗という程度で、大して強そうにも見えない。

 真っ当な客として扱うべきかどうかを外見の印象だけで判断すれば、少々微妙だ。


 子供は店内を珍しそうに見渡している。

 シズカはその様子をしばらく注意深く観察して、少なくとも展示品を盗みに来た不届き者ではなさそうだと判断すると、警戒を解いて表情を和らげた。


 子供はアキラだった。

 アキラは店に入った後、しばらく陳列品を見ていてもスラム街のガキだと店から追い出されなかったことに安堵あんどすると、じっくりと商品を見て回っていた。


 店には多種多様な銃火器が丁寧に並べられている。

 値札のそばにはカタログスペックも分かりやすく記載されている。

 だがその手の基本知識はおろか、そもそも読み書き自体が怪しく真面まともに読めるのは数字ぐらいのアキラには、内容など全く分からなかった。


『……こっちとこっちは何が違うんだ?

 値段だけか?』


 素人目には同じ外見、だが値段だけが倍近く違う銃を見比べて、アキラは不安混じりの怪訝けげんな顔でうなっていた。

 命を賭けて稼いだ金で、これからの命を支える銃を買うのだ。

 そこでうっかり変なものを選んでしまっては、今後のハンター稼業に多大な支障が出る上に、心情的にも非常にり切れない。


 アルファが優しく微笑ほほえんでアキラを落ち着かせる。


『いろいろ違うのよ。

 細かく説明しても良いけれど、その辺は後にしましょう。

 アキラには分からなくとも、私がちゃんと選ぶから安心しなさい』


『頼んだ』


 念話による会話のおかげで、アキラは店内で虚空と話す不審者になるのは免れていた。

 しかし無意識に視線をアルファに向けてしまっていた。


 シズカがそのアキラの様子に気付いて首をかしげる。


(……誰もいない場所を見ている。

 誰かいる?

 光学迷彩?

 でも、店内では無効化されているはず……。

 気の所為せいね。

 目移りしているだけかしら)


 店内には防犯契約を結んでいる民間警備会社から貸し出されている各種の防犯機材を設置している。

 熱光学迷彩の妨害装置もその一つだ。

 念のためにそちらの記録を確認したが、それらしい反応は記録されていなかった。

 それでシズカもそれ以上気にするのを止めた。


 カウンターにやって来たアキラに、シズカが愛想の良い笑顔を向けて接客を始める。


「いらっしゃい。

 初めてのお客さんよね?

 カートリッジフリークへようこそ。

 私は店長のシズカよ。

 どんな御用かしら」


「AAH突撃銃と弾薬、整備ツールをセットでください。

 あと、買い取りもお願いします」


 アキラがカウンターに銃を置く。

 遺跡でアキラを襲った2人組の装備品だ。


 シズカはそれらの状態などを調べ終えると、助言を兼ねて一応確認を取る。


「買取品にAAH突撃銃も混ざっているけど、新品に買い換えるの?

 確かに整備状態が随分悪いけど、態々わざわざ買い換えなくてもちゃんと整備し直せばまだまだ使えるわよ?

 それにこっちの銃はAAH突撃銃より高性能だけど、本当に売って構わないの?」


 黙って買い換えさせた方が店の売上げになる。

 それを分かった上で助言するのはシズカの性分だ。


 アルファが説明を兼ねて付け加える。


『大丈夫よ。

 買い換えて。

 銃本体の単純な性能よりも、アキラでも問題なく使用できることの方が重要だからね。

 AAH突撃銃の方も、これから訓練も兼ねて使い込むのだから、誰かの癖が付いているものより新品の方が良いわ』


「大丈夫です。

 買い換えをお願いします」


「分かったわ。

 それなら……、買取額と相殺して10万オーラムになります」


 アキラは支払いを済ませた後、封筒内の残金を見て少し複雑な思いを抱いた。

 受け取った時、手が震えたほどの大金は、既に残り6万オーラムまで減ってしまった。

 20万オーラムははした金。

 その意味を実感して苦笑いを浮かべる。


 シズカがカウンターに注文の品を置き、客への愛想と自分の店の商品への自信を笑顔に込めてアキラに向ける。


「こちらが御注文の品になります。

 良かったら商品の説明を聞いていく?

 意外と中途半端な知識で使っている人も多いから、聞いておいて損は無いわよ。

 ちょうど暇だったし、たっぷり語ってあげるわ」


 たとえそれが客向けのものであっても、自身に向けられた滅多めったに無い厚意を感じ取り、アキラは自覚も出来ずに僅かに戸惑った。

 そして確かに興味のある話だからと内心で無自覚に言い訳してその厚意に甘える。


「えっと、お願いします」


「よし。

 AAH突撃銃は多くのハンター達に愛用されている傑作銃よ。

 東部で出回っている銃の中でも歴史が古くて……」


 シズカは満足そうに笑って説明を始めた。

 大分暇だったのか、その手の話が好きなのか、少し得意げに饒舌じょうぜつに話を続けていく。


 AAH突撃銃は100年ほどの歴史を持つ名銃だ。

 発売当時に傑作と評価された設計を基本にして改修を続け、現在でも東部で広く製造販売されている。

 セミオート、フルオートの切替え機能付きで、狙撃時の命中率も高い。

 100年の運用を基にした改修で設計上の問題点がほぼ完全に解消されており、対モンスター用の銃としては比較的安価で、信頼性、整備性、耐久性に優れ、故障も少ない。

 そのため、愛用者も多い。


 製造企業が独自に機能拡張した製品も多く、愛用者が原形をとどめないほどに改造したものも出回っている。

 今ではそれらの亜種も含めて、一くくりにAAH突撃銃と呼ばれている。


 戦車や人型兵器、あるいはそれらに比類する個人武装などでモンスターと戦うハンター達の中にも、何となく、通常の武装を全て失った場合の保険に、御守おまもり代わりに、などといった理由で取りえず1ちょうぐらいは持っておく者がいる。

 それほどまでに評価され、愛用されている銃。

 それがAAH突撃銃だ。


 シズカが満足げに説明を終える。

 そこらのハンターなら普通に知っている話でも、アキラのように興味深く聞いてくれると、店主として話し甲斐がいがあった。

 上機嫌で接客を続ける。


「他に何か必要な物はある?

 例えば回復薬とかね。

 幾らあっても困る物ではないし、ちょっと荷物が増える程度のことは我慢して、過剰なぐらい持っていくのがお勧めよ。

 予備の弾薬も大切だけど、そっちを増やすぐらいなら、むしろ早めに引き返す予定を立てた方が良いわ。

 感覚的には軽い負傷であっても、その所為せいで帰還の予定が大きく狂ってしまう事例は珍しくないわ。

 早めの十分な治療が大切よ」


 アキラが少し考える。

 回復薬なら遺跡で手に入れたものが残っている。

 その効果から値段を推測し、手持ちでは買えないと結論付けて、自分でも買えそうで必要なものを思い浮かべる。


「それならハンター用の服とかありますか?」


「防護服?

 強化服?

 御免なさい。

 その手の商品は個人用のサイズ調整が必要になるものが多いから、基本的に私の店では取り扱っていないのよ。

 どうしても必要なら取り寄せぐらいはするけど……」


 ハンター向けの店で服と言えば、基本的に戦闘服を意味する。

 耐刃、耐圧、防弾機能等を持つ防護服や、人工筋肉等で身体能力を上げる機能を持つ強化服などだ。

 少し申し訳なさそうなシズカの様子に、アキラが少し慌てて首を横に振る。


「あ、そうじゃなくて、その、丈夫で荷物を運びやすい服です。

 あとリュックサックとかもあれば……」


「ああ、そういうこと。

 ……あれは確か子供用のサイズじゃなかったけど、調整すれば多分大丈夫か。

 ちょっと待っていて」


 シズカが一度店の奥に行き、アキラの要望の品を持って戻ってきた。

 服とリュックサックだ。

 服は簡易装甲を貼り付ける種類の防護服だが、装甲は全く付いておらず、現状では少々頑丈な服でしかない。

 型落ち品で売り物にならず、リュックサックと一緒に倉庫でほこりを被っていたものだった。


 シズカにそれらの代金は先ほどの支払いに含めておく、つまりただで良いと言われて、アキラがかなり驚いている。


「本当に良いんですか?」


「構わないわ。

 おまけみたいなものだしね。

 もし気がとがめるのなら、常連客になって店の売上げにたっぷり貢献してちょうだい」


「分かりました。

 いろいろありがとう御座います」


 愛想良く、そして優しく微笑ほほえむシズカに、アキラも少し顔をほころばせると、丁寧に頭を下げた。


 帰っていくアキラを笑いながら軽く手を振って見送り、その姿が見えなくなった後で、シズカはその表情を少し心配そうに曇らせた。


「子供のハンターか。

 彼はいつまで生き延びられるのかしらね」


 ハンター稼業はただでさえ死にやすい。

 子供ならば尚更なおさらだ。

 そして恐らくアキラには対モンスター用の銃を使った経験さえ無い。

 シズカは経験でそれを見抜いていた。


「出来れば常連になってもらいたいわ。

 本当に」


 服とリュックサックは、すぐに死ぬかもしれないアキラへの、せめてもの手向けの品だった。




 シズカの店を出たアキラは荒野で訓練の準備を始めていた。

 先ほど買った服に着替え、購入したばかりのAAH突撃銃を取り出し、一緒に買った弾倉を装填する。


 モンスターとの交戦を前提に設計製造された銃は想像より重く、弾倉に詰められた銃弾の重量も加わって更に重くなる。

 その重みに今後のハンター稼業を、モンスターとの戦闘を僅かだが実感し、自分の命を預ける銃を真面目な顔で感慨深く握り締めた。


 そのアキラに、アルファが少し真面目な顔で、アキラの心情など全く考慮していないことを尋ねる。


『アキラはああいう女性が好みなの?』


「ああいう女性って?」


『その銃を買った店の店長のことよ。

 名前はシズカだったわね。

 アキラ、かなりデレデレしていたでしょう?』


「デレデレって……、普通に装備を買っただけだろう。

 確かに服とリュックサックをおまけしてくれてうれしかったけどさ。

 でもその程度だろう?」


『いいえ、何か違ったわ。

 私には分かるわ』


「そう言われてもな。

 俺には分からない。

 準備、終わったぞ」


 アキラは別にごまかした訳ではなかった。

 感情としては淡く、自覚も無く、本当に分からなかったのだ。

 そのため、少し怪訝けげんな顔を浮かべただけで話を流した。


 アルファにとってアキラの女性の好みは重要な情報だ。

 だが今は追求するだけ無駄だと判断し、話を切り上げる。


『分かったわ。

 始めましょう。

 アキラ。

 早速銃を構えて』


 アキラが銃を構える。

 至極真面目に構えたのだが、銃の訓練など受けていないので正しい構えなど分からない。

 その所為せいであやふやな記憶に頼った見様見真似まねの正に素人の構えになった。


 アルファが微笑ほほえみながら駄目出しする。


『うん。

 まるで駄目ね。

 ちゃんと銃を体に固定すること。

 こうよ』


 アルファが手に映像だけのAAH突撃銃を表示すると、それを構えて手本を見せた。


 服以外も表示できるのかと、アキラは少し驚いた。

 だが姿を自在に変えられる以上、別に不思議は無いかと思い直し、手本を見て銃を構え直した。


 その後、構えの細かい不備を何度も指摘される。

 腕や脚の位置の調整から始まり、体全体の力の入れ具合による重心の微妙な調整まで、徐々により細かく指摘される。

 最終的には両足の親指の微妙な力加減まで指摘された。


 見た目からは分からない力の入れ具合を、なぜそこまで細かく正しく指摘できるのか。

 訓練に必死なアキラはそれに気付けなかった。


 構えの訓練だけで1時間が経過する。

 アキラはまだ1発も撃っていないのに既に大分疲労を覚えていた。

 しかし疲労の甲斐かいとアルファの適切な指導により、アキラの構えはこの短時間で驚くほど上達した。


 素人から脱したアキラの構えを見て、アルファが満足げにうなずく。


『よし。

 そんな感じよ。

 今の構えを意識しておいてね。

 次は、今からあの小石を撃ってもらうわ』


 アルファがアキラの前方を指差す。

 アキラはその方向を凝視して、顔をしかめた。

 アルファは100メートル先の小石を正確に指差しているのだが、アキラに分かる訳が無い。


「あの小石って……、どこだよ」


 抗議の口調と視線を向けてきたアキラに、アルファは不敵に微笑ほほえんだ。


『すぐに分かるわ。

 今から私のサポートのすごさを改めて教えてあげるから、たっぷり驚きなさい。

 もう一度、私が指差す先を見て』


 アキラは少し怪訝けげんに思いながらも、言われた通りにそちらに視線を向ける。

 すると視界に長方形の枠が現れた。

 緑色の枠の中には同じく緑色の円形が表示されている。

 思わずその部分を注視すると、高機能な双眼鏡の自動拡大機能のように、視点周辺部が拡大表示された。

 驚きで凝視を止めると、拡大表示は元に戻った。


「アルファ!?

 俺の視界が何か変になったんだけど、何かしたのか!?」


 アルファがアキラの反応に満足げに微笑ほほえむ。


『私のサポートでアキラの視界に拡張機能を追加したのよ。

 活用して目標の小石を探しなさい』


 アキラの視界に赤い点が現れる。

 そこを注視すると、再び部分的に拡大表示された視界の中に、赤く縁取りされた小石を見付けた。

 ただしかなりぼやけていた。


『裸眼だと拡大表示にも限界があるから、今度は銃の照準器を使いなさい』


 アキラが銃の照準器越しに先ほどの小石を探そうとする。

 しかし照準器越しの視界は狭く、しかも小石はその視野の外にあるので、見付けるのは非常に困難だ。


 すると視界の右端に小石の位置を示す印が現れた。

 その方向に照準を少しずつ移動させると、視界に先ほどの小石が現れる。

 更に銃口から青い線が小石に向かって伸びていた。


『その青い線は私が算出した弾道予測の線よ。

 目標にその線を合わせて引き金を引けば、高確率で命中するわ』


 青い線は不規則に揺れ続けている。

 アキラはそれを目標の小石に何とか合わせようと努力して引き金を引いた。

 発砲音が響く。

 銃撃の反動がアキラの体勢を崩す。

 銃口から勢い良く撃ち出された弾丸が、大気を穿うがち引き裂きながら高速で飛んでいく。


 そして目標の小石とは見当違いの場所を通過して、荒野の向こうへ消えていった。


「……外れた」


『弾道予測であって、予知ではないからね。

 実際の弾道は計算外の事象によって大きく変化するわ。

 主な原因は発砲時の体勢の崩れよ。

 教えた銃の構えを意識して、しっかり狙って撃ちなさい。

 実戦ではあんな小石ではなくモンスターを狙うのよ。

 目標の急所に的確に命中させて、可能な限り即死、最低でも行動不能にさせないと、反撃で殺されるわ。

 外せば死ぬ。

 それぐらい集中して撃ちなさい』


 アキラは集中して目標を狙い続けた。

 だが一向に当たる気配が無い。

 それどころか照準器越しの景色に着弾の跡が無い。

 大きく外れている証拠だ。

 構えが崩れるたびにアルファから指摘が飛び、構えを直して撃ち続けた。


 その訓練を1時間ほど続けた頃、照準器越しの景色に着弾の跡がようやく現れ始めた。

 そしてまった疲労からアキラの集中も緩み始めた。

 その緩みが生んだ疑問を何となく口に出す。


「なあアルファ。

 ちょっと思ったんだけどさ。

 今やってる視界の拡張とか、念話とか、もっと前から出来なかったのか?」


 アキラにとっては雑念からふと浮かんだだけの、たわいの無い疑問だった。

 だがアルファは返答内容によっては不要な不信を生むと判断し、変わらない微笑ほほえみの裏で言葉を選ぶ。


『簡単に説明すると、出来るならやっているし、やった方が良いならやっている、そんなところね。

 あの2人組に襲われた時のことを例に挙げれば、まずアキラから許可を得ていなかったから出来なかったわ』


「言ってくれれば許可は出したと思うぞ?

 あのなんか、勝手にサポートして良いかってやつだろう?」


『そもそも、その許可を得るための許可が無かったのよ。

 あの時の私には、それを聞く許可すらなかったの。

 口答で説明すると時間が全然足りないほどに長い規則の所為せいでね。

 でも、仮に許可があったとしてもやらなかったわ。

 戦闘中に視界が急に変わったら、アキラは間違いなく混乱して真面まともに動けなくなっていたわ。

 その弾道予測の線も、もしあの時に見えていたら、無意識に狙いをしっかり付けようとして、その分だけ悠長な動きになって、相手の反撃で殺されていたわね』


「あー、確かに、そんな気がする」


 アキラは納得してうなずいた。

 その反応を確認し、それを基にアルファが話を進める。


『これからも私が、一見簡単に出来そうに思えることをわざとしなかった、ようなことがあったら、大体そんな理由だと思って。

 物理的に出来ないか、技術的に出来ないか、規約的に出来ないか、実行したら状況が悪化するか、そのいずれかよ。

 私だって何でも出来る訳ではないの。

 何でも出来るのならアキラに遺跡攻略を頼まずに自分でやっているわ。

 いろいろな制約があってそれが出来ないからアキラに依頼しているのよ?』


「なんか、アルファもいろいろ大変なんだな。

 まあ、俺はそのおかげでアルファに会えたんだ。

 アルファには悪いけど、そのいろいろに感謝するべきなのかもな」


 アキラは考え無しにそう言った後、失言だったかと少し焦った。

 するとアルファが揶揄からかう理由を見付けたというように悪戯いたずらっぽく微笑ほほえみながら顔を近付けて、誘うような声を出してくる。


『もっと遠慮無く感謝してくれて、具体的な行動で返してくれても良いのよ?

 例えば、もっと命中率を上げるとか、もっと私の色仕掛けに引っかかるとかでね?』


「……前者の方で頑張るよ」


 アキラが引き金を引く。

 弾丸は目標を大きく外れた。


 訓練は日没近くまで続けられた。

 アキラの射撃の腕はそれなりに上昇した。

 アルファのサポートを前提にして、100メートル先のそこそこ大きい石を的にしっかり狙えば、百発一中ぐらいの確率で命中するようになった。


 本日の訓練を切り上げて、闇夜やみよに紛れて都市に戻り、前と同じ宿に泊まる。

 宿代の支払いを済ませ、あっという間に大きく減った所持金にはした金の意味を改めて実感し、それらの思考を脇に置いて風呂に入る。

 まった疲労を湯船に捨てて、代わりに睡魔をたっぷり補給する。

 そして風呂場を出た後はベッドに倒れ込むように横になり、そのまま就寝した。




 翌日、アキラは部屋でAAH突撃銃の整備を続けていた。

 これも訓練だ。

 銃の正しい整備方法など知らないので、アルファから事細かに指示を受けながら念入りに作業を進める。


『当面、この銃がアキラの生命線よ。

 この銃の整備を軽んじることは、自分の命を軽んじることでもある。

 そう考えて、しっかり整備しなさい』


「分かってる」


 何度も注意を受けて、悪戦苦闘しながら、真面目な顔で作業を続ける。

 銃を分解して全ての部品を念入りに整備する。

 そしてばらばらになった部品を元の銃に組み立て直す。

 すると部品が余った。

 慌てて銃を再度分解して組み立て直す。

 先ほど余った部品は正しく銃に収まったが、今度は別の部品が余った。


 余った部品を見てうなるアキラに、アルファが微笑ほほえみながらくぎを刺す。


『この銃をこの状態で使用するのはお勧めしないわ』


「わ、分かってる」


 再び銃を分解して組み立て直した。

 今度は部品は余らなかったが、正しく動作するかどうかは別であり、当然指摘が入った。

 その後も悪戦苦闘を繰り返し、何とか銃の整備を終えた頃には既に半日が過ぎていた。


「この調子だと。

 予備の銃とか手に入れたら整備だけで一日が終わるな」


『そこは訓練で手早く効率的な整備の腕を身に付けるしかないわ。

 整備に出す金も無いしね。

 よし。

 今日の訓練は終わりよ』


 アキラが少し不思議そうにする。


「終わりって、この後に射撃訓練をするんじゃないのか?」


『私と出会ってからアキラは遺跡探索と訓練しかしていないからね。

 息抜きも必要よ。

 アキラは何かしたいこととかある?』


「したいこと、か」


 アキラが少し考える。

 だが何も浮かばなかった。

 スラム街で過ごしていた時は、空き時間は屑鉄くずてつ集めなどをして金を稼いでいた。

 今の状況なら遺跡探索がそれに当たる。


 今まで私的な時間は全て生存のために使われていた。

 余暇という概念がひどく希薄だった。

 その所為せいでアキラの思考は空回りを続けており、幾ら考えてもうなり声が続くだけだった。


 アルファが何も聞かずにアキラの思考と、それに至った理由を把握する。


『それなら余った時間は読み書きの勉強に充てましょうか。

 娯楽としての情報収集にも、勉強としての情報収集にも、読み書きが出来ないと非効率よ。

 いろいろ楽しむためにも早めに覚えてしまいましょう』


 宿の雑貨屋で数冊のノートと筆記用具を購入し、それらを教材にしてアルファから読み書きの授業を受ける。

 アルファの教え方は非常に効率が良く、アキラもしばらくすると自分の名前の読み書きぐらいはすぐに出来るようになった。


 ふとアキラは自分のハンター証に名前が間違って登録されていることを思い出した。

 ハンター証を取り出してそこに記されている名前をじっと見る。

 アジラ。

 そこにはそう記載されている。


 自分の名前が間違って記載されていることを、アキラはようやく自力で識別できるようになったのだ。


「……少しは賢くなった訳か」


 アキラは少し皮肉気味に、だがどこかうれしそうに笑った。

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