第90話
交代で見張りを立てながら休憩し、できる限りの時間を使って隠れ里へ向かう道のりを進む。
いや、道のりと言うのは比喩的な表現であり、実際には道など無いにも等しい。
深い森の中をアリアの人形を空へ飛ばし、方向を確かめては進むということを繰り返していた。
ただうれしい誤算もある。
山奥には動植物が豊富に生息しているため、当分の食料は困る事はなかった。
ビャクヤとドーラが狩りをおこない、殆どの場合で動物を仕留めてくるのだ。
そのおかげか、ふたりは自然に打ち解けあっているようにも見えた。
今日もふたりがとってきた野生の鹿を解体し、腹に詰める。
近くの小川で血抜きを施し、火を通しただけの物だが、冒険者にとってはなじみ深いな食べ方だ。
焚き火の周りで食事をとっていると、ドーラがすぐ隣に腰を下ろした。
ビャクヤは早々に食べ終わり、武器の手入れを始めているので、話し相手がいなかったのだろう。
そこで、かねてより気になっていたことをドーラへと問いかける。
「唐突で悪いんだが、ドーラから見て聖女ミリクシリアはどう見えてるんだ?」
「本当に唐突ね。 でも、はっきり言っていいのかしら」
「俺達が熱烈な信者じゃないってのは知ってるだろ。 客観的な意見が聞きたいだけだ」
反応を窺うような彼女の言葉に、俺はきっぱりと返す。
するとドーラは数舜だけ迷い、そして吐き捨てるように言った。
「包み隠さず言ってしまえば大量殺人者かしらね。 なんであんな人が聖女なんて崇められているのか、不思議でしょうがないわ」
「やっぱり、そういうものか」
聖女自身が手を下していなくとも、異種族排斥の旗印として担ぎ上げられる存在だ。
少なくとも良い感情を抱くことはないだろう。
ただ俺の反応を見てドーラは慌てて腕を胸の前で振った。
「あぁ、勘違いしないで欲しいのだけれど、私は聖女に恨みはないの」
「そうなのか?」
「えぇ。 彼女は私の同族を殺したわけじゃないし、私に直接危害を加えた訳でもない」
そう言うが、でもねと彼女は続ける。
「人間という種族を見ていると思うの。 自分と違う物を恐れて殺すことを正当化するくせに、自分たちが魔族に殺される側になった途端、まるで被害者の様に勇者という存在を奉り、魔王を殺そうとする。 なんて浅ましい種族なんだろう、ってね」
それは、笑ってしまうほど辛辣な意見だった。
そして、人間からは絶対に聞けないであろう意見でもある。
異種族から見れば、魔族と人間の争いに善悪の境目など存在しない。
互いに損得勘定で戦っていることは事実であり、人間が勇者を奉るのは、魔族との戦争に打ち勝つためだ。
勇者と言えば聞こえはいいが、その実態は自分達とは異なる文化を持つ種族の王を殺す戦士だ。
いかにも正義だと言わんばかりに振る舞っているが、考えればおかしな話だ。
俺から言わせてみれば、あのナイトハルトが魔王を打ち滅ぼすなど考えられないことだが。
見ればドーラは焚き火の炎を眺めながら、口元に弧を描く笑みを浮かべていた。
「どうしようもなく愚かしく、そしてとても面白い種族だわ」
◆
森の中を進むこと五日。道のりは順調、とまではいかなかったが大した問題もなく前進を続けていた。
俺やビャクヤは一般人よりもレベルが高く、ドーラもこういった山道になれているように見える。
問題はと言えば、街育ちのアリアである。
「ねぇ、まだ着かないの?」
「隠れ里なんだから、そうそう簡単にたどり着けるかよ」
「そんな正論を聞きたいんじゃないのよ。 あとどれぐらいかかるのか、って聞いてるの」
すでに何度目かわからないその質問に、俺はお決まりの言葉を返す。
「日が暮れるころにはたどり着きたいな」
「それ昨日も聞いたわ」
「奇遇だな。 俺も昨日言った覚えがある」
後ろを歩くアリアのふくれっ面を見ながら、苦笑を浮かべる。
ただ仕方がないとしか言いようがなかった。
エルグランドの戒律を破った者や、逃げ延びた異種族の人々が住む隠れ里だ。
簡単に見つかる場所にはないことは確かだ。
そもそも正確な場所を知らない俺に聞いたところで、正確な答えなど返ってくるはずもない。
恐らく疲れ切った彼女なりのストレス発散方法なのだろうが。
少しでも早く着くことを願っていると、前を歩いていたビャクヤが歩みを止めた。
見ればとなりを歩いていたドーラも、同じように周囲を見渡しながら眉をひそめている。
「この感じ、嫌な感じね」
「ドーラも感じるか。 肌を刺すような空気だ」
ビャクヤは背負っていた武器を取り出した。
だが俺は未だにふたりの言う空気を感じていない。
同じように何ら違和感を感じていないアリアが、前を歩く二人へとかみつく。
「ちょっと、そこのふたりで盛り上がってるところ悪いんだけど、もう少し分かりやすく言ってくれない?」
言われて気付いたのか、ビャクヤが振り返り、言った。
「喜べ、アリア。 お主の願望通り、隠れ里はすぐそこだぞ」
◆
最初に耳を打ったのは怒号と喧噪。
続いて絶え間ない悲鳴が山間に反響する。
ビャクヤの宣言通り、隠れ里は間もなくして発見できた。
だが内部では、とてもではないが隠れ里には相応しくない光景が広がっていた。
様々な特徴を持つ異種族の人々が相対する存在。
幾何学模様の入った紫色の肌を持ち、黒い角を有する種族。
見間違うはずがない。里を襲っていたのは魔族だった。
「くそ! こんな事ばっかりだな!」
毒づくが、今は文句よりも先に腕を動かすべきだろう。
周囲を見渡せば魔族の数はそう多くはない。
だが完全に武装した姿からして、魔族の戦士であることは間違いなかった。
対して里の異種族の人々は武装をせずに対抗している。
「アリアは人形を展開して住人とドーラを守れ! ビャクヤは俺と魔族の相手だ!」
「承知した!」
響くようなビャクヤの応答と共に、魔族の前へと躍り出る。
そして、気付く。魔族が一切の感情を浮かべずに、里の人々を襲っていることに。
「ビャクヤ! こいつら、まさか……。」
「あぁ。 魔素の影響を受けているようだな」
考える余裕はない。
百年前、魔族はその高い身体能力によって人間を蹂躙した。
現在では装備の発展と冒険者の台頭によって互角に近い戦いができているが、それでも強敵であることは変わりない。
特に魔素の影響を受けているのであれば、その生命力は尋常ではないはずだ。
風切羽を加速させ、片手でワイバーンウェポンを構える。
ビャクヤも薙刀を構え――そして、雷光が全てを終わらせた。
遅れてくるのは、凄まじいまでの轟音と閃光。
魔族は何の反応もできず光の奔流に飲み込まれた。
見れば魔族は体から煙を上げて、ゆっくりと倒れる。
一目でわかる。即死だった。
その光の放たれた方角を見れば、ひとりの女性が俺達を睨み付けていた。
特徴的なのは、その黒い衣装だろうか。
エルグランドで一般的に流通していた衣服は、すべて純白だった。
しかし女性のそれは、まるで夜の闇で染め抜いたような真黒だ。
片手には意匠が施された槍。
手足などを甲冑で固めている。
どことなく鋼の聖女に似た雰囲気の女性は、俺達を見て紫色の瞳を釣り上げた。
「なるほど。 魔族の侵攻に合わせて、エルグランドの差し金までもが里に入り込むとは。 姑息な真似をしますね」
「ま、待て! 俺達は――」
「慈悲はありません。 自分の内臓が焼ける感覚を感じながら、後悔しながら死ぬといいでしょう」
もはや話し合いをする気はなさそうだった、
女性が空へと掲げた槍へ、雷撃が落ちて周囲の大地を打ち砕いた。
そして強く輝く紫色の瞳には、明確な敵意がありありと浮かんでいた。
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