第77話
「そこで僕は言ったのさ! ここは僕に任せて君は逃げるんだ! 転移魔導士が敵う相手じゃない! でも彼は目の前の功績に目が眩んだみたいだった。 最弱の転移魔導士にも関わらず地竜に挑んだんだ。 そしてあっけなく死んでしまったんだ! 僕はギルドからの依頼通り、魔物の情報を持ち帰るために、こうして――」
人だかりの向こう側。総合ギルドを劇場に変えたアルステットは、唐突に話を打ち切ってしまった。
なぜか。それはアルステット英雄物語の中で死んだはずの登場人物である、無能で無謀な転移魔導士と、こうしてばっちり目が合ったからだろう。
「こうして、なんだ? 続きを聞かせてくれよ」
迫真の演技とセリフを織り交ぜた話は、なかなか聞きごたえがある。
唯一の欠点としては、その話の中で俺が死ぬこと、だろうか。
次第に周囲の冒険者やギルドの職員が俺の存在に気付き始め、アルステットの周囲から去っていく。
中には飲み終わった瓶や木のジョッキをアルステットに投げつける者もおり、銀色の鎧にあたって甲高い金属音を奏でていた。
「き、君、生きていたのか! それは良かった!」
大げさなリアクションと共に駆け寄ってきたアルステットは、無理やり俺の手を握って握手を交わした。
今さらなフォローに思わず笑い声を上げそうになったが、ここはぐっと我慢だ。
「あぁ、無事になんとか戻ってこれた。 聖騎士様が、ここは僕に任せて君は逃げるんだ!って俺に言ってくれたからな。 あの時は涙があふれて――」
「わかった、わかったよ! 僕が悪かった! これでいいんだろ!?」
先ほどとは打って変わって、アルステットは小声で話し始めた。
それに合わせるよう、俺も周りに話の内容が聞こえないように声を落とす。
「いいや、駄目だ。 一つだけ俺の言う事を聞いてもらう」
「な、なんだ!? 僕を脅そうっていうのか!?」
「ただ言う事を聞いてくれればいい。 簡単な話だし、やり様によってはお前はこの街の英雄になれる。 どうする? ここで俺を手伝えば、お前は勇敢に戦ったとギルドに報告してもいい」
俺はまだ今回の調査結果をギルドに報告していない。
ここで、偶然にも同じ地域での依頼を受けていたアルステットが善意で俺の依頼を手伝ってくれた、と報告すればギルドも彼を高く評価するだろう。ただ俺の報告の仕方次第では、その真逆の評価をアルステットに付けることもできる。
なにより先ほどの一人芝居(アルステットの妄想)をギルドの職員もばっちりと目撃している。
俺の報告を受けて、ギルドの職員が地竜の確認に向かえばどちらが真実を語っているかなど、すぐに判明する。
自分の首を自分で占めた聖騎士は、俺からの取引にガシャガシャと音を立てながら、首を縦に振ったのだった。
◆
「らっしゃい! ここはカセンの街で最高のルガルドの鍛冶屋だ!」
鉄を打つ音と炎が燃え盛る音と共に出迎えたのは、まだ若手の鍛冶師だった。
どうやら彼がルガルドその人らしく、手には本人とは違い年季の入ったハンマーを握っている。
陳列されている商品に目を通しても、そうとうに高品質な装備を提供していることが窺えた。
ルガルドの鍛冶屋は、カセンの街のどこからでも見える巨大な煙突な目印の大工房だ。
これほど大規模な鍛冶屋をこの年齢で経営できるのだから、商売人としての腕も相当なのだろう。
「この街で唯一、魔鉄鉱を扱ってると聞いてきたんだが、本当なのか?」
「あぁ、本当だとも! 魔鉄鉱の加工ができるのは、カセンの街じゃあこのルガルドだけよ! 実物を見るかい? 最高級品を揃えてるぜ!」
「是非とも、見てみたい。 命を預ける物だからな。 この目で確かめてみたいんだ」
「構わないぜ! 少し待ってな!」
ルガルドの言葉からは自信が溢れていた。
自分の商品がどれほど高い品質かを理解しているのだろう。
実際に魔鉄鉱の装備は、高価な値段で取引されている。
鉄製品よりも強度が高く、かつ精錬された魔鉄鉱は魔法への耐性も高い。
防具や武器は、冒険者にとって半身でもあり、命を預ける相棒でもある。
そこに高い性能を求めれば、値段も比例して高くなるのは当然だ。
事実、ルガルドが持ってきた剣の値段は非常に高価だった。
さすがにワイバーンウェポンほどではないが、それに迫る金額だ。
無駄な装飾など飾り物が無い分、性能で勝負と言ったところだろう。
「魔鉄鉱の入手経路も限られてるのに、よく商品を揃えられたな。 加工も大変だっただろ」
ただ魔鉄鉱の装備が高くなる理由は、高い性能の他にも理由があった。
それは素材となる魔鉄鉱の加工に失敗したときのリスクだ。
魔鉄鉱はその有用さ故に重宝されるが、加工に失敗すれば瞬く間に有害な物質へと変化する。
元々は魔力を豊富に含む鉱石だ。
多少なりとも魔法的な力が加われば、どうなるかは想像するまでもない。
そしてジョブが一般化して人々の暮らしに普及したこの時代。
スキルや魔法に頼らず加工ができるのは、相当に経験を積んだ熟練の鍛冶師だけだ。
目の前のルガルドがその熟練者であれば、なにも問題はなかったのだが。
「そりゃ企業秘密よ! だがこの街で魔鉄鉱を取り扱うのは、この鍛冶屋ただ一軒! ここで逃したら、他じゃ手に入んないぜ? どうするんだい?」
ルガルドは商品を売るつもりで言った言葉なのだろう。
それが最後の一押しとなる事も知らずに。
「いいや、探してたものは見つかった。 色々とありがとう。 これで証言は取れた」
「なんだ?」
「ちょっとした依頼のついでに山奥の渓谷を見たんだが、加工に失敗した魔鉄鉱が大量に破棄されている現場を見つけてな。 確か魔鉄鉱を取り扱う鍛冶屋は、ここ一軒だったか。 この状況でその売り文句は失敗だったな」
魔鉄鉱を加工するには魔法に頼らず高温を保てる巨大な炉心が必要になる。
そんな施設を持っているのはカセンの街中を探してもこのルガルドの鍛冶屋だけだ。
そしてそのルガルド本人が、自分達しか魔鉄鉱を扱ってないと豪語している。
これ以上の追及は不要なほどに、状況証拠は揃っていた。
事情を知らなければ称賛していたであろう出来の剣を、ルガルドへ突き返す。
剣を受け取ったルガルドの表情からは、先ほどまでの愛想のいい笑顔が消えていた。
「おいおい、お客さん。 なにを言い出すかと思えば、そんないちゃもんを付けるためにここへきたのかい?」
「いちゃもんか? 今は冒険者ギルドが捜索に向かってるから、すぐにでも結果は出る」
ゴールド級冒険者の言葉は、俺の想像以上に効力を持っていた。
簡単な報告であってもカセンの冒険者ギルドは俺への協力を約束してくれた。
今頃はすでに冒険者ギルドの職員と雇われの冒険者が確認に向かっている頃だ。
だがそれを聞いてもルガルドは侮蔑の表情を浮かべたまま、ため息を付いた。
「そんな作り話を確かめるためにギルドも動いてるのかい? あの周辺には凶暴な地竜がいるってのに、大変なこった」
「はは、なるほどな」
「なにがおかしいんだ?」
「いやなに、ギルドには冒険者達から正体不明の魔物だと報告が入っていたらしい。 地竜かもしれない、という情報もあったが、なぜアンタは地竜だと断言できたんだ?」
「常連の冒険者達から聞いたからさ。 それより商品を買わないなら、帰ってくれないか? 商売の邪魔に――」
それまで不機嫌そうに喋っていたルガルドは、唐突に言葉を失った。
その視線は俺の右手の小さなポーチに向けられている。俺が山奥で見つけた、使い込まれたポーチだ。
同業者であれば、これが冒険者の持ち物だという事は一目でわかる。
問題はその持ち主だ。
そしてルガルドはこのポーチの持ち主を知っている。
「見覚えがあるか? リデルという冒険者のポーチだ。 中にはいくつかの手紙が入っていた。 お前が装備を格安で譲る代わりに、加工に失敗した魔鉄鉱の廃棄をその常連の冒険者達に依頼してたことがな」
しかし、リデルは魔鉄鉱の処分の最中に地竜に襲われた。
探してみれば酒場にいた冒険者の様に、毒素に侵された冒険者が少なからず見つかるはずだ。
彼らを捕まえて詳細を聞けば、全てが白日の下に晒されるだろう。
仕組みは簡単だった。
加工に失敗した魔鉄鉱の処分には膨大な費用が掛かる。
限られた魔術師だけが使える『ディスペル』というスキルが無ければ、普通なら処分できないからだ。
だが渓谷に投げ捨てるだけなら非常に低コストで事がすむ。
「だがまさか地竜を使って破棄場所を隠すなんて良く考えたな」
毒素に汚染された地竜は住処を追われ、その脅威で約束の供給が滞った。
だがルガルドにとっては都合が良かった。
地竜が暴れてくれればあの場所に近づく者が少なくなる。
そうなれば廃棄した魔鉄鉱が発見されなくなる。
「兄さん、なにが望みだ?」
もはや隠し通せないと判断したのか。
ルガルドは唸るような声で尋ねてきた。
それに対しての答えは、最初から決まっているが。
「この鍛冶屋が大人しく憲兵団の裁きを受けることだな。 少なくとも、アンタらのせいで破産の一歩手前まで追い込まれている人間がいるんでな」
「そりゃ、あの草を乾しただけの商品を売る、くだらない商人たちのことか? 発展したこの街でいつまでも古臭い商売に縋りついて、みっともない連中だ。 俺が潰さなくても、いずれ潰れるだろ」
「いずれ潰れる店の心配はしなくて結構だ。 その代わりにお前はこの瞬間にも店をたたむ準備を進めたほうが良い。 すぐに憲兵団がやってきてお前を牢獄にぶち込むからな」
今ごろ、アルステットが憲兵団の本部へ駆け込んでいる頃だろう。
後は適当に時間を稼いで、ギルドが証拠を持ち帰るのを待てば、全て解決だ。
だが、しかし。
「まぁいい。 前に何人か消してるんだ。 今さら増えた所で問題はないだろう」
相手はゆっくりと待つ気はなさそうだった。
店の奥からは数人の武装した男たちが姿を現す。
その全員が魔鉄鉱の武器や防具を纏っている。
とは言え、恐怖は一切感じない。
「それはこっちのセリフだ。 お前達の様な連中がどれだけ増えようと、俺には問題じゃない」
これまでの戦闘の経験からか。
相手がどの程度かすぐに見抜けるようになっていた。
少なくとも、もはやこの事件は解決に向かっている。
すぐにでも、終わらせることができる程に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます