第72話 剣聖視点
「いま、なんて仰ったのか……もう一度、お願いしても?」
思わず、聞き間違えだったかと問い返す。
しかしエルグランドの通行管理者長を名乗る男は、やれやれと言った様子で肩をすくめた。
その仕草に背後のナイトハルトが騒いでいるが、それを気にしている余裕は無かった。
「えぇ、何度でも言いましょう。 この街に勇者様方が入ることは許されません。 どうかお引き取りを」
カセンの街から長い時間を費やしてたどり着いた辺境の街、エルグランド。
美しくそびえる白亜の城壁に囲まれ、城塞都市と呼ばれてもおかしくはない門構えの街はしかし、追い払うのは魔族や魔物だけというわけではなさそうだった。
厳しい戒律を持つという事前情報を持っていたため、それなりの審査は覚悟していたが、自分達が勇者一行だと名乗ったために拘束されるとは思ってみなかった。
ただ単純に入れないと言われて、はいそうですかと引き下がれるほど、私達に余裕は残されていない。移動している間も失態は犯していないが、功績を上げた訳でもない。
これまでの時間を無駄にしないためにも、食い下がるほかなかった。
「魔族との戦いに参加するために、わざわざこの土地に足を運んだんです。 それを追い返すというのであれば、正当な理由を教えてください」
「それは先ほども聞きましたし、何度聞いても答えは変わりませんよ。 魔族との戦いは聖戦であり、選ばれた者が務めるしきたり。 今は聖騎士と聖女様が前線に立ち、魔族と正義の戦をおこなっています」
「聖女?」
その言葉にふと背後の聖女ティエレへと視線を向ける。
大陸の殆どの地域では聖道教会を信仰しており、聖女といえばティエレを指す言葉になる。
しかし彼女は首を横に振るにとどまった。
「あぁ、そちらの女性も聖道教会での聖女でしたね。 ですが私達の言う聖女様はまた別のお方です。 そうですね。 貴方達に分かりやすく言うのであれば、こう言い表せるでしょう」
男は首にかけたエンブレムを手に握ると、祈る様に呟いた。
「神に遣わされた救世主だと」
◆
街から離れた森林地帯の一角で、私達は否応なしにテントを張っていた。
エルグランドに入れないのであれば、この場所がしばらくの拠点になるだろう。
長旅の為、減ってきた物資を確認していたエレノスが、馬車の上で苦笑を浮かべた。
「エルグラント。 想像以上に独特な風習のある街だったね。 まさか僕達が追い返されるなんて。 補給もしたかったのだけど、難しそうだ」
独特、というのは彼にしては随分と手心を加えた表現だ。
ただナイトハルトは追い返されたことに納得がいかない様子だった。
「どういう事だよ! なんで街にはいれないんだ!? 俺達は敵の魔族を殺してやるって言ってんだぞ!?」
「まぁ、考えられる可能性は二つかな。 一つは勇者やそれに類する戦力を招き入れる事での戦火拡大を嫌っている。 もう一つは我らが聖女ティエレ様の存在を認めないがため」
「魔族との戦いを崇高な行為とみなしているみたいだったわね。 まるで神聖視しているみたいに。 それに割り込む勇者を毛嫌いするのも無理はない、のかしら……?」
獲物の横取りは冒険者の中でもタブー視されている。
魔物の討伐で生計を立てているのだから、当然と言えば当然だが。
横から割り込んで、自分の手柄と金銭をかっさらう行為に他ならないのだ。
だがこの街の言い分を聞く限り、それと似通った部分がある。
この街の人々は戦いその物を神聖な物と考えているのだろう。
それ故によそ者、それが例え勇者であっても戦列に加わる事に消極的だ。
簡単に言えば、魔族との戦いは名誉な事で、よそ者が立ち入る事は許せない。
そう言う事だろう。
「それに、この街では聖女と言えば別の存在を表すらしい。 それが外部から聖女だと認められている女性が入ってくれば、どうなるかは自明の理だろう?」
エレノスの言葉に、ティエレが俯く。
「わたくしが、皆様の足かせになっているのですね」
「そんなことないわ。 ティエレがいなければ、私達はとっくに全滅してた。 今回のことを考えても、有り余るほどティエレには助けられてる」
「くそ、面倒なことは後回しにして、さっさと魔族を殺しに行くぞ。 大勢殺せば、国だって俺達を見直すだろうからな」
会話を断ち切る様にナイトハルトが言い放つが、エレノスはこれ見よがしにため息をついた。
「このまま戦争に参加すれば、僕達はいわば第三勢力という扱いになるんだ。 となれば魔族どころかエルグランドの兵士にまで攻撃される可能性がある。 ダンジョンや魔物の相手と違って、戦争はそんな簡単な物じゃないんだよ、ナイトハルト」
そこが私達が自由に動けない問題点の一つでもあった。
戦争だからルールがない、という訳ではない。
人間と魔族の両陣営に言い分があり、争いでしか解決できない状況に追い込まれたときに、戦争がおこなわれる。
今回に関していえば、過去に奪われた領土の奪還を掲げる魔族に対して、エルグランドは正当な権利で勝ち取った領土であり譲り渡す気はないと主張している。
そこへ勇者一行が横やりを入れればどうなるか。
明らかに王族や貴族達からの差し金だと思われるだろう。
手柄を盾にエルグランドへの政治介入を疑われたら最後、下手をすれば両陣営に狙われるという事もあり得る。
最低でもエルグランドの陣営からは敵対行動を取られない、という保証がなければ私達は戦場へは出られない。
「エルグランドの聖女に交渉してみましょう。 私達の目的を告げれば、わかり合えるはずよ」
それが最も堅実な方法だ。
そう思ったのだが、ティエレは俯きながらつぶやいた。
「そう簡単にいけば良いのですが」
「どういうこと?」
「聖女とは、神に選ばれるとは、皆様が考えているほど崇高な物ではありません。 私が聖女というジョブを授かる以前、なんと呼ばれていたかご存知ですか?」
聖女ティエレ。数百年の歴史を持つ聖堂教会に生まれた、歴代三人目の聖女。
彼女の登場には各街の教会でも大規模な催しが行われ、魔王の打倒が約束されたかのような盛り上がりを見せた。
それは勇者ナイトハルトの登場に匹敵するほどだった。
ティエレの存在は、13歳の選定の儀を境に公表された。
だがそれより前から彼女には今と同じ信仰心が備わっていたのだろう。
だが、それはまだ神に聖女の役割を与えられる以前。
深すぎる信仰心を持った少女が、なんと呼ばれていたか。
「えぇ、教会は秘匿するでしょう。 私が生まれながらに、狂信者と呼ばれていたことなど」
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