第22話

 修復されたばかりの宿屋の一室。そこへ俺は呼び出されていた。

 新しい建材の匂いが充満した部屋の中で、ビャクヤは姿勢を正して椅子に腰かけている。

 絶妙にいつもとは違う空気のビャクヤに違和感を感じながら、向かいの席に座る。


「話なら酒場でも良かったんじゃないか?」


「いいや、人目のある場所でする話ではないのだ。 この説明は我輩とお主、そしてヨミ様に関係があるのでな」


 そういって彼女が取り出したのは、小さな結晶体だった。

 外見には全く異変の無いそれだが、内部には黒い霧のようなものが蠢いており、不安な感情を掻き立てられる。

 以前に一度だけ、それと同じ物を見たことがある。


「それは、ダンジョンの中で見つけた……。」


「そうだ。 この中身は、ダンジョンで手に入れた黒い結晶と同じ物だ。 この黒く蠢いている物は、ヨミ様いわく魔素

と呼ばれる物だそうだ」


「魔素? 聞いたこともないな」


 もはや過去の話だが、俺も元勇者の荷物持ちとして様々な地方を渡り歩いた。

 人よりも多くのダンジョンや魔物の攻略などを行ってきた自信もある。

 だがビャクヤの言う魔素なるものは聞いたのは初めてだった。

 俺の反応を見てビャクヤは小さくうなずく。


「そうであろうな。 この魔素は意図的に生物を凶悪な魔物へと変異させる、極めて危険な物だ。 本来ならば、ギルドの裏組織が秘密裏に回収して、処理していると聞く」


「ま、待てよ? つまり、これを持ってるって事は、俺達もギルドの裏組織に狙われるんじゃないか?」


「そこは安心せよ。 ギルドの組織内にヨミ様の顔見知りがいる。 名前を出せば、殺される心配はない」


 それは、安心していいことなのだろうか。

 だが、そこまでヨミという存在は権力を持っていることは理解できた。

 そしてこの魔素という物質の異質さにも。


「つまり、普通なら殺してでもギルドが奪いにくる代物ってわけか。 それで、その魔素と俺達になんの関係があるんだ?」


「まあ聞くが良い。 我輩は東方の出身であり、この地に渡ってきたのは数年前だ。 それより、我輩はある組織を追っている」


「組織?」


「その組織は黄昏の使徒。 この魔素を生み出している元凶であり、大陸に混乱をもたらす者達だ」


 真剣な顔つきで、ビャクヤは魔素の入った結晶を眺める。 

 そこまで聞けば、流石に話の流れが見えてくる。


「なんとなくだが、話が見えてきたぞ。 つまりその使徒を追ってるビャクヤがこの村にいるってことは、今回の騒動にも使徒が関わっている可能性が高いってことだな」


 パティアの話ではビャクヤは長い間、この村に滞在しているという。

 他の冒険者はバルロの圧力や、報酬金額に不満を抱いて村を出て行ってしまう中でだ。

 それはビャクヤがこの村の惨状を打開するためだと勝手に思い込んでいた。 

 しかし違うのだ。彼女は彼女の理由を持って、この村で活動していたのだろう。


「その通りだ。 だが我輩ひとりで戦い続けることは難しいと考えたのだろう。 ヨミ様はお主を引き込むよう、我輩に命令をした」


「そして命令通り俺とパーティを組んだはいいが、偶然にも魔素を見つけてしまったと。 だがなんであそこまで焦ってたんだ?」


 ビャクヤはヨミから魔素がある事を事前に聞かされていたのではないか。

 前後の話ではそういうことになっていたが、当のビャクヤは申し訳なさそうに頬をかいた。

 

「それは、我輩の勘違いだ。 魔素を見て周囲に使徒がいるのではと思ったのだ。 だがヨミ様によれば、これは自然発生的な物だという。 つまり完全に我輩の早とちりだったのだ」


「つまりヨミは、この周辺に使徒がいたり魔素があるってことはわかるが、正確な場所は特定できないってことか」


「そういうことになる。 済まなかった、誤解をさせて」


 躊躇いなく頭を下げるビャクヤ。

 だが俺は少なからず驚愕していた。

 ビャクヤがどれほどの期間を、ヨミの命令に費やしているのかは不明だ。

 それでも曖昧な位置や情報を頼りに、たったひとりで問題をしらみつぶしに解決していく。

 それがどれほど過酷なことか。想像するまでもなかった。

 楽観的なビャクヤであっても、相当な苦労と努力を重ねてきたことだけは理解できた。

 そんなビャクヤを責める気にはなれなかった。


「謝ることはない。 俺達はもう仲間だろ」 


「そうだな。 ありがとう、ファルクス」


 ビャクヤが見せたのはいつもの笑顔ではなく、女性らしい微笑みだった。

 それに若干の気まずさを覚えて、急いで話題を変える。


「ただ、その使徒は相変わらずこの近辺にいるって事で間違いないんだよな? ヨミはなんと言ってるんだ?」


「ヨミ様もそう仰っている。 そしてその宣告は今まで外れたことが無い」


「なら警戒すべきはバルロだろうな」


 この村に来た時のことを考えれば、バルロは露骨にビャクヤを目の敵にしていた。

 それにシルバー級の冒険者の肩書を使えば行動にも不便はない。

 もっとも怪しい者は誰かと聞かれれば絶対にバルロの名前は上がるだろう。

 しかしビャクヤは小さく首を傾げた。


「それは、どうなのだろうな。 使徒は基本的に、表立って行動はしない。 裏で魔素を作り、魔物を放って被害を拡大させるのだ」


「被害を拡大させてどうするつもりなんだ?」


「それはヨミ様も分からないそうだ」


「謎が多すぎる。 目的さえ不明なんて、分かるものも分からんぞ」


 せめて相手の目的が分かれば対策や予測はできる。

 だが分かるのが魔素という未知の物質と、それを作り出す使徒という存在だけ。

 ヨミは俺に強大な力を与えた存在であり、もっと全知全能のイメージを勝手に持っていた。

 目的の人物を探し出すにも、俺達の足で稼がなくてはならないのだ。

 そしてヨミの命令を聞く前にも、俺達には問題が山積している。


「ダンジョンの攻略も残っている。 飛竜の出現でお流れになっていたが、再開しなければな」


 魔物は人間の都合など待ってはくれない。

 ダンジョンから出現した魔物の被害もどうにか瀬戸際で対処できてているが、いつ被害が出てもおかしくはない。

 しかしその件に関していえば、少しばかり改善の兆した見えてきていた。 


「今、なかなか面白いことになっててな。 そうだな、少し見物しに向かってみるか」


「面白いこと?」


「あのワイバーンの襲撃も、悪いことばかりって訳じゃなかったんだよ」


 思わぬ副産物を残したワイバーン。

 だがそれも口で言うより、見せた方が早いだろう。

 ビャクヤは俺の言葉を聞いて、小首をかしげるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る