二章 有明と黄昏

第21話

 村人たちの声が響き渡り、木材を加工する音が絶え間なく村の中に満ち溢れる。

 ワイバーンの襲撃から二日。

 だれも予想できない形で現れた災害は、村の中に大きな傷跡を残していった。

 特に木材を主体に作られた家屋の多くは、ワイバーンのブレスによって全焼してしまった。

 そこで村人たちは一時的に、村内で大きく食料などに余裕のあった酒場への避難がおこなわれている。

 ワイバーンの脅威が去ったからと言って、全てが元通りという訳ではないのだ。


 だが意外なところで力を発揮している人物によって、復旧は着実に進んでいた。



「ビャクヤ、この木材はどこに運べばいいんだ?」

 

「それは宿屋の修復に使う木材だ! 荷台ごと向こうに運んでくれ!」


「了解した!」


 俺に指示を飛ばしたビャクヤの周りには、村の男たちが集まっていた。

 意外なことにビャクヤが中心となって、倒壊した家々の修復を行っているのだ。

 さほど建築に詳しくない俺は自分の能力を生かせる木材の搬送へと回っている。

 適材適所という奴だ。


 そして先ほど指示された通り、馬車に積み込まれた木材の一式を、半壊した宿屋の近くまで転移させる。

 間近で見ていた村人たちが驚きの声を上げるが、それもそろそろ慣れ始めてきていた。

 手早く転移をすませて、次の荷馬車の元へ向かおうとしたところに、見知った顔が駆け付けた。

 大きなバスケットを持ったパティアである。


「お疲れ様です、ファルクスさん! そろそろ休憩にしてはどうですか? 朝から働きづめで疲れたでしょうし」


「そうだな。 ビャクヤ! 少し休憩しよう!」


 見上げれば太陽は真上から少し傾いた場所に差し掛かっていた。

 作業途中だったビャクヤも大きく手を振って、此方へ向かってきていた。

 先ほどまでビャクヤが作っていた家は、すでに土台と骨組みが完成している。

 他の家はまだ廃材を撤去している途中であり、ビャクヤの作業速度がうかがえた。


「まさかビャクヤにこんな特技があったなんてな。 鬼の知識っていうのには、驚かされる」


「それを言うなら、ファルクスさんの能力もそうですよ。 あの一件で酷い被害を受けましたけれど、おふたりのおかげで想像よりずっと早く復興できそうです。 本当に、ありがとうございます」


「俺達がやりたいからやってるだけだ。 余り感謝されても困る」


 あのワイバーンの襲撃は誰にも予測はできなかった。いわば災害にも似たものがある。

 そしてこの村は俺やビャクヤが活動していくには必要不可欠な場所だ。 

 復興に手を貸さない理由が見当たらなかった。

 

「いえ! お二人はそれだけ凄いことしているんですから、感謝は受け取ってもらわないと! 今はこの、特別製サンドイッチをどうぞ!」


「あ、あぁ。 ありがたくいただくよ」


 パティアが満面の笑みでバスケットから取り出したのは、異色のサンドイッチだった。

 パンの間に挟まっているのは……なんだろうか。

 正体不明の物体を挟んだサンドイッチを前に、動揺を隠せずにいた。

 作業を終えたのか。そこにビャクヤが戻ってきた。

 ビャクヤは並べられたサンドイッチを見て、歓声を上げた。


「おぉ! これはパティアの手作りか!?」


「そうなんです! 酒場担当の子に教えてもらって作ったんですよ? 沢山あるので、どんどん食べてくださいね!」


「うむ、我輩の辞書に遠慮という言葉は無いからな。 好きなだけ食べさせてもらうぞ」


 そういうと、俺が制止する暇もなくビャクヤはサンドイッチに食らいつく。

 しかしそのまま動きは止まり、目じりを下げた悲し気な表情で俺を見つめてきた。

 俺からは何も言うまい。  


「そういえば、被害の方はどうなってるんだ? 家屋はこうして再建できるが」


 正式な数は分からないが、ワイバーンの襲撃で命を落とした者は少なくない。

 その殆どは迎撃をおこなった冒険者だったと聞いている。

 この村の立地や、そしてバルロの妨害などの問題で、高い階級の冒険者はいなかったはずだ。

 それだというのに、冒険者たちは勇敢に戦ったのだろう。


「彼らが勇敢に戦ってくれたおかげで、私達は逃げる時間が出来たんです。 犠牲になった方々は、丁重に村の墓地に埋葬しました」


「その冒険者達が本当の功労者だな。 初動でワイバーンに暴れられてたら、手が付けられなかったはずだ」


 短くない沈黙の後、ふとビャクヤが呟いた。


「気になっているのだが、あの飛竜はどこから来たのか調べられぬのか?」


「確か、ギルドの魔物観測所があったと思うが……。」


「はい。 すでに近隣の観測所に申請を出しているので、数日で結果が届くと思います」


 さすがはギルドの窓口役とでもいうべきか。パティアの行動は素早かった。

 観測所は近隣の危険な魔物の行動や、群生している魔物の動向などを観察して、異変があれば近隣に警告を促している。

 今回はその警告が来ていなかったものの、あのワイバーンについては観測所が情報を握っている可能性もある。


「一気に四頭ものワイバーンが出現したんだ。 観測所でもなにか掴んでいると願いたいものだが」


 そう願っていたのは、俺だけではないはずだろう。


 だがしかし、後日送られてきた観測所からの報告書には、ワイバーンの出現記録は残っていなかった。

 つまりあの四頭のワイバーンがどこから来たのか。完全に不明という事になってしまったのだった。

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