第20話 剣聖視点


 得意げに語るエレノスは、此方の相槌(あいづち)を待たずにまくし立てる。


「分かってる。 勇者、剣聖、賢者、聖女。 これだけ豪華絢爛なパーティに足りない物があるのかと、考えているんだろう? 転移魔導士に補える物があるのかと」


 でなければ歴代最高のパーティなどと呼ばれはしないはずだ。

 だがこの有様では、エレノスの言葉を信じるほかなかった。


「別に個々の能力を疑っている訳じゃない。 それでも絶対的に足りない部分が出てくる。 その中でも顕著なのは今回の様に状態異常を使う相手だ」


 それは以前から薄々気付いていた。

 ファルクスがパーティを抜けてから、毒や麻痺が治療されるまでの時間が長くなっているのだ。

 しかし見た通り、ティエレは仲間の治癒で手を抜く様な人間ではない。

 となれば前衛で戦っているナイトハルトの回復を優先しているのかと思っていたが、違うのだろうか。

 その疑問に答えるように、エレノスが話を続ける。


「ナイトハルトが前に出て、アーシェはファルクスがおこなっていた僕らを守る中衛に入る。 すると物理火力が必然的に落ちてしまうんだ。 火力が下がると戦闘が長引く。 結果、今回の様に状態異常にかかることが多くなり、ティエレの治療だけでは間に合わなくなる」


「で、ですが以前は皆様も自力で毒の治療をしていましたよね? なぜ、わたくしの魔法だけを頼るようになったのですか?」


 ティエレの言葉には、決定的な違和感が含まれていた。

 確かにティエレは以前と変わらない立ち回りをしている。

 しかしパーティの回転率は、以前と比べて大きく下がっている。

 それが意味するところは、たったひとつだった。


「そういうこと、だったのね」


「そうさ。 ティエレ、実を言うと僕達は毒や麻痺の治療をしていない。 それらは全て、ファルクスがおこなっていたんだ」


「ですが皆様は戦闘中に立ち止まることは殆どありませんでしたよね? わたくしもナイトハルト様とアーシェ様は、目で追うのも難しいほどなのですが」


「そうだね、だからファルクスがどれだけ有能だったかが分かるんだ」


「ま、まさかとは思いますが」


 驚愕のあまり目を見開いたティエレへ、エレノスは順々に言葉を並べていく。


「ファルクスは必要な個所に必要なアイテムを、高速に動き回る前衛ふたりに使っていた。軽度の傷を治すことや、状態異常の回復、後衛への飛び道具の防御。 事実、これらはファルクスがいなくなった途端、おこなわれなくなった」


 言ってしまえば、自分達が当然のように受けていた恩恵を、私達は誰かの能力だと勘違いしていたのだ。

 事実、私も傷や状態異常の回復はティエレが殆どを請け負っていると思っていたし、ファルクスも手が空いているときにアイテムを使ってくれている、くらいの認識だった。

 後衛へ飛んでいく攻撃も、賢者のエレノスが迎撃している物だと考えていた。

 だがそれらがすべて、ファルクスの能力だったとしたら。

 考えるだけでも、自分達がどれだけ愚かなのかを実感させられる。

 だが私達の過ちはそれだけにとどまらなかった。


「そして最悪なことに、最重要視される回復担当の聖女と違って、転移魔導士のファルクスには魔物の止めを譲ってこなかった。 いや、愚かにも僕達が聞く耳を持たなかった。 仲間にアイテムを使い、飛び道具を転移させるだけの彼はレベルアップする機会が皆無だったんだろう」


 それは中衛を請け負った私には、痛いほどよくわかった。

 後衛を守るという性質上、中衛は前に出て戦えない。前衛が討ち漏らした相手を迎撃する、もしくは後衛の攻撃を補佐する役目だ。自分で魔物を仕留める機会は殆ど与えられない。


 だというのにファルクスを追い出した最終的な原因は、レベルの差だった。

 パーティメンバーとしてもレベルが低く、私達の戦いに付いていけない。

 そんな理由でこのパーティから追い出したのだ。

 それらがすべて私達に原因があったとも知らず。

 知れば知るほど、自分達の言動がどれだけ恥知らずな物だったのかを、実感させられた。 


「全て、私達が悪いのね」


「残念ながら、完璧にね。 なんたって彼の活躍は唯一無二、たとえどんな仲間を引き入れたとしてもこなせる物じゃない」


 視界が揺れるほどの衝撃だった。

 容赦のないエレノスの言葉が突き刺さる。

 しかしその事実は受け入れなければならなかった。 

 だが後悔した所で時は戻らない。

 今はパーティを立て直すためには案を練らなければならない。

 いまとなっては、それも非常に難しい状況なのだが。


「他のメンバーを入れても、以前のようには……。」


「無駄、でしょうね。 ファルクスを追い出した時点で、私達の評価は固まってしまったわ。 私達と同等のジョブでない仲間は追放する、選ばれし者達のパーティなんだって」


 ジョブはその人の人生を左右する。

 選定の儀はいわば人生最大の賭けであり、希少価値の高いジョブを授かれば死ぬまで遊んで暮らせるようになるし、希少価値が低く需要もないジョブを授かれば働くことも難しい。


 大陸に数人と言われる勇者や剣聖、賢者や聖女に向けられるのは、羨望と憧れ、そして嫉妬と侮蔑。それらが入り混じった感情だ。

 そんな連中がひとつのパーティにあつまり、最初からパーティに所属していた冒険者を否応なく追放する。

 その行為が周囲にどんな目で見られるか。想像が及ばなかったのだ。

 

 結果的に人々から見た私達のパーティは、特別なジョブ以外は排斥する、お高くとまった勇者御一行として認識された。

 募集を掛けようとも誰も集まらず、それどころか街の中での評価も著しく下がってしまっていた。


「わたくし達は、取り返しのつかない過ちを犯してしまったのかもしれませんね」


 ティエレのたった一言は、全てを代弁していた。








 そして状況が改善することもなく、かといって非を認めないナイトハルトの行動で、私達の評価は落ち続けた。

 国からの最後通告も受けて背水の陣となったナイトハルトは、最後の賭けに出る。

 魔王の配下である魔将が支配する地域への遠征である。

 

 不安はあった。

 しかしファルクスを追い出してまで続けると自分に誓ったのだ。

 ここで止まれはしなかった。


 あの冒険者の後を継ぐためにも。

 世界を平和にして、ファルクスを守るためにも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る