第19話 剣聖視点
場所を酒場へ移動した私達は、運ばれてきた料理を前にしても重い空気を引きずっていた。
パーティ壊滅の危機に瀕しているというのに、料理だけで気分を切り替えられるほど純粋ではないのだろう。
周囲から刺さる冒険者達の視線にもプレッシャーを感じていることも原因の一つだろうが。
私達が難易度の高くないダンジョンから逃げ帰ってきたという情報は、この街中に広がっている。
どこにいても落胆と侮蔑の視線は避けられなかった。
「このまま失敗が続けば、いずれ国からの支援も打ち切られるでしょうね」
感情を隠すことをしないナイトハルトを見れば、広まっている情報が嘘でないことは一目瞭然だった。
その結果、勇者を支援している国からの援助がなくなる可能性も考えられた。
エレノスはミルクを飲みながら、小さく肩を竦める。
「僕への影響は書物がタダで貰えなくなるぐらいだ。 でもティエレにとっては大問題だろうね」
「わたしくは国の要請で、教会より派遣されています。 国からの支援がなくなれば、大聖堂へ戻らねばなりません」
「ここまで連携が取れていない上に聖女まで抜けられたら、もう立ちなおせないかもしれないわね」
事実、このままでは解散の危機でもある。
魔王討伐の大義を掲げているからこそ、国の息が掛かった施設を優遇してもらえるし、物資に関しても不便は殆どない。
加えて聖女という重要なジョブを持つティエレも協力をしてくれているのだ。
回復魔法が使えるジョブの中でも最高位である聖女を持ってしても苦戦を強いられるのだ。彼女が抜ければパーティがどうなるかは、考えるまでもなかった。
誰よりも魔王討伐にひたむきだったティエレは、手元のコップを覗き込み、肩を落とす。
「わたしく達に罰が当たったのでしょうか。 ファルクス様をパーティから追い出してしまった罰が」
「いいや、当然の結果だと思うよ。 僕達は致命的な間違いをおかしていたんだ。 アーシェは言ったよね、僕達は五人で一つのパーティだったって」
「そうね。 でもなぜ私達の連携が崩れてしまったのかは、分からないの。 きっとファルクスを追い出してしまったことが、その引き金になったと思うのだけれど」
致命的な間違いというからには、きっとエレノスは私達がこうなってしまった原因を理解しているのだろう。
それなのに私は感情的な意見で、ナイトハルトを納得させようとしていた。それでは感情的にファルクスを追い出したナイトハルトと同じではないか。思い返して、少しばかりの自己嫌悪に陥る。
その様子を見ていたエレノスは、少しばかり意地の悪い笑顔を浮かべた。
「アーシェは確証もないのにファルクスの事を信頼していたんだね。 いい関係だよ、君たちは。 世界が救われたら、きっと彼とやり直せるさ」
「そんな資格、私にはないわ」
「ファルクス様もきっとわかってくださるでしょう。 危険から遠ざけるための行動だったと」
「そんなの、言い訳よ。 どんな綺麗に言い繕っても、私が彼を見限ったことに変わりはないんだから」
幼い頃から共に育ち、共に鍛錬を積み、同じ夢へ向かっていた。
ファルクスとふたりで旅をした記憶は、今でも私の中で燦然と輝いている。
色褪せることのない、一生の宝物になるだろう。
それ故に、ファルクスを裏切った自分が許せなかった。
剣聖というジョブを授かった時、私は歓喜した。
これであの冒険者の跡を継ぐことができるのだと。
だがファルクスが転移魔導士となった時、不安に思った。
最弱と呼ばれるジョブを授かった事で、ファルクスが折れてしまうのではないか、と。
あの冒険者の跡を継ぐという夢が、ファルクスを壊してしまうのではないかと。
しかしそんなことはなかった。
いいや、それどころか私のジョブに合わせるために、より一層の努力を積んでいた。
嬉しかった。
そして何より、ファルクスはどんなジョブを持っていても、どうしようもなくファルクスなのだと実感した。
剣聖と転移魔導士。
周りに笑われることもあったけれど、ファルクスの隣に立っていれば、そんなものは気にならなかった。ふたりで戦っていれば、そんな笑いなんてそよ風のようなものだった。
でも、変わってしまった。
激闘が続き、不安が募る。
一撃でも受ければファルクスが死んでしまう。
そんな魔物も徐々に現れ始めた。
剣聖として、ファルクスは共に戦う仲間ではなく、守るべき対象に代わっていた。
思いあがったのだ、私は。
ファルクスは仲間ではなく、自分が守らなければならない、弱者と見下したのだ。
それに気づいたとき、どうしようもなくて、枕を濡らした。
私と共に戦う為に、彼がおこなっていた努力を踏みにじる行為だと知って、再び泣いた。
時は戻らない。
あの思い出の日々は、戻ってこないかもしれない。
共に旅をしたあの自由な日々は。
だが。いや、だからこそ。
「だから私が終わらせる。 魔王の好き勝手になんてさせない。 ファルクスを守るために、世界を守るわ」
せめてファルクスを裏切ってしまっても。
共に掲げた夢だけは裏切らないと誓った。
人々の為に戦う冒険者。いや、今は剣聖か。
この手で救える命があるなら、戦いをやめるわけにはいかないのだ。
だがエレノスは私の言葉を聞いて、苦虫を嚙み潰したように苦笑を浮かべた。
「まぁ、男が惚れてる女の子にそんなこと言われたら、男としてプライドがズタズタになるだろうけれどね」
「ほ、惚れてる!? ファルクスが、私に!?」
「まさか、気付いてなかったのかい?」
「アーシェ様。 修道院で育ったわたくしよりも純粋な心をお持ちなのですね……。」
まさかティエレにまで同情されるとは思わず、顔を背ける。
しかし、そうか。この感情は隠しておく必要がなかった物だったのか。
てっきりファルクスは、ティエレのような包容力のある女性が好みだとばかり思っていた。
その為に言葉遣いを少し変えたこともあったが、結局はファルクスに笑われたので戻したこともあった。
そんな過去の記憶に逃げ込みそうになり、脱線した話を押し戻す。
「そ、それはどうでもいいでしょ!? それより、さっきの話はどうなったの!? ファルクスがパーティを支えていたって話!」
「それはわたくしも知りたいのです。 賢者エレノス、ご教授願えませんか?」
熱くなる顔を仰ぎながら話の先を促す。
それにティエレも加わり、エレノスは少しだけ考えて、言った。
「このパーティがここまで崩れた原因は、もはや明確だよ。 ファルクスが僕達に足りない部分をカバーしていただけの話さ。 彼は僕達の誰よりも、有能だったのかもしれないね」
驚愕の事実を述べた賢者エレノスは、淀みなく蕩々と語り始めた。
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