役者

「ふぅ。以外と言っては失礼かもしれませんけれど、とても美味しかったですね」


ジゼルは、三角形に尖らせた白いハンカチの小さな接地面で口を拭いた。


「それは良かった!ほかの皆さまも、ここから先は二日ほど山道を行くことになります。存分に、英気を養って下さいませ」


「えぇーなんかもう帰りたくなっちゃったな」「・・・パフェ」

 

「そこを何とか!お願いします!」


眇め男は、すっかり下手にでて双子に媚びを売り、それからさっと席を立った。

釣られてセイムが立ち上がりすぐに出発の準備が整った。


「霧崎様、ここのお代金は、わたくしがお支払いいたします」


ジゼルが、腰に付けた旅ポーチから『クレジット』(教会が提供する決算方法に使われる端末)を取り出そうとすると、眇め男の目が両方ちゃんと正面を向いてそれを制止した。


「いけません!ここは、わたしに持たせてください!これでも年長者です。なにとぞ!」


「え?よろしいのですか?」


「はい!ぜひわたくしめに!」


「おじさんお金持ってなさそーなのにいいの?」「無理しなくていいんだよ?」


「いいんです!いいんです!」


片目眇めの男が腰の胴乱から、痩せた財布を取り出すのを見ると白猫は子供たちの背中をそっと押して店の外に押し出した。



『ありがとうございましたー!』



芝居がかった眇め男の両目には、微かに光るものがあったが、一行はことごとくそれを無視した。


道中、男は、過剰なまでに気を使って常に体調の不良が無いかを心配してはいたものの、幸いそのような症状が誰かに現れる事は無く、二日間の山道はあっけない程簡単に踏破され、目的地を知らせるように、男が立ち止まった。


その場所と言うのは、背の低い香草が絨毯じゅうたんのように一面に広がる泉だった。


「ここです・・・。皆さんありがとうございました」


男は、足首までの深さの澄んだ水の中を真ん中まで靴のまま進み、そこで跪いて水を一口飲んだ。


「ああ。美味い。皆さまも、この泉の湧き水は殆ど汚染されていない珍しい水です」


男がうずくまったまま、尚且つ、振り返らずに放った声は、木霊こだまのように木々の隙間を反響して2重にも3重にも聞こえた。


「セイムさん。見て・・・!この蝶々!」


しゃがみ込んだジゼルがセイムを呼んだ。


その、発見の喜びを押し殺した声に呼応して、彼もそっと隣に移動して身をかがめた。


ジゼルの指さす先には、泉の背の低い香草の小さな白い花の蜜を吸う黒い羽を持った蝶が音も無く舞っていた。


「・・・・この蝶」


じっくりと観察することで明らかになる小さな蝶の全貌にセイムは驚愕した。


その小さな蝶の漆黒の羽には、夜空に浮かぶ星々の銀河がまさに現れていた。


「いったい何なんですか?この蝶は?」


しばらくすると何処からか、別の蝶がやってきて、2匹は交わり、消え。


消えた空間から3匹の蝶が生まれその内1匹が消えた。


その様子を、寄ってきた双子と、白猫も食い入るように見つめていた。


「わかりません」


「わからない・・・・?」


セイムと、男は、お互いに目も合わさずに答えた。


「私は、『バグ』と呼んでいます。その蝶は、その蝶が、本当に意図してデザインされた物なのかすら、私にはわからないのです」


蝶の羽によって切り取られた空間の向こう側には、煌めく星の海が無限に広がっている。


それは、気が付くと消えてしまい。また発生し、美しくも、何処か恐ろしさを含んだ物でもあった。


男が、ぽつりとつぶやく。


「奴らがどこまで知っているのか。それが。それが問題なのだ・・・・」


「奴ら?」


「・・・・・!」


白猫が、両耳を素早く回して側にいた者を無理やり乗せて跳躍したが、一瞬遅かった。

周囲の緑が陽炎のように歪んで、そこから3体の機械人形がゆっくりと浮かび上がる。


「カゼハ!!」


力任せに伸びて来たアームにとらわれたカゼハに手を伸ばすが、当然クウコの手が届くことは無い。


「エイミー。よくやった」


現れた機械人形の目が禍々しく光り、その内の一機が話し出す。


「はーい。ダンチョー?ほかの奴らはどうするの?」


「よい、惜しい気もするがな」


「はーい」


カゼハを捕獲した機械人形が背部スラスターにエレメントをチャージし始めると、美しい泉はたちまちめくれ上がり、その巨体は宙に浮いた。


巨大な泡にとらえられたカゼハの声は、一切聞こえない。


反対の手には『霧崎・投げ』が姿勢を低くして乗っていた。


その目つきは、まるで猛禽のように鋭く、上空に逃れた誰もが、欺かれていた事を直感で理解した。


「ではな、諸君」

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