海底20000マイルパフェ

広大な麦畑を抜けるとその先は開墾中の平野だった。水路だけが引かれたその場所は、うっすらと青い草が生い茂るばかりで濃い土の匂いがする、切り株も石も片付けられるのはまだ先になるだろう。


線を引かれたように森になっている場所から、男が入っていきセイムたちもそれに続いた。


森林の中は、数多の生物の気配で満ちていた。数えきれないほどの木の裏側から、何かが、葉や枝を揺らす音が聞こえ、絶え間なく虫や野鳥の発する気配で埋め尽くされている。


そして、それらは決して姿を現す事は無い。


「同じ森なのに、僕たちの居た所とはかなり違いますね」


「ええ、なぜでしょう。・・・ほんとうに、不思議ですね」


男は、上着の内側から肩に掛けている胴乱から、オレンジ色の小さな装置を取り出した。


「それは、なんですか?」


セイムは、僅かに身を乗り出してその装置を覗き込んだ。


「ハンスヴァルター計数管です。この辺りは迷いやすいのでこれを頼りに進みます。皆さん、もう少しです、どうかはぐれないように付いて来て下さい」


『はい。』『はぁい。』




 木々の隙間から現れたそれは、かつてセイムが暮らしていたあの酒場に似た雰囲気を持ったものだった。


施設の周りは、小さな区画だけ森が切り開かれて、ミニチュアのように生き生きとした発色をして。


近くの馬小屋には、2頭の短足馬が鼻息を荒くして飼い葉を食んでいた。


「ここです、よかった。迷わずに着けました」


数人掛けのテーブルが一つ置いてあるウッドデッキが付いた、原木を重ねただけのような丸太小屋は、いまだに削りたての木の香りをあたりに漂わせていた。


正面の小川にかかる小さな橋を男が渡って、一足先に入り口の扉を開いて一同を招き入れるような所作をみせた。


「ねぇ、おじさん、ここ猫も入れるの?」


「どうぞうどうぞ。この世界の施設の殆どはの入店を許可しているはずです」


眇めの男は、顔色一つ変えずに答え、全員が中に入るのを確認すると蟻一匹はいる隙間の無い扉を静かに閉めた。


室内は、外で見た時の印象よりもずっと広く感じられる造りになっていた。


天井の梁には、2×3枚羽の木製シーリングファンが音も無く回り、アンティーク調の食器や、古い武器や、絵画が所々に飾られておりそれらは、全て飴色の鈍い輝きを放っていた。


「すてきなおみせ・・・」


「ええ。ほんとうに」



「いらっしゃい」


磨かれたカウンターの向こうにいる店主風の男は、白いバンダナに黒いTシャツ姿と言う、この世界には似つかわしくない妙にリアルな成りをしていた。


施設の規模や、立地の事を考えてもおおよそ趣味で成り立っているその店は、今現在、店主風の男のほかに若い女性の従業員2名の計3名で経営されているようだった。


二人の女性店員は、三角巾にダークブラウンのエプロンを纏い、珍しい客の来訪に過剰なまでに気を使った態度で一行を席に案内した。


「あたしステーキがいいな!」「私天ぷらうどんがいいかも」


客との会話を拒むように急に仕込みを始めた黒Tシャツの背中が一度びくついたのを白猫は見逃さなかった。


「申し訳ありません、私の仕入れた情報通りならばこの店には幻のメニューの他にはラーメンしかないのです・・・」


「そうなの?」「じゃ・・・。がんこ亭主のこだわりのお店なんだ」


「その通りでございます」


眇め男が、顔のパーツを中心に寄せ、唸るように言った。


「この、『海底20000マイルパフェ』とは、どのような物でして?」


ジゼルが差し込みのサイドメニューを見ながら口をへの字に曲げて何者かに疑問を投げかけた。


「・・・それは。・・・ご主人!」


眇め男は、すぐに楽器のような声で反応し店主を呼んだ。


「・・・今日は、品切れです」


「ふむ。やはりそうか。海底20000マイルパフェとは、その名の通り海底20000マイルから持ち帰った材料を使って作る幻の料理と言われております。故にわたくしも一度もお目にかかったことはありません」


片目眇めの男は、感慨深げに腕を組み頷いて、それから人数分の料理を注文した。


「本当は、客寄せのためのウソメニューなんじゃないの?」「この世界にはそんなに深い海あるんだ・・・。海底20000マイルまで行かなくても良いからパフェ作ってくれないのかな・・?」

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