火の力
湖の畔の浅瀬で例の魚は、手際よくさばかれた。
なんでも、鮮度が重要だと言う。
顎の下の2本の長いひげの間に逆さまについている鱗は、それ一枚だけがくすんだ黄金のような色をしていた。
はらわたも、鱗も丹念にぬめりを落とされた後、カゼハのクラスレジェンダリーエンシェントインフィニティチェストバック風(かぜ)に直接収められた。
魚全体の約半分がその日の夕食になり、残りの半分はクウコによって高い木の枝に掛けられて、それから間もなくして、あの巨大な鳥。
『オオダルマバト』が現れて、ここぞとばかりに連れ去った。
強烈な外見とは裏腹に、ウジシンリュウの身は柔らかく、分厚い皮と身との隙間についた脂肪のみで調理されたそれは、焼き物というよりもずっと揚げ物に近い一品だった。
切れ味の鋭い短刀で細かに切れ目を入れられた身は、加熱されることによって櫛のようにひだが立ち上がり、細かな隙間までも高温の油で揚げられたように香ばしく、どの向きから噛り付いてもサクサクと小気味のいい音を立てた。
昨夜からセイムの喉に骨のように引っ掛かっていたハーブの香りの正体は、『ミカエローズ』の香りだと。彼は、焼き上げられた魚の肉をひと口噛んだ時に気が付いた。
新たな味覚の発見と、忘れていた記憶が呼び起こされる感覚はどちらも、ひとしおだ。
思わず、食べた後の指まで少しだけぺろりと舐めてしまったほどだった。
その様子をたまたま目撃していたジゼルは少しだけ不機嫌そうな顔をした。
紙芝居の子供たちの中に一人だけ大人が混じっているかのように場違いなプレイヤーは、セイムにもジゼルにもまるで無関心で、魚の油を糧に今夜はひときわ良く燃えている焚火の炎を虚ろな瞳に映し出していた。
そして、昨夜あれだけ騒がしかった双子は、どこかに消え失せ。
お互いにしかわからない水の中の金魚ような会話を続けていた。
「火って。あったかい。火って」
ひとりごとのように、ぼそぼそと垂れ流された言葉に、セイムは何と答えればこれ以上この人間を孤立させずに済むのか無言のまま考えていた。
「すごい」
その孤独な姿は、静かに燃える炎に照らされて焼かれているようでもあった。
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