Tree of slow life

「さ、セイムさん。今日のスープは美味しいですよ?」


「はい・・・ありがとうございます。ジゼルさん」


ジゼルは、剣を捨てた。


何処にあるかもわからない深い森の山岳地帯の湖のほとりの、とてもとても大きな木のうろ穴がセイムたちの住処だった。


この世界での過ごし方は、プレイヤーそれぞれの自由で、現実の世界と異なり。普段は考えない他人の事を考えたり、その逆の事をしたり出来る。


ここに住むようになってから何サイクルか経つかもしれない。腕の傷が何らかのきっかけで痛むたびに思い出すのはドロシーの事と、深い森の向こう、遠くを飛ぶ浮きシップやグライダーの極僅かな騒音にさえ兎のように怯えるジゼルの姿だった。


「ジゼルさん。明日の魚は僕が釣ってきます」


テーブルは朽ちた木の切り株で、椅子は手頃な石に木の繊維で編んだクッションを乗せた物だった。


「それなら、私も付いていきます」


「薪も僕が取ってきます」


「それも、付いていきます」


「たまには、休んでください」


「大丈夫です、疲れていませんから」


木をくりぬいた食器はすっかり手になじみ、持つ場所も決まっていた。


空になったお互いの食器を洗おうとジゼルの食器に手を伸ばすと、いつもの様に制止され彼女は鼻歌を口ずさみながら、二人分の食器を持って外に向かった。


「スープとてもおいしかったです、ご馳走様。ジゼルさん」


「はい、セイムさん」


この森の夜は真っ暗だ。


生い茂る木の枝や葉っぱが月の灯りすら隠すから。

辺りは、暗闇に包まれて。フクロウのような鳴き声が時折聞こえるだけだった。

ほとんど毎日聞いているその鳴き声の正体が鳥なのか、はたまた獣なのか名前はおろか姿すら、わからない。


そしてこの日もセイムは、目を開けたままじっとうろ穴の入り口に掛けられた揺すり草で編まれたカーテンを眺めていた。


もしかしたら、眺めているのはテーブルの方かもしれないし。もしかしたら、ジゼルの方を眺めていたのかもしれない。


暗闇では、方角など曖昧で確認する術はないのだから。


しかし、今日に限っては、セイムは正しく入り口の方を向いていたことが証明された。


それはなぜならば、揺すり草のカーテンの隙間から眩しい程の光がうろ穴の中に鋭く漏れていたからだった。


「・・・・なんだ?」


セイムは慌てて飛び起きて揺すり草のカーテンを持ち上げ外の様子を確認した。


夜の森は、光に照らされるべきではない。


子供を喜ばせるための人形劇の裏側や、しゃべるぬいぐるみの正体などと同じく、出来る事なら永遠に暴かれるべきではない。


遠くの空で眩むような強烈な光を放つ何かは、禍々しく不気味な感情をセイムに与えた。


「セイムさん?どうしたの?」


いつの間にかジゼルが起きてきて、今まさに外に出ようとしていたセイムの袖を引いた。


「あした、釣りに行くのでしょ?薪拾いも。もう、休みましょ?ね?」


「・・・はい」


寝床に戻るまでの短い間に、空も、森も、うろの中も、落ち着きを取り戻し。何事もなかったかのようにすっかり元に戻っていた。


「少し、冷えるようになってきましたね。今度獣の革で上着を作りましょ?」


「はい」

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