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 しかし彼らの心配をよそにリアは特に焦った様子もなく、真実を告げた。


「ですが“リンシア王妃は体調を崩して静養中”ということになっているはずですから心配は無用かと」


「――身代わり、か」


 策士の顔を見せるリアにノワールは瞬時にそれを理解する。するとリアは静かに頷いた。


「王妃は城から出ることを許されていません。もし皆の目を欺き、城から抜け出したなどと知れたらどうなることか」


 そんなことを想像するのも恐ろしいが、一つ確かなことがあるとするなら、王妃と共にいるノワールやエルは真っ先に王妃誘拐犯として拘束された後、殺されるだろう。

 どちらかと言えば自分は連れてこられた側だというのになんと理不尽な仕打ちだ。――というぼやきが冗談で済まされないのが末恐ろしいところである。


「なんでわざわざ王妃様自ら動いてんだよ、正気か」


「――それだけ、今のロディオスに任せられる人材がいないということです」


 リアの表情が曇る。切なげな顔が想うのは王様のことだろうか。


(……ま、今更殺されるのも癪だしな。とにかく無事に帰せば問題ないんだろ)


 これはなんとしてもリアを無事無傷でロディオスに還さなければならない、とノワールは誰にも気付かれないようそっと溜息をこぼした。

 と、リアは突如視界に入った人物の姿に戸惑うように首を傾げる。今まで気配を消したように黙り混んでいたエルが心底泣きそうな顔をしてリアを見ていたのだ。


「エルくん、どうかしましたか」


 リアが近寄るとエルはぐっと結んでいた唇をそっと開き弱々しい声で尋ねる。


「リアさん、おひめさまだったんですか?」


「え、あ……黙っていて申し訳ありません」


 衝撃の事実にエルは混乱していた。

 当たり前だ。今の今までリアはノワールの想い人で、二人は良好な関係を築きつつあると思い込んでいたところに、なんとリアには既に生涯を共にすると誓った伴侶がいることが判明したのだ。ノワールの表情にこれといった変化は見られないが、きっと心中はとてつもない悲しみに打ちひしがれているに違いない。

 二人が結ばれることを全力で応援していただけに、エルが負ったショックは大きかった。なぜなら、リアに伴侶がいるということはつまり――。


「じゃあじゃあ、リアさんはノアさんとは結婚できないの!?」


 エルは保護者の心の声を代弁するかのように叫ぶ。すると純粋な少年の切実な顔と声を目の当たりにしたリアは動揺を露に少年の名を呼んだ。

 食器をひっくり返してしまいそうな勢いで跳ねたリアは面を剥ぎ取られたかのように端麗な顔を真っ赤に染め上げて、真ん丸に見開いた瞳にエルを姿捉える。

 予想もしていなかった言葉に本気で動揺していた。そしてそんなリアの動揺とは対照的な反応を見せたのがノワール。


「おまえはまたなんつうことを考えてんだよ」


 初対面のときからエルのリアに対する懐きようには疑問を覚えていたがまさかそんな事を考えていたとは。

 子供心は理解不能だとノワールは呆れ気味に呟いた。


「だってえ」


「ばっかだなオチビ。国王の妃と結婚なんかできるわけねーだろ?」


「でもぉ」


 フォルテの言葉が追い打ちをかける。見るからに落胆の色に染まったエルにリアはなんと声をかけたらいいのかわからず困り果てた。

 ここで自分が宥めの言葉をかけるのは違う気がするが、他に思い浮かぶものと言えば謝罪くらいしか思いつかない。

 しょぼんと俯いてしまったエルになんと言ったらいいのかと狼狽えていると、おもむろに顔を上げたレキがノワールとリアを見比べた。


「あの……というか、どうして二人が一緒に?」


「へ? あ、ほんとだ。言われてみれば」


 全く接点のない組み合わせだ。

 当然と言えば当然の疑問だろう。


「こいつが俺に会いたい一心で潜伏先突き止めて押しかけてきたの」


「変な言い方をしないでください」


 事実を簡潔に告げるとリアが真っ向抗議する。


「あ? 事実だろ」


「あなたが言うと全く違う意味に聞こえるんです」


「へえ? “妃殿下”は一体何をご想像されたんだか」


「っ~~~~」


 頬を染めて恥辱に耐える少女を見てほくそ笑む。いくら澄ましていても感情を隠しきれない幼稚さが残るリアをからかうのはとても愉快だった。


「へ? え? どゆこと?」


 二人のうち一人は目に見えてわかるほど大量の疑問符を浮かべていたが、もう一人は違う。

 真意を問うような視線をぶつけてくるレキに、凄む姿も貫禄が出てきたではないかと感心する一方、逃げられない何かを感じて苦笑する。昔は自分の言うことに従うしかできなかったくせに随分成長したものだ。


「――怖いもの見たさ」


「「は?」」


 二人の声が仲良く同時に放たれる。


「いやなんか俺に会いたいっつうヤツが王宮で待ってるらしいから、だったら会いにいってやろうかなーって思って」


「はああああ!?」


 その瞬間、フォルテは今日一番の声を上げた。


「何言ってんの!? アニキ自分の立場わかってる!?」


「あ? なんだと?」


 辛辣な物言いにノワールはグッと眉を顰めるがフォルテの勢いは止まらない。

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