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 シルフィードとアルミナの間に後継者となる王子が授からなかったこと、そして彼がアルミナ以外に妃を儲けなかったことで次世代の王が誕生しなかったことから王族の血が絶えることを酷く危惧した臣下が、とにかくより多くの子孫を残してもらわなければならないとクラウドの即位後、次々と名のある国の姫を王宮に迎え入れては妃にしているという皮肉のような噂を耳にした記憶があったがまさか彼女がそのうちの一人だとは驚きだ。

 それも三番目ともなると完全に妾妃ではないか。


「ふうん。それで“リア”、ねえ?」


「っ――なんですか、その目は」


「いや別に?」


 自分だって偽名を名乗ったくせに、と言いかけたリアだがフォルテとレキがいる手前、下手なことは言えずグッと堪えると、含みのある視線から逃れるみたく顔を逸らした。

 そんなリアを『お、堪えた』と思いながら構っていたノワールだが、そういう彼も顔に出さずともそれなりに動揺していた。

 王族関係者というのは判明していたがやけに国の内情にも詳しいことから国王、もしくはシルフィードの側近やそこに近しい人物だろうと思っていたため、まさかその正体がロディオスの妃とは思いもしなかった。

 そもそも大国の妃が護衛もつけずに城の外に出ること自体まずあり得ない。そのため妃というのは予想の候補にも入れていなかったのだ。

 しかし本当にリンシア王妃なら、一体どうやって王宮を抜け出してきたというのだ。

 彼女は王宮の人間から命を受けて自分一人で動いてると言った。だが妃が城から脱走したとなると今頃王宮は大混乱に陥っているはず。

 ノワールを連れて何事もなかったように戻ったところでなんのお咎めもないとは考えにくい。


「あの、王妃様……なぜ、このようなところに、あなた様のような方が……?」


 一足早く混乱から抜け出したレキが恐れながら尋ねると子供のようにノワールから顔を背けていたリアが向き直る。その顔はまるで仮面でも貼り付けたかのような微笑に変わっていた。


「お久しぶりですね。フォルテ・リゼ、レキ・サーチェス。といっても実際にこうして顔を合わせて言葉を交わすのは初めてですが」


 少女が妃に変貌した瞬間だった。目を合わせるのも恐縮してしまうほど高貴さを纏い、言葉を放てば空気が震える。見事な変貌にノワールが感心しているとまたしてもあの男がやらかす。


「そりゃそうっスよ! オレらみたいな一介の騎士風情がお妃様と軽々しく話するなんて恐れ多くてできるわけない――」


「フォルテ」


 制止を促すようなレキの声にハッとしたフォルテは再び自分が地雷を踏んだのだと指摘されて初めて気付く。


「す、すんません」


「……相変わらずだな」


 大きな身体を小さくした男が子犬のような瞳で許しを請う姿にノワールはただ呆れたよう返した。

 悪気はないのはわかっているが今のは思い当たる節があるノワールにとって耳の痛い話である。だが目に見えてわかるほど、しゅんと項垂れる姿を見てしまっては一瞬芽生えた怒りもすぐに収まる。


「実はわけあって身分を隠しているのです。ですからここでは妃と呼ばないでくださると助かります」


「そう言われましても……」


 二人は困ったように顔を見合わせる。

 民にとって王族は神にも等しい存在。崇拝対象と言葉を交わすなどと烏滸おこがましいことこの上ない。

 身分の差も気にせず気軽に大国の国王や王妃に口をきける命知らずなどいない。――かつて彼らが所属していた部隊の隊長以外。

 二人の言わんとすることを察したのか、リアは眉根を下げると仕方ないというように吐息をついた。


「では少々心苦しいですが、命令と言えば従ってくれますか?」


「そういうことなら喜んで!」


「フォルテ!」


 おまえ正気か、とレキは目を見張る。


「仕方ねーじゃん。妃殿下――じゃなくて、リンシア様の命令なんだし」


「できればリアとお呼びください。あと敬称も不要です」


「え? マジっスか?」


 パァッと目を輝かせたフォルテにレキが拳を振り下ろす。


「い゙っっでぇえ! 何すんだよバカ!」


「おまえはアホか! いいわけないだろう!」


「だからって殴ることないだろ! ジョークだっつうの!」


「相手を考えて発言しろ!」


「はいはいおまえらうるせーから静かにしろよ」


 見兼ねたノワールが仲裁に入ると二人は押し黙る。男たちの激しいやり取りの一部始終を目にしたリアは動揺しながら自分が軽率だったと反省するが、そうするとまたレキが自分たちなんぞに反省の意など述べないでくれと続けるため一向に話が纏まらない。

 結局はエルがそう呼んでいるからと二人には“リアさん”と呼んでもらうことで収束する。


「それで、その……護衛、とかってついてないんスか?」


「私一人です」


「はあっ!? え、ちょっ――それって、つまりお忍びってことっスよね? リアさんが城から抜け出してこんなとこにいるってわかったら国中大騒ぎじゃないんですか?」


 大騒ぎどころではない。ロディオスの王妃がオルタナの了承も得ずにオルタナの地にいることが知られたら外交問題だ。下手すれば七年前の内戦での逆になる可能性は充分にある。

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