45

 無かったことにしようとしていたはずの話題を蒸し返されてノワールは言葉に詰まった。

 エルは難しい話だからと口は挟まなかったものの突如会話に出てきた知らない人物の存在が気になったのだろう。

 なんと言って説明してやろうか迷う。言ってもどうせエルにはわからないことだ。それ以前に、あまりその話題には触れたくない。


「……何考えてるかわからない、世にも恐ろしいヤツだ」


 悩んだ末、ノワールは結局自分の記憶に残る印象をそのまま告げた。

 ――間違っていない。間違ってはいないのだが。


「ぶあっははははは!」


 案の定。ノワールの説明を聞いていたフォルテは何がツボに入ったのかゲラゲラと腹を抱えて大笑いしている。


「いやいやあの人が考えることなんて一つしかないでしょ! それにわけわかんなくなるのもいつもアニキが絡んだときだけっスからね!?」


「だから厄介なんだよ」


 あれに気に入られたとき、どけだけ己の運の悪さを嘆いたことか。

 普段は申し分ないほど優秀な人物なだけにノワール絡みになると途端に豹変するのだから手に追えない。あれはもう一種の病気と判断してもいいだろう。

 だが仲間内でのみ通用する簡単な説明では当然エルが理解できるわけもなく、黄玉色の瞳はなおも強い視線を向けてくる。


「気にするな。昔のことだ」


 全ては過去のことだと告げ、探求心に沸いた視線から逃れようとくしゃりと髪を掻き乱してやると、そんなノワールの思考を察したのかエルは「はい」と笑った。


「つか、さっきからずーーっと思ってたんスけど」


 そう呟いたフォルテは気味の悪い笑みを浮かべていた。これはまた何か良からぬことを言うつもりなのだと察した直後、それは放たれた。


「アニキもとうとう父親になったんスねー!」


「あ?」


「いやーそうだよなー、あれからもう七年も経ってんだもんなー。当時オンナいたのってロレンツォさんくらいだったっしょ? まああの人は歳だったから置いとくとして、やっとアニキにイイ人ができてくれてオレ嬉しいっ!」


 気味悪く緩んだ顔が順番に見るのは、行儀よく口に入れたものを咀嚼するエルと、三人の話をひたすら静観しているリア。


「正直アニキはアルミナ様以外の女は無理なんじゃないかって思ってたんですけど、余計なお世話だったみたいっスね」


 ――本当に余計なお世話だ。

 何をどう見てその解釈に行き着いたのかは知らないがどうも雲行きが怪しくなるのを感じ取る。この男はまたしても折角戻った雰囲気をぶち壊すような事を言うつもりなのだ。


「えらい綺麗な嫁さんじゃないっスか! しかも若い! 顔とかなんかこう、どことな~くアルミナ様の、おもか、げ、が……」


 途端、しんと静まり返った部屋でフォルテの口から空気が抜ける音がした。

 ――言った。言ってしまいやがった。

 またしても口を滑らしてしまうのではないかというノワールの不安は、見事的中してしまった。


「えええええ?!」


「ばか、よく見ろ。別人だ」


 それはもう面白いほど盛大に驚愕するフォルテに冷静な突っ込みをいれたのは勿論レキ。


「べ、別人!? いや確かに髪の色は違うけどっ、いやでもまんまじゃね!?」


「口を慎め。彼女に失礼だ」


 アルミナがこの世にいないという確かな事実を知るからこそリアを別人だと言い切ったレキはフォルテを叱責する。だが元はレキもフォルテ同様にリアをアルミナと見間違えたのだろう。再度確認を取るみたいにちらりとリアに視線を向けると「それに」と続ける。


「例えるならアルミナ様よりリンシア様の方、が…………」


 するとそこまで言いかけて、今度はレキが言葉を失った。

 二度目の静寂が広々とした部屋を襲う最中、フォルテ、レキ、リアの視線が交錯する。

 ノワールが酒瓶片手に三人を交互に見ていると、男二人はみるみる青ざめていき、リアは不自然に目が泳ぐ。

 と、次の瞬間。一斉に空気を吸い込んだ二人は今までにないくらいの動揺を露に、目の前のリアに人差し指を向け、そして叫んだ。


「「リンシア様!?」」


「お、お静かにっ! お二人とも声が大きいです!」


 派手な叫声に驚いてそれまでの冷静さから一変、慌てて口元に人差し指を当てたリアは二人を黙らせようと身振り手振りで必死に訴える。


「“リンシア”?」


 混乱状態のフォルテとレキ。動揺に揺れるリア。そしてぴたりと手が止まったエルを前に、今度はノワールの思考が置いていかれる。

 二人の口から出たのは聞き慣れない名前。だが全く覚えがないわけでもない。どこかで聞いたことのある名前だった。だがどこで?

 曖昧な記憶を辿るが全く出てくる気配がない。するとそんなノワールを答えに導いたのはフォルテだった。


「リンシア・モナ・ロディオス様っスよ! アルミナ様と同じカルデアのご出身でクラウド陛下の第三王妃!!」


 知らなかったのかと大声で言い放たれて思考を巡らせること数秒。


「……ああ」


 ノワールもようやく思い出した。

 シルフィードの実弟にしてロディオスの現国王陛下。ロディオス国第六八代王クラウド・ディ・ロディオスには二十五歳にして三人の妃がいる。その一人、第三王妃の名がリンシア・モナ・ロディオス。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます