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 エルは目を輝かせながらフォークで突き刺した肉をパクリと一口。


「っ~! ノアさん! このお肉おいしい!」


「よく噛めよ」


「もう、子供扱いしないでくださいよ!」


 わかってますよと唇を尖らせるエルだが言いつけ通りしっかりと咀嚼する。そんな様子を横目にノワールはグラスに注いだ上質な酒を堪能する。

 あれから少しして、ばつの悪そうな顔をして戻ってきた二人を見て、結果を察したランシェは怒りを含んだ顔で手に持った煙管を二人の頭に振り下ろすお仕置きを与えると宣言通り減給処分を言い渡したのだった。

 そして只今、食い逃げ犯扱いをしたお詫びにとランシェ・メイを女主人とする高級娼館・ローレライの一室にて、ノワール御一行は手厚いもてなしを受けていた。


「しっかし、まさか本当にアニキが生きてるなんてびっっっくりっスよ!」


「本当に本物……なんですよね」


 減給通告を受けた可哀想な元部下二人と一緒に。


「悪かったな。死に損ないで」


 さっきからまるで死人か亡霊のような扱われようにうんざりしながらそう返せばフォルテは盛大に笑いながら大袈裟に手を振って否定してきた。


「いやいや、そういう意味じゃないですって! なあっ!?」


 同意を求めるように視線を向けた先にいたレキは即座に「ああ」と頷く。


「寧ろこうしてまた再会することができて本当によかったです」


「そうそう! もうどこ行ってもアニキに関することといえば亡命か死亡説しか聞かねーし、オレらがどんなに涙に明け暮れたことか!」


「…………」


 こいつが言うとどうも嘘臭く聞こえるのはなぜだろう――。

 疑いの眼差しを送れば、なんですかと言わんばかりの能天気な笑顔が返ってくる。それが余計に神経を逆撫でする。

 それにしても誰が広めたのかは知らないがどこに行っても死亡説とは失礼な話だ。生きてることが知れて変な連中に付け回されるのも御免だが、これはこれで気分が悪い。


(ま、死んでた方がまだ都合がいいか)


 どうせ国民のなかでジョーカーは凶悪犯罪者だ。死んだと思われてさっさと忘れ去られた方が都合がいい。実際ノワールのなかでもジョーカーは死んでいたのだから。


「アニキは知らないだろうけどあのあとすんげー大変だったんスよ」


 調子を良くしたのか、当時の思い出を話し始めようと声を上げたフォルテは今から語られるであろう話の内容を察した数人の身体が緊張で強張ったことになどまるで気がついていない。


「アニキの姿が見当たらないなーとか思ってたら突然陛下がアニキを投獄したって話が回ってきて、慌ててガンボルト隊長やロレンツォさんたちが陛下のとこにいったんだけど、あの人こっちの話なんか聞く耳持たずでアニキは反逆者だ、の一点張り。そしたら今度はアニキが脱獄したって騒ぎになって、結局詳しいことなんも聞かされないまま箝口令かんこうれいだけ敷かれてジョーカー部隊は即刻廃止。ただでさえ後処理やら何やらで大混乱だったってのに、もうオレらは何がなんだかワケわかんなくて。――おまけにあの人!」


 そう続けられた言葉に、ノワールの酒を運ぶ手が止まる。


「アニキが消えた途端狂ったように豹変しちまって、投獄した反王政軍の尋問中少しでもアニキのこと悪く言う奴は片っ端から撃ち殺しちまうもんだから、おかげでなかなか証言取れなくて話はますます拗れるわ周りは怯えるわでもうてんやわんやっスよ!」


 撃ち殺す――、その言葉に該当する者は一人。

 現在では剣に次いで主流となりつつある銃も、その難易度から当時は栄えておらず、ロディオス騎士団に銃を主武器とする者は少なかった。そんな中でジョーカー部隊では唯一、銃を主武器として戦う者がいた。


「オレらにはあんだけ口うるさく私闘厳禁だって言うくせに自分はやっちまうんだもんなー」


(あいつならやりかねない)


 脳裏に浮かんだ人物に己の顔が険しくなっていくのがわかる。

 殺人鬼のような冷酷な瞳で額に銃口を当て、一切の迷いもなく引き金を引く。そのときの光景がまるでその場で見ていたかの如く容易に想像できることにノワールはなんとも言えない気分にさせられる。


「駆けつけた連中ごまかすの大変だったんですから。アニキがいなくなってからあの人ほんと狂ったように歯止め利かなくなったよな。挙げ句、突然――」


「おい」


「へ?」


 話を遮ったのはレキだった。彼の呼び止めにふと我に返ったフォルテはそこでやっと事態を飲み込めたらしい。

 皆が食事の手を止めた部屋の空気が極端に重々しくなったことに気付かされたフォルテの目は瞬く間に見開かれていく。


「あ……えっと、すんません、オレ余計なこと。つか飯の席でこんな話……」


「いや、事実だ。世話かけたな」


 正直心地のいい話ではなかったがこれから祖国に戻るとするのだ。その辺の事情も知っておいて損はない。

 それにやむを得なかったとはいえ結果的に全てを投げ出して去った形になったのはノワールにも責任があるといえる。


「いやいやオレらのことなんて気にしなくていいんですよ。しかし陛下も突然何とち狂ったこと言ってんだって話っスよ。アニキが反逆者だなんて、そんなのあるわけないってのに」

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