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 ガギィィィィン!!


 金属が激しくぶつかり合う音に耳がざわつく。

 眉を顰めるノワールの耳に届いてきたのは、まるで自分を嘲笑うかのような胸糞悪い高笑い。


「おにーサン、散々イイ思いしといて金払わないとかないぜ?」


「外道め。斬られても文句は言えないな」


 大剣に受け止めたのは二種類の剣。まず双剣の使い手がそう挑発してくるともう一人の男も切っ先が鋭く尖った細身の剣にぐっと力を込めながら蔑むような視線と声で告げてきた。


(用心棒か)


 娼館は上客も多ければ面倒な客も多い。女や店主で対処しきれない場合はこうした腕自慢の用心棒が出番なわけだが、それにしても――。

 普通は拳を出す前に大人しくさせるため、強面のいかつい熊のような男が好まれる役職なのだがこの用心棒は随分と若い。

 息の合った同時攻撃。双方共になかなかいい腕をしている。

 ――しかし。


「まだしてねえよ」


 感情を抑えるように静かに返せば顔を上げた双剣使いと目が合う。その刹那、男が目玉をひん剥いた。


「っ!? う、そ」


「たい……ちょ、う!?」


 もう片方の男も同様に驚いている。その姿はまさに絶句。だがそんなことノワールには関係ない。


「うりゃああああ!!」


「「うわっっっっ!?」」


 二人分の剣を受け止めたノワールが剣を薙ぎ払った瞬間、男たちは吹き飛ばされ数メートルほど地面に引き摺られた。が、直後。ノワールはふとした違和感に首を傾げる。

 集中しすぎて聞き逃しそうになったが、隊長と呼ばれた気がした。それに耳に入ってきた声が妙に記憶の奥底を刺激する。

 違和感の正体を追うように見れば、二人の男は倒されたことに怯んだのも束の間、即座に顔を上げると、心底驚愕したようにノワールを凝視していた。


「あ、あああああにき!? 本当にアニキなんですか!?」


「あ、あしは……、」


「ああああああある!! 脚ちゃんとついてる!!」


 刃を交えた相手を幽霊扱いするとはなんと失礼な奴らだと躾のなってない用心棒を見下ろしたノワールは、その顔に見覚えがあることに気づく。

 小生意気そうな双剣使いの青年と、それと対照的に多少驚いてはいるが比較的落ち着いた雰囲気を漂わせるレイピア使いの青年。


「あ? おまえら……フォルテ、に……レキ、か?」


 十年前。精鋭揃いの実力派部隊に所属していた当時十六歳のノワールを隊長とする新たな部隊を結成することが王命により決定した。

 王が一介の騎士のためだけに新たな部隊を作らせるのは王立騎士団発足以来初の事例だったが、国がノワールに寄せる信頼は厚く、異議を唱えるものは誰一人としていなかった。

 そうして設立されたのがロディオス王立騎士団第0部隊、通称ジョーカー部隊。その人数は僅か七人。

 それでも人並外れたノワールの戦闘能力についていける者だけを集めた彼らの存在感と強さは圧巻だった。

 その凄さは、戦場の最前線を担う過酷な部隊であるにもかかわらず、ロディオスの騎士が皆、第0部隊に入ることを目標とするほど。たった七人だけの特別部隊は異彩を放っていた。

 その部隊を結成するとき、ノワールが自ら視察しメンバーに選んだ若き騎士の二人が、当時十四歳だった騎士学校を卒業したてのフォルテ・リゼとレキ・サーチェス。


「アニキ? ほ、ほんとにアニキなの!?」


 容姿に若干の時の流れを感じさせるが、彼らは当時ノワールの直属の部下だった男たちに間違いない。


「あーにーきーーッッ!! 生きてたんですね! すげえっ! オレまじ感動っス!!」


 リアよりも色味の強い金髪は肩にまでかかってないにしろ最後に見た頃より随分と伸びたように思える。

 双剣を腰の鞘に戻した小生意気な青年、フォルテがロディオスの人間に多く見られる青みがかった瞳を輝かせながらノワールの元へ駆け寄ってくる。が、寸前で立ち止まったその顔は見る見るうちに苦渋に歪んでいき。


「でもまさか、天下のジョーカーが……食い逃げだなんて! 落ちぶれるにも限度があるっスよおっ!」


「だからやってねえって言ってんだろ」


 ゴンッ、と頭に拳骨を食らわせると元気な声が「い゙でっ!」と叫ぶ。

 どうやら人懐っこく生意気な性格は健在らしい。


「ノワール、さん……」


 フォルテに遅れながらレキもまた近寄ってくる。

 異国の血が混ざった黄水晶シトリンの瞳をした上がり目に、左目の目尻にはホクロが一つ。間違いなくレキだ。

 あの頃はまだ幼さが残る中性的な顔をした美人顔だったが爽やかに刈り上げられた短髪と、細身についた逞しい筋肉、ノワールの方が見上げなければならないほど伸びた背をした青年に当時の面影は感じられない。

 男らしく成長したレキの疑心に歪む顔を見返す。懐かしい顔を二人も前にして一気に当時の記憶が掘り起こされる。


「――よォ、レキ。しばらく見ない間に男前になったじゃねぇか。てかおまえ背伸び過ぎだっつーの。なに生意気に俺よりでかくなってんだよ」


 ニカリと笑えばレキは驚いたように目を見張る。その瞳には涙が溢れていた。


「あ……あの、俺……」


「ちょっとあんたたち」


 七年ぶりの感動的な再会を阻むかのように、高圧的な声は三人の脳天を貫く。

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