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「一応確認ですけど、以前にも似たようなことがありましたか?」


「あるわきゃねーだろ。こんなこと二度も三度もやってられるか」


「……そうですよね」


 キーラの意識が戻ったら真っ先に商人について聞き出さなければならない、と思考を巡らせていたときだった。


「――きたか」


 複数の足音がこちらに向かってきている。

 ノワールはすぐに治安維持部隊が鎮圧に来たのだろうと予想がついたが、そこへ行き着くまでの経緯を知らないリアは誰が来たのだろうと首を傾げていて。


「ったく、おっせぇんだよ。しかもこんな面倒なときに来やがって」


 タイミングが悪いと悪態つくノワールの考えが読めずにいると不意に目が合う。


「いくぞ」


「え、なんで――」


「治安部だ。顔見られると困るだろ」


 初めて会ったとき、リアはやけに治安部を警戒していた。あのときはそれが謎だったが、今はその理由わけが何となくわかる気がする。


「こっから離れんぞ。早く来い」


 そう告げるなりエルを連れて走り出したノワールの後を追うが、一度足を止めると振り返る。


(これが、ロディオス最強の騎士の力)


 改めて無惨な姿と化した観覧席を目に焼きつける。

 戦場から離れて数年の時が流れても並外れた戦闘技術は健在。聞いてはいたが想像と実際に目にするのとでは受ける衝撃の度合いが全く異なる。

 身を翻し軽くドレスを持ち上げると二人の後を追うように駆け出し、その場を離れる。

 治安部が現場に到着したのはその直後だった。


 どのぐらい走ったか、立ち止まった場所にも人の気配は感じられない。この辺りの住民も皆祭典の見物で出払い、あの混乱でどこかに避難したのだろう。

 リアは乱れる呼吸を整える。すると不意に広場の方を見つめるノワールの顔が視界に入った。


「最悪な祭りになっちまった」


 伝統ある祭典なだけにあそこまで派手にやらかしてしまえば主催側への批判は免れないだろう。それ以上に今回の騒動がベルを求めるあまり招いた悲劇だと判明すれば今後祭典の存続も危ぶまれる。

 そうならないために依頼されたというのに、ノワールがやったのは結果騒ぎを大きくしただけだった。

 遠くを見るノワールの様子を窺いながらリアは宥めの言葉を探す。


「あなたのせいではありません」


 これはノワールのせいでも、そしてキーラのせいでもない。真に責められるべきはあの首飾りをキーラに渡した人物だ。


「ああ」


 くしゃりと髪を掻き上げた彼の表情から影が消えたのを確認してほっと肩を撫で下ろす。

 裾についた砂を払ったリアはずっと堪えていた溜息を洩らすと苦笑気味に笑った。


「バレッティアに来てから逃げてばかりな気がします」


「奇遇だな。俺もだ」


 その言葉にリアは、特に指摘されたわけではないにしろ、遠回しにおまえのせいだと言われているように感じた。無理もない。何せリアがここへ来なければノワールはこの先も平穏な生活を送ることができたのだから。


「疫病神とでも思われているのでしょうね」


「あ、なんだ?」


 ポツリと呟いた声はノワールの耳に届かなかったらしく聞き返されたリアは何でもないと首を振ってごまかした。


「それはそうと、治安部の方に事情を説明しなくてもよかったのでしょうか。悪いことをしたわけではないのですからきちんと事情を話して真摯に向き合えば納得してもらえたのでは? 逃げてしまえば真相を知ったときにますます怪しまれてしまうと思うのですが」


「バーカ何が真摯に、だ。全員ぶっ倒れてるなかで俺たちだけ無傷で立ってんだぞ。どんだけ説明したって結局は疑われて拘束されるのがオチなんだよ」


 魔石の力でキーラが暴走したなどと話したところでそんな夢物語を誰が信用するものか。

 それに先に仕掛けてきたのが向こうだったにしろ大の男が複数倒れてるなか、男一人と女と子供が無傷で突っ立っていれば治安部が目をつけるのは間違いなく無傷の方。

 正直に話しても結局信じてもらえず説明すればするほど話が拗れて結局むだに牢に入れられる羽目になるのだ。


「それに俺の場合、純粋な被害者ってわけにもいかねぇだろうしな」


 加減ができなかったせいもあるが少々暴れすぎたと反省したのはあの惨状を目にした後。

 暴れていたときは気付きもしなかったが周辺には結構な血飛沫が飛び散りなんともおぞましい光景が広がっていて、やり過ぎたと思った時既に戦闘は終わってしまっていた。

 果たして治安部があれを自己防衛の域と認めるか否か。


「兵のことを本当によくご存知なんですね」


「何が言いたい」


 さぁ、と小首を傾げてとぼけるリアの白々しい仕草にノワールが乾いた笑みを放つ。


「私の勝ちです」


 ベル・フローラ祭で優勝する。

 それがジョーカーと会わせる条件だった。


「ノワール・ハルヴィン。――いいえ、ジョーカー」


 彼らの他にこの声を聞く者はいない。

 切り出すなら――今。


「私と共に、ロディオスに戻ってください」


 ジョーカー。聞き覚えのない名前にエルの顔がきょとんとしたが敢えてそれには触れないようにリアはノワールだけを直視する。

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