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「病に侵されているのは事実であり、その命の灯火は限り無く死への道を辿っていると言えますが」


 リアは言った。


「あなたがロディオスの地を去った二年後。アルミナ様がお亡くなりになられて間もなく、陛下は体調を崩されました」


 アルミナ――。その名前に心臓は更に鼓動を速める。

 平静を取り戻そうとするが、話を理解しようとすればするほど身体中の血液が沸騰するような感覚に陥り、どうしようもなく手が震える。


「医師は心労だろうと申しておりました。ですが陛下の体調は月日が流れても一向に回復の兆しを見せず、やがて寝台から起き上がることすら儘ならない状態にまで憔悴されました」


 内心はとても穏やかではなかった。だが初めて耳にする自分が去ったあとの彼らのことに興味を抱いたのも事実で、当時を思い出すようにして慎重に話す言葉を連ねるリアの話にノワールは静かに耳を貸した。


「政務もこなせぬ状態で王として即位し続けることは難しかった。あの内戦以降、衰退の一途を辿るロディオスがこれ以上他国に弱味を握られてしまうような自体になることだけは避けなければならない。ですから公には王が亡くなり、弟君であらせられるクラウド・ディ・ロディオス様が王位を継承するということで話が纏まったのです」


 シルフィードとその王妃・アルミナの間には子が授からず、彼はアルミナ以外に妃を欲しなかった。故に後継は満場一致でクラウドに決まった。


「だからって死んだことにする意味がどこにあるんだよ。王を退かせたかったなら譲位って形にすりゃ――」


「“国王が死んだ”ということに意味があったのです。他国との関係を良好に保ちたい今、リルファールとの印象が悪い陛下の存在はロディオス復興の弊害でしかない」


 戦争終結後、リルファールとの二次戦争に至らなかったのはシルフィードがリルファールと国交断絶を宣言をしたからだ。

 当然だ。反王政軍の中に隣国の兵が荷担していたのだ。平和的均衡を保つために結ばれた四大大国の協定を破った罪は謝罪されたくらいで許される問題ではない。

 当時はそれが最善の策だった。だが今はもう違う。

 あの戦争でジフォース中から非難を浴びたリルファールは王が代わり、新たに即位した若き国王は傾きかけた自国の信頼を見事回復させ、今やリルファール歴代トップの王とも名高い支持を得るまでに成長を遂げた。

 片やロディオスは王妃が亡くなり王は病に倒れ、民は安息の地を求め祖国を離れて国の勢力は衰退の一途。

 ロディオスを建て直すには他に方法がなかった。


「このままでは近い将来ロディオスは四大大国の一つとして名をとどめておくことが難しくなるでしょう。そうなる前に手を打たなければならなかった」


「そのための策が王を死人にすることだったのか」


 どうも話が飛躍しすぎてるように感じる。

 リアはロディオスが衰退したと言うがそのような決断に迫られるほど悪い噂というのはこれまで一度も聞いたことがなく、そこまで深刻になるほどのことだろうかと思わざるを得ない。


「ロディオスも堕ちたな」


 当時は四大大国トップといわれていたロディオスが今では他国と協力関係を結ぶために必死になって策を講じている。しかも民のためだと言い民を欺いてまでだ。

 そんなことをしてそれが本当にロディオスのためになるというのか。


「全て今のロディオスに必要だからやったこと。その為の弊害となるものは排除するのが当然です。たとえそれが一国の王であったとしても。……それに事実、政務どころか起き上がることすらできない王など民にとっては死んだも同然です」


 国を統治できない王なら必要ない。残酷な事を言っているようだがリアの言葉は正論だった。

 “王の存在意義”とはそういうものだ。


「シルフィード様の命はもう長くありません。彼の命が途絶えるその前に、もう一度だけお会いしていただけませんか」


 ノワールが眉を顰める。顔に出た感情で彼が言わんとすることを理解したリアは間髪を入れずに言葉を続けた。


「あの方が……シルフィード様は、あなたと再会できることを心より望んでおられます」


 自らが突き放した相手に会いたいと望むなど、そんなこと――。


「なんだそれ、今更何を話すってんだ。死ぬ前に自分の罪を懺悔して逝きたいってか? 随分身勝手な理屈じゃねぇか。俺とあいつの間にはもう何もない。あの日あいつが俺を牢に入れたあの瞬間、俺たちの関係は切れた。たとえあいつが生きていようがこれから死のうが、そんなこと俺には関係ねぇよ」


 この場でノワールがどれだけ不満をぶちまけようが、リアにそれをどうこうできるわけでもない。

 そんなことはわかっていた。だがどうしても言わずにはいられなかった。

 震える拳を必死に握り締めながら自分にはもう話すことなどないのだと言い聞かせる。

 甦る記憶はとても心穏やかでいられるようなものではない。

 反王制軍を鎮圧、投降させて城に戻ったノワールをあの男は冷酷な瞳で蔑み、そして言った。『この裏切り者を投獄しろ』――と。

 あのときの自分を見るあの男の顔は一生忘れることはないだろう。

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