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 もう、この世にはいないというのに。


「悪くはねぇな」


「あれ? どうしてキレイって言わないんですか?」


「あ? 言ったろ」


「言ってないですよー。ノアさんが言ったのは『キレイ』じゃなくて『悪くない』だもん。ノアさんが女の人をほめないなんてヘンです」


 エルは首を傾げるが、ノワールにしてみればどちらの言葉も大してそう変わらない。


「おめーのなかのノアさんはどんな風になってんだよ」


 呆れたように突っ込んだが、エルはもうこの話に興味はないとばかりに次の瞬間にはうーんと唸り声を上げて何やら考え込んでいた。


「キーラさんとリアさん。どっちを応援すればいいんだろう」


「おい」


 子供は移り変わりが激しいというが、それにしてもこれは早すぎるだろう。


「キーラさんはいい人だけど、リアさんはノアさんの……」


 付き合いの長い相手かそれとも保護者と恋仲の相手を選ぶか。究極の選択を迫られ難しい顔をしていたエルだったが、よし決めたとばかりに気合いのこもった目つきの少年が最終的に選んだのは後者だった。


「リアさーーん! がんばってーー!」


 考えが変わらぬうちにと綿飴片手に大きく体を揺す。すると声援を送るエルの存在に気づいたリアが、ふと表情を綻ばせる。


「あーっ、リアさんこっち見てくれました!」


 リアは胸元まで持ち上げた手を上品に振り返す。するとエルは幼児のようにはしゃぎながらまた手を振るのだった。

 するとそこに嬉しい誤算が起きる。エルの周辺にいた観客が見事落ちたのだ。当初の候補者から乗り換えるような発言を飛ばす男たちの会話を耳にしていつだかのロザーリのセリフを思い出したノワールは「確かに単純だな」と呟いた。

 会場の一角でそんな会話が交わされているなど露知らずの当人は突如自分に向けられた異様な声援に小首を傾げた、そのとき。


「楽しみましょう。お互い」


 聞き耳を立てていなければ危うく聞き逃してしまいそうなほど潜めたような小声に、リアはそれが自分に向けて言われたのだと気がつく。


「よろしく、お願いします」


「こちらこそ」


 会場に向ける顔とリアに向ける声が一致していない。雰囲気でわかる。キーラはこの短い時間で自分の敵となる相手をリア一人に絞ったのだ。


「ではこれよりアピールタイムに移ろう! この四人の中で誰がよりベル・フローラに相応しい素質を兼ね備えているのか、存分に楽しませてもらうとしよう!」


 出場者には一人ずつ自分をアピールする時間が設けられている。決められた時間内で歌や踊りなどの特技を披露し、全員のアピールタイムが終了すると、その後審査員の投票によってその年のベルが決まる。

 審査員は五人。ハウラは公平に審査してくれる人間を選んだと自信を持っていたがそれでも不安は残る。

 候補者は一旦全員舞台裏へ下がり、再度一人ずつ壇上へ上がる。最初の候補者は歌、次の候補者は踊り。次々と特技を披露していくが、どこか心ここにあらずといった感じで集中しきれておらずミスが目立つ。

 それでも芸が終わるとその都度、観覧席からは盛大な歓声が上がり、またその大きさが候補者の人気に比例していた。


「次はキーラ・イザベルーーー!!」


 豪華絢爛ごうかけんらんなドレスが妖しく揺れる。キーラが現れると会場の熱も更に上がる。

 彼女は左手に握られたヴァイオリンを軽やかな動作で左肩に乗せると顎を乗せて挟み込み、ヴァイオリンを高く持ち上げるように構えた。体を左に傾け、左腕を胸側に少し近づけ両腕の距離を詰める。そして右手に持った弓が弦の音を弾いた瞬間、激しく鳴り響くヴァイオリン演奏に観客の目は釘付けとなった。

 弦を押さえる指は目で追うのも困難なほど複雑に動き、時折開かれた瞳は誰ともなく観客に向けて麗しげな視線を放つ。

 細やかな指捌きに大胆な音使い。演奏の腕も然ることながら、そこには流石としか言い様のない王者の風格が見えた。

 キーラの情熱かつ大胆なヴァイオリン演奏が終わり会場のボルテージが最大にまで達したとき、いよいよ最後となるリアの番が回ってきた。

 会場の誰もがキーラの優勝を確信し応援している中での登壇。順番としては最悪と言える。


(さて、何を見せてくれようってんだか)


 ノワールは昨日リアと交わした会話を思い出していた。



『アピールタイム?』


『得意なことでも好きなことでも何でもいいから自分をアピールできるものを見せるコーナーだな。まあ要するに一芸披露ってことだ』


『一芸……』


 リアは難しい顔をして考え込む。

 無理もない。突然祭典に出て優勝しろと言われた挙げ句、芸まで披露しなければならないのだから。

 当日会場で知って慌てるよりはまだましかと思って話したが返って不安を倍増させてしまったか。

 すると、顔を上げたリアは大丈夫だと頷く。その顔は妙に自信に満ちていて。


『必ず優勝します。ですから私から目を離さず、しっかり見ててください』



 一体何を披露する気なのか。最も考えられるのは身軽さを活かした舞芸だろうが、あの格好では飛び上がるどころか派手に動くことすら儘ならないだろう。

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