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「本当に連れて行くおつもりですか」


 続けられた言葉に思い出されるのは昨日、エルの耳に入らぬよう二人だけで交わした会話。



『彼が生きているという事実を知るのは王宮でもごく限られた人間だけ。それに当然、今でもジョーカーを裏切り者と思っている者は多いです。旅の間も勿論ですが、ロディオス領内に入ればどんな危険が待ち受けているかわかりません』


 当時の騎士はほとんどが退団していて階級が上がったものを含めてもそう在席していないが、ノワールのことを知ってる人間がどこにどれくらい存在するかは想像のしようがない。

 ロディオス国民であればジョーカーの名を知らぬ者はいないと言っていい。彼の名と輝かしい功績はロディオス国民の誇りだった。だからこそジョーカーの裏切りに失望し、いまだ彼を恨む者が多くいるのも事実。

 もし顔を知る者と鉢合えばどうなるかなど言わずともわかる。

 それだけではない。旅路は決して楽なものではない。盗賊は腐るほどいる上に経路にもよるがミュータントに出くわす可能性がないとは言いきれない。


『エルくんは武術を身につけていないようですが自分を守る術を持たない者が同行するのは危険です。ここに残していくべきではありませんか』


『あのなぁ』


『エルくんのことを思うのなら彼を危険に晒すようなことは避けるべきだと言っているんです』



 リアの言うことは最もだ。

 ここからロディオスの首都までは大人でも辟易するほどの距離。子供のエルにかかる負担はノワールやリア以上。それに戦闘が避けられない自体になったら、必ずしもノワールがエルを守れるとは限らない。

 このままバレッティアに残していけば世話をしてくれる者が多くいる。エルのことを思うのならそれが一番正しい。

 もしエルがここに残りたいとそう望むなら止めるつもりはない。しかし少年は自分から離れることを望まないだろう。それに、


「捨てるつもりだったら最初から拾ってねぇよ」


「え?」


 よく聞き取れなかった声にそう聞き返せば、今度ははっきりとした口調で言われた。


「あいつは連れて行く」


 眼力から彼の揺るぎない意志が痛いくらいに伝わってくる。どうやら譲る気はないみたいだ。


「――わかりました。では私も、全力でお二人を守ります。あなたを無事あの方の元に届けることが私の役目ですから」


「大した忠義心だな」


 皮肉混じりにノワールが言えばリアは含みのある微笑を浮かべる。 


「聞いてもいいか」


「なんでしょう」


「あの歌、どういう仕掛けだ」


 ずっと引っかかっていた。確かに歌は素晴らしかったがキーラは実力を差し引いてもこれまで街の人間と築いてきた絆がある。

 こう言えば聞こえは悪いがあれは結果の見えている勝負だった。本人は欲のあまり常軌を逸した行為を犯してしまったが、誰一人としてキーラの優勝を疑わなかった。

 それをリアは歌一つで覆した。

 確証があるわけではない。だがあのとき感じた脳への微かな違和感。あれは何か仕掛けがあるとしか考えられない。

 問い詰めるような視線を向ける。リアは少しだけ考えるように黙り込んだがやがて、突き立てた人差し指を口許に当てると一言告げた。


「秘密です」


 ――と。

 その細かな仕草も“彼女”と重なる。


「おまえさ、あいつのガキ?」


 自分でも驚くほど簡単にその言葉は出た。するとリアは脈絡のない問いに当惑する。


「それは……どういう、意味でしょう」


「とぼけるな。あいつらのガキなんだろ」


 直後。リアが目を見張って抗議の声を上げた。


「そんなはずがないでしょう!? あなた私をいくつだと思ってるんですか!?」


 ノワールがロディオスを離れたのが七年前。その時点でアルミナが身籠っていたと仮定しても、どんな計算をすればそんな考えに行き着くのか全く理解できなかった。


「……じゅう、よん?」


「十八です!」


「じゅうはち? なんだおまえとっくに成人してたのか。あんまりガキくせぇからてっきりまだ十四そこそこだと思ってたぜ。いやーないな、そりゃないぜ」


 ジフォースの成人年齢は十六歳。そのため大人の仲間入りを果たしても身体的にはまだまだ未熟な者が多い。だが目の前の少女がなんと予想を上回る年齢だと知らされてノワールは素直に驚いた。

 大人びた要素があるのは認めてやるが総合的に見れば大人を名乗るにはまだ早すぎる。


「“ない”とはどういう意味ですか?」


「せめて二十は超えねーと厳しいな」


「っ~~!」


 グッと拳を強く握り締めたリアは一体何が厳しいのかと問いただしたくなるが、どうせまたいつかのようにからかわれただけだと自身に言い聞かせてなんとか怒りを抑える。


「えーっとなんだ、十八だっけか。じゃあ……妹?」


 なぜ娘の次がそれになる。普通逆だろうと言いたくなるのをグッと堪えて「違います」と返せば、ノワールは自分で聞いておきながら「ふうん」と気のない声を上げた。


「ノアさーん、リアさーん!」


 やがて離れたところにいたエルが戻ってくる。その手には巾着が握られていた。


「ん? なんだこれ」


「さっきメイビスでノアさん待ってるときにハウラさんに会ったんですけど、そのときこれを預かったの忘れてました!」


 エルの口から出てきた意外な人物の名に驚きながら巾着袋の中を開けると、当分の暮らしに困らないだろう貨幣が袋一杯に詰められていた。


「“ホウシュウだ”って」


「……あのオヤジ」


 あれだけ盛大に祭典をぶっ壊した自分に失望したと思っていたのに――。

 つり上げた口元から吐息を吐けば、その巾着をリアに渡す。


「ほら」


「え?」


「おまえが勝ち取ったモンだろ」


 勝ち取った――。それは優勝賞金のことを言っているのだろうか。だが、だとするとそれはジョーカーに渡すという契約だったはず。


「賞金はお渡しするという約束で……」


「いいから持ってろ」


「ですが」


「そうですよー。ノアさんにお金を持たせるとぜーんぶお酒になっちゃうのでリアさんが持ってなくちゃだめなんです」


 エルの話を聞いて真偽を問うように見てみるとノワールは素知らぬ顔で口笛を吹いている。

 やはり目的は賞金ではなかったのか。

 リアはなぜだか無性に可笑しくなってしまい思わず吹き出した。


「あなたは悪人にはなれないですね」


「あ、なんだそれ」


「いいえ。――では、参りましょうか」


「へいへい」



 七年の月日を経て、男はバレッティアを離れ、懐かしき故郷へ帰還することを決意した。




 【1】END

 

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