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「ハッ、直球だな」


 いつかのように回りくどく言えばまたはぐらかされるとでも思ったのだろう。学習能力のある奴だと笑う。


「今更過去の人間連れ戻して何しようってんだ。――ああ、違うな。裏切り者の反逆者に“今更”なんてもんは存在しない。たとえ王が何代替わろうと確実に死んだと断定できるまで追っかけねーと国のメンツに関わるよな。なんせ相手はロディオス史上最悪の内戦を引き起こした首謀者だ」


 少年が不安そうに見上げているのがわかったがノワールの口は少しも躊躇なく動いていた。

 七年も昔のことなのに一度思い出そうとすると鍵をかけた記憶の箱は容易く開く。

 牢を脱獄した自分を追ってくるのは共に死闘を生き抜いた団服の男たち。『ロディオス王立騎士団にジョーカーがいて良かった』と勝利の喜びを分かち合った仲間が自分を始末するために剣を向けてきたときの感情は今思い出しても笑みがこぼれるほど。

 ――裏切り者のジョーカーだと?

 ――裏切られたのは自分の方だ。


「ジョーカーの件は王宮では既に不問となっています」


「不問も何も端からデマだった」


 間髪を入れずに告げるが、リアの口から出た不問という言葉には内心驚いていた。あのときのあの男のことを思い返せばその口から不問・潔白の言葉が出るなど絶対にあり得なかったから。


「それをあいつは信じた」


 わけもわからない間に内戦の首謀者にされて、気がつけば牢に入れられていた。

 誰に何を吹き込まれて、自分の何を見てその言葉を言ったのか知らないが、あの男は自分の言葉を聞こうともしなかった。


「ノワールさん……」


 リアが躊躇いながらノワールの名を呼ぶ。

 するとノワールは脳内で流れる過去の映像を切って彼女に向き直る。


「あー勘違いするなよ、別にもう何とも思ってない。全部昔のことだからな。でもそうか、不問か。そりゃ吉報だな。知らせてくれてサンキュー。そんじゃ、話はここまでだ」


 ノワールの瞳に宿る憤怒をリアは正面から受け止める。


「失せろ」


 そうして出てきた言葉は軽快な口調とは裏腹に凄みのある一声。


「来るのが少し遅かったな。二年前に見つけ出せてたら喜んで戻ってやったぜ」


 連行だろうと同行だろうと大人しく従う。何事もなかったような顔をして御前に出向き、玉座に座る男の心臓を笑って突き刺してやる。そして名実ともに本当の反逆者となる。それも悪くないと考えたのは一度や二度ではない。

 だがそれは叶わぬものとなった。

 ノワールに裏切り者の烙印を押した男はもうこの世にいない。

 ロディオス第六七代国王シルフィード・エルサン・ディ・ロディオス。

 彼は二年前に亡くなっている。


「あいつが死んだ以上、俺についた烙印は二度と消えねえ。二度とだ」


 一方的で理不尽な罰。それはあまりにも重すぎる枷で、二度と消えることのない印。

 それを自分に科したのはシルフィード。

 いくら国が不問にしたところで何も感じない。


「それがあなたの答えですか?」


 返事をしないノワールの意志の固い顔を見て、それが彼の本音なのだと悟る。


(でも、だったら)


 海色の瞳がノワールを捉える。

 薄く開いた唇は次の瞬間、衝撃的な言葉を口にした。


「生きていると言ったら」


「…………は?」


 今、なんと言った……?

 この女はなんと言った。何を言うつもりだ。

 生きてる? 誰が?


(そんなはずがない)


 彼が死んだという知らせはジフォース中に知れ渡ったのだ。

 ノワールも確かに聞いた。彼が死んだと。

 リアのまっすぐな瞳には動揺するノワールの姿が映る。全身の毛が粟立つような悪寒に声が出ない。すると彼女はもう一度、ノワールにこう告げた。


「先王シルフィード・エルサン・ディ・ロディオス。彼は生きています」


 二度目のセリフにも思考がまるで追いつかない。

 出てきた言葉が謎すぎて、受け止めきれない。


「どういうことだ」


 腹の底から出したはずの声は明らかに掠れていて、ちゃんと届いたかさえも危ういほどにか細いものだった。

 信じられなかった。だったらあの知らせはなんだったのだ。

 二年前。ロディオス第六七代王、シルフィード・エルサン・ディ・ロディオスが病死したという訃報はロディオスを発信源にジフォース全土に知らされた。

 ロディオスから遠く離れたこの地にも四大大国・ロディオスの王が亡くなったという話は流れてきた。

 死んだといっても他国の王。バレッティアの住民も、ああそうか。では次は誰が王の座に就くのだろう程度の関心しかなかったが、ノワールはそれを聞いた日のことをよく覚えている。

 “彼女”のときのような絶望にも似た悲しみこそ沸き上がらなかったが、感傷に浸るくらいには思い入れがあった。

 これで自分の英雄にして反逆者という枷は本当に永遠のものになってしまったと、その日はどうしても眠ることができなかったのも今ではどうでもいい思い出として残りつつあったのだ。


 それが、生きてる?

 あの男が――シルフィードが、まだ生きてるだと?


「申し上げたとおりです。彼は死んではいなかった」


 尤も――。そう続けたリアは悲痛に顔を歪めて地面に視線を落とす。

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