32

 ミュータントが死ねば埋め込まれた魔石は消滅する。そのため人の手に渡ったという例は殆ど確認されていないが、もし人にも獣と同じ作用をもたらすのであれば魔石の力はとても人間にどうこうできる物ではない。

 現時点で人が使いこなすことは実質上不可能だといわれている代物をなぜキーラが持っているというのだ。それも原石などではなく宝飾として加工まで施されているということは、魔石を所持する人間がいるということ。そんなことは到底考えられない話だ。

 だが今はそんなこと後回しだ。一刻も早く首飾りを外させなければキーラの身が危ない。


「キーラさん! 今すぐその首飾りを外してください!」


「黙れ!!」


「っ!」


 キーラの叫声にまたしても地震が起こる。

 やはり呼びかけには応じない。それどころかリアが相手だと更に彼女を刺激してしまう。

 どうにかキーラのそばまで近づけたなら無理矢理にでも首飾りを引き剥がすことが可能なのだが、抵抗されたときのことを考えると、下手に近づくわけにもいかない。

 いざというとき心もとない足元では戦えない、と身を屈め足首に固定されたヒールの金具を解こうと手を伸ばそうとしたリアに向けて発砲された銃弾が真横をすり抜ける。


「勝手に動くんじゃないわよ」


 弾丸は逸れたものの、それは明確な殺意を込めた威嚇射撃。これでは身動きが取れない。


「っ…………」


 再び拳銃の銃口が向けられる。咄嗟に口を開きかけたリアはしかしすぐにその唇を閉じる。

 正気ではないキーラに何を言ってもむだだと判断したからだ。

 となると、残された可能性は一つ。だが――。

 “それ”を使うことを躊躇していると突如リアの目の前に何かが立ちはだかる。


「だめです!」


「エルくん!?」


 巻き込まぬよう背後で庇っていたはずのエルがリアの前に出てきたのだ。


「キーラさん! もうやめて!」


「退きなさい。坊やには関係ないことよ」


 それでも状況は変わらない。キーラの声に感情が感じられない。今の彼女はエルを認識できないくらい魔石の闇にのまれている。


「リアさんや街のみんなを怖がらせないで」


 両手を広げてリアを庇うエルの姿に恐怖は微塵も感じられなかった。これがどういう状況なのかわからないほど幼くはない。

 しかしエルは銃を前にしても一切物怖じしない。淡々と話す姿はとても勇敢で堂々としていた。どこか違和感を覚えるほどに。


「そう、退かないのね。じゃあまずは坊やから殺してあげる」


 リアを射る視線が逸れると共に僅かに銃口を下げたのが見て取れた。それは宣言通り標的が変わったということ。


「やめてください! 彼は関係ありません!」


 即座にそう告げたがキーラの耳には届かない。

 いけない、それだけは絶対に駄目だ。エルにもしものことがあれば、エルを大切にしているノワールは確実に心を閉ざしてしまう。


(この子は私が――)


 一瞬にして脳内を駆け巡る思考にハッと意識を戻せば目の前の少年の肩を掴み自分の懐に庇うリアの一連の動作にキーラが反応する。

 狂ったような笑い声と共に一発の銃声と、別の何かが響き渡った。




「オイタが過ぎるぜ、イザベル」


 キーラの笑い声でも銃声でもないもう一つの音、それは破裂音。ノワールが手にする刀の柄でキーラの首飾りの石を叩き割ったのだ。

 彼女の放った弾丸は体勢が乱れたことで的の二人には当たらず、空を撃った銃口からは硝煙だけが虚しく流れていた。


「ノワ……ル」


 意識を手放したキーラの背を支えながらその場に寝かせる。その姿をリアはただ凝視していた。

 彼はいつの間に舞台へ上がってきたのだ? 思い出したように観覧席に視線を移す。するとあれだけいたキーラの部下は全員が白目を剥いて倒れ伏しているではないか。


(この短時間で、あれだけの人数を全員……)


 薄く開いた口から出たのは、言葉ではなく吐息。本当にやってのけた。宣言通りここにいたマフィア全員をぶっ飛ばしたのだ。それも己は傷一つなく。


「ん?」


 立ち上がろうとしたノワールは地面に砕け散った魔石の破片から煙のようなものが出ているのを目撃する。やはり消滅方法もミュータントのそれと同じだ。


「ノアさん!」


「おう、無事みてーだな」


「はいっ!」


 小走りでやって来たエルの頭に手を乗せ、わしゃわしゃと掻き回していると遅れて歩み寄ってきたリアが眠っているキーラの顔を覗く。


「彼女は……」


「眠ってるだけだ。多分な」


 キーラの精神を蝕んでいた魔石は破壊した。脈は正常。呼吸もしている。最悪の事態は回避できたということだ。


「よかった」


 肩を撫で下ろしたリアだがすぐに難しい表情に戻ると“華”の無くなった首飾りを見つめる。


(まさか魔石が宝飾として加工されてるなんて)


 どう見てもどこにでもある金の首飾り。その手のことに詳しい商人なら見分けることも可能かもしれないが、リアの目ではどこの産物なのか見当もつかない。


「確かこの首飾りは商人から買ったって……」


 うっすらと脳裏に残る記憶を辿り、ロザーリの店での会話を思い出す。キーラの発言が真実なら、首飾りを売りつけたのは商人。

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