30

 振り返ったキーラは拳銃を次の的に向ける。その目は虚ろで、視点は定まっていない。


「そうでしょう?」


「っ…………」


 小首を傾げながら同意を求める顔はこの状況に不釣り合いなほど晴れやかな笑みを浮かべており、リアは身が竦む。キーラの行動や仕草に迷いや躊躇いは一切感じられない。本気で撃つつもりだ。


「やめろイザベル!」


 突如響いた声に振り向く。無人となった観客席の中心に彼は立っていた。


「ノワールさん」


「ノアさん!」


 リアとエルの二人の表情から緊張が解ける。


「無事だったんですね」


「当たり前だ。あんな近距離で的外すようなド素人に俺がやられてたまるか」


 ノワールは素早く二人を様子を確認する。特に目立った外傷はないようでひとまずは安堵した。だが依然として厄介な状況に置かされていることに変わりはない。

 キーラの銃口は変わらずリアに向いたまま、引き金にかかる指はいつでも引ける位置にある。


「流石だな“お嬢”。治安部を取り込むなんざ、おまえにしかできねぇよ」


「思った以上に使えなくてがっかりだったけど。始まる前に仕留めるはずだった手筈は狂うし、やっと撃ったと思ったら弾は当たらない。やっぱり国の治安がどうとか生温いことやってる軟弱を使うより、うちの子にやらせるべきだったわ」


 ふっ、と息を洩らしたキーラはそう吐き捨てた。


「言うじゃねぇか」


 兵士の言っていた悪魔とはキーラのことだったのだ。確かに初見の人間であればあの容姿の裏にこんな内面が隠されているとは想像もつかないだろう。


「で、どうなってやがる」


 ノワールの問いにキーラはそれを思い出したかのような怒り震え、リアは複雑そうな表情で視線を落とした。

 異なる二人の反応。そこから予想できる答えは一つ。


「まさか、勝ったのか」


 リアに向けて放つ。

 あの歌がそれまで確実と思われていた戦況をひっくり返したというのか。

 まさか本当に優勝するとは思っていなかったがリアが勝利したのでなければこの惨事は起こり得なかったはずなのだから本当に優勝してしまったのだろう。


「それがそのっ……投票の結果、キーラさんが二位で私が――」


「黙れ!」


 銃声が響き、リアの足元に穴があく。


「私が負けるなんてあり得ない。この女は不正をしたのよ!」


「……と彼女が声を上げたら突然舞台裏から爆発が起きて、そのあとはこの通り皆さんパニックになって」


 ――それでこの惨事に至るということか。


「イザベル。銃なんて物騒なもん捨てろ」


「邪魔をしないで」


 キーラは焦点の合わない瞳をノワールに向けて笑っていた。


「私の邪魔をするのなら、ノワール。あなたにも死んでもらわないといけなくなる」


 その言葉とともにどこからともなく現れたのは数十人もの男たち。彼らの手には銃や刀といったいずれも殺傷能力の高い武器が握られている。

 大方こうなるだろうと践んでいたが、いざなってみると威圧感が半端ない。


「こりゃあ、またぞろぞろと」


「どういうことですか、この人たちは一体――」


「見てわかんだろ。金魚の糞だ」


「金魚?」


「キーラ・イザベル・ビスコンティ」


 ノワールが言ったのはキーラの本名。だがロザーリの店で挨拶を交わしたときにはなかった名が足されている。

 すると戸惑うリアに口を開いたのはエル。


「キーラさんのお父さんはビスコンティファミリーのボスで、キーラさんはビスコンティのこーけーしゃなんです」


「え?」


「ビスコンティファミリーはバレッティアを拠点にしてるマフィアです」


「マッ……!?」


 臆することもなく告げられた言葉に驚愕する。

 確かに人相も柄も態度も悪そうな連中だがこんな平和そうな街にマフィアが、それも反社会組織である彼らが国家権力の治安部と共存するように生息してるなんて信じられない話だ。だがリアはふとあることに気付く。


「まさか……今回、ベル候補の女性を襲った犯人というのは」


「こいつら以外に誰がいんだよ」


 出場者の女を次々と襲い祭典への出場を辞退するよう追い込んだ上、リアを手にかけようとした首謀者。それはいま目の前で不気味な笑みを浮かべながら拳銃を構えるキーラだった。

 ともあれ、彼女の様子がおかしいというのは一目でわかった。

 キーラは執着すると途端に周りも扱いに困るほど難しい性格をしているが、だとしても治安部と組んで候補者を襲わせたり、ここまで手がつけられなくなるほど暴走するような人間ではない。


「おいイザベル。こいつはちとやりすぎじゃないか?」


「言ったでしょう。私の邪魔をする人間はいらないの」


 観覧席だった場所に続々と現れた黒服連中がノワールを取り囲む。じりじりと詰め寄ってくる様に舌打つ。

 どうやら回避する手はなさそうだ。勿論、初めからやる気ではいたが。


「上等じゃねえか。全員ぶっ飛ばしてやらあ!」


 開始の合図だとばかりにノワール目がけて発砲された銃弾を軽々とかわして男の前に立てば拳銃を持つ手首を蹴り落とす。地面に落ちたそれを持ち主よりも先に拾い上げ一発の銃弾を放てば弾丸は真横から刀を振り被ってくる男の腕を撃ち抜いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます