29

 剥ぎ取った長衣の中から現れたのはオルタナの記章が施された制服。リアを襲った犯人はバレッティア兵だった。


「ぐっ……」


 胸ぐらを掴み上げ顔を向き合わせる。兵士は苦い顔で視線を逸らしていた。

 治安部が関わっているかもしれないという疑問はすぐに浮かんだものの、さすがにそれは考えすぎだと思いたかった。だが今回は祭典で警備兵が増員されているにもかかわらず負傷者の数が多すぎた。

 街を見回る兵の目を欺いて犯行に及ぶのも可能かもしれないが、それが最も困難となるのがこの祭典期間なのだ。警備の目を掻い潜ることが不可能なら、警備の内情をよく知る人物がいると考えるのが妥当。よって今回の犯行には兵士が関与していると判断できたのだが。


「これまでの女たちもおまえの仕業か。まさか全員買収されてるとかこえーこと言わないよな?」


「…………」


 返事はない。だが兵士の複雑そうな表情を読み取る辺り単独とはいえず、どうやらこの男の他にも今回の件に荷担している兵はいるらしい。

 彼らと手を組んでいるのが奴らだと仮定するとして、たとえ若手兵士であったとしても本来ならば対立していなければならない二つの組織に繋がりがあったとなればそれは大問題だ。なんせ相手は……。


「あのなぁ、黙ってないでなんか言え――」


「お、俺はやりたくなかったんだ!」


「あぁ?」


「あ、あんなことやりたくなかった……っ、だけど! あのオンナが……あの、ッ悪魔が!!」


「悪魔?」


 突如、背後から影が覆う。

 その正体を瞬時に理解し兵士の腰に下がる鉄製の棍棒を引きずり出せばそれを背後に向けて刺す。棍棒の先が何か固いものにぶつかり、背後にいた人物の手からこぼれ落ちた音を耳にすることができた。

 地面に落ちたそれは拳銃。背後の男が己の持つ拳銃が地面に跳ね飛んだのに怯んだ隙に、振り上げた脚を鳩尾にめり込めてやれば、男は苦痛に喘ぎながら地面に大きな体を丸めた。


「っぶねぇな。後ろから仕掛けてくるなんざ二流のやることだぜ。オニイサン?」


「ぐっ……」


 見覚えのある刈り上げ頭と黒服姿にその手の人間特有の雰囲気。その男は今まさにノワールの仮説に出てきた治安部と敵対する組織、バレッティアを拠点として暗躍するマフィア・ビスコンティファミリーの構成員。


「マフィアと手を組むなんざあ、治安部も堕ちたじゃねえか」


 報酬に目がくらんだか若しくは脅されたのか。どちらにしろ己の使命を忘れ欲に走るなど呆れて言葉が出ない。


「お嬢様に言われなかったか? ノワール・ハルヴィンにはくれぐれも用心しろってな」


 今にも嘔吐寸前といった具合でえずき悶える男を冷淡な顔で見下ろしながらそう問いかける。彼女がノワールの実力をどこまで調べているかは知らないが、少なくともこれまでの交流から厄介な人物だということは認識されていると思っていた。だがどうやら部下の方は甘く見ていたらしい。


「む、むだ、だ……」


「あ?」


 絞り出すような声に眉を顰めると男は苦痛に顔を歪めながらニヘラな笑みを浮かべていた。


「お、嬢が、負ける、こと、など……ありはしない。どんな、手を、使っても……」


「どういう意味だ――――っ、!?」


 問い詰めようとしたまさにそのとき、一発の爆発音が轟くとともに起きた地響きに言葉が止まる。振り返るとその先の上空に灰色の煙が浮遊していた。


「っ、くそが!!」


 辛うじて意識を保っていた男の腹に最後の一撃を食らわせた。完全に意識を失ったのを確認する間もなく後ろで呆ける兵士を凄む。


「おいガキ! まだ兵士の志持ってんだったら今すぐそのハゲ縛り上げて、広場で暴動が起きたと上に報告してこい!」


 戸惑う素振りを見せながらも僅かに頷いたのを見て一目散に駆け出すのは爆音が轟いたあの場所。

 ここまで離れた場所にも鮮明に聞こえてくるほど大きな悲鳴。それは間違いなく広場の方からきている。あの爆音から想定するに相当威力が強いものだったのだと判断できる。


「っ、マジかよ」


 広場は騒然としていた。

 悲鳴と怒号に包まれたそこは逃げ惑う人の数が多すぎて目的の相手を見つけ出すことができないどころか駆け回る人の群れが起こす砂埃に覆われていて視界さえも儘ならない。


「エル! おいエル無事か!?」


 声を張り上げたそのとき、目を凝らした先、砂埃の中で見えた舞台上に鮮やかな青のドレスを捉える。そしてその背後に立つ少年の姿も。だが舞台上にいたのはその二人だけではなかった。


「おおおおっ落ち着きたまえキーラ嬢! 確かに今回の結果は残念だったかもしれないがこれは厳正なる審査によって――」


 天に向けた拳銃がハウラの言葉を断ち切るように一発の銃弾を発射する。


「それじゃ駄目なのよ。こんなこと許されない。こんな結果、許されるわけがないのよ。だって……この世界で最もベルに相応しいのは私なんだから」


 次は銃口をハウラに向けて撃った。


「ひぃぃああぁぁあっ!」


 頬すれすれに受けた銃弾の感触に衝撃に悲鳴を上げたハウラは尻餅をつきながら足早に舞台から逃走する。

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