28

 登壇の拍手も止み、会場は静まり返る。

 舞台中央に立つリアはぴくりとも動かず、辺りに走るのはピンと張り詰めた緊張の空気。

 あの言葉がハッタリとは考えにくいが……。


「こりゃあいよいよまずいか」


 肩肘をついて舞台を見やる。すると舞台上の少女は胸元で祈るように手を結び、閉ざされた瞳とは反対に色付いた唇をそっと開いた。


 ――、――……――――。


 まるで世界中から全ての音が消えたような衝撃が会場を包み込む。

 単調なピアノの旋律に乗り、美しい歌声が響き渡る。彼女の口から紡がれる詩。それは聞いたことのない言語だった。

 万国共通の言語で通用するジフォースに、異国の言葉というものは存在しない。あったとしてもせいぜい方言くらいだ。


 ――透き通るような歌声。

 ――聞いたことのない言葉。

 ――聞いたことのないメロディー


 聞いたことのない? ――いや違う。

 ノワールはこの歌を聴いたことがある。

 そう、あれは随分と昔。

 まだ自分が、あの地にいた頃。



『あ? それ死者を弔うって意味だろ。神に捧げてどうするんだよ』


 生死を超越した存在に死があるはずがない。それなのに神に捧げるなんておかしな話だ。


『変わってるな。おまえの国の歌は』


 すると彼女は口角を上げて上品に笑んだ。


『ええ、本当にね』



 この歌と全く同じ歌を、彼女――少女と同じ顔をした女性が歌っていたではないか。


「レクイエム」


 その言葉はぽつりとこぼれた。

 とある地で歌われる不可思議な哀歌。

 神に捧ぐ鎮静歌レクイエム


「っ――」


 突如、ノワールは脳に変な違和感を覚える。

 己の思考が段々と遠くなっていくのに伴い、なぜかリアから視線が離せなくなったのだ。

 目を離してはいけない――。そう暗示をかけられたような、何者かにゆっくりと意識を乗っ取られていくような、心底気分の悪い心地にグッと力を入れて耐えると意外にもその違和感はすぐに消え去り思考も元通りになった。

 しかし周りを見れば大半の人間が魂を抜かれたような表情でリアに魅入っていた。その食いつき方はまるで彼女の虜と化してしまったような、傀儡くぐつの表情。

 それは彼女の歌声が鳴り響く限り続き、やがて歌い終えたリアの声が止むと、一人、また一人と歓喜の声を上げた。


「す、すげえ……!!」


「こんな美しい歌声、初めて聴いたわ!」


 そして沸き起こるのは街を覆うほど大きな拍手喝采。その盛り上がりは今までの中で一番大きかったようにも思える。


「ったくあの女……どこがガキだよ。腹の中真っ黒じゃねぇか」


 溜息の後、くしゃりと髪を掻き上げる。

 何が起こったのかはわからなかったが、どう考えてもあれは少女の仕業に違いなかった。

 舞台上のリアは観覧席からの声に笑顔を振り撒いている。こういう策士なところも誰かさんにそっくりだ。

 あの歌は自分に聴かせるために選曲したのだと確信する。

 そして少女は知っているのだ。

 自分と彼女の関係を。


 ――ダッッ!


「「っ!?」」


 鳴り止まない拍手に礼をして顔を上げた刹那、リアの頬を何かが掠めた。

 振り返った先、背後の舞台壁に数センチの風穴を空けたその正体は一発の銃弾。

 おそらく他の者はそれに気付いていない。

 気付いたのはリアとノワールと、もう一人。

 的が外れた事への苛立ちか、妖艶な口元が微かに歪んだその表情を見届け、次に目を向けるは銃弾が飛んできた方角。

 不自然にその場を走り去る黒い長衣姿の人物を目にし、急いで席を立つ。


「エル! ここから動くなよ! いいな!?」


「? ふぁひ」


 口一杯に菓子を頬張るエルの周りには馴染みの仲間がいる。これなら安心だ。


 駆け出す直前、リアと視線が重なる。

 感情を読み取れない顔とまっすぐな瞳が静かにノワールを見つめていた。


「っと」


 人の波を掻き分けて長衣の人物が走っていった道を追う。幾つかの角を曲がったその時、視界の端にうっすらと映った裾を見て思わず口端がつり上がる。

 黒の長衣に身を包んだ一人の人物。

 間違いない。奴だ。


「待ちやがれ!」


 待てと言われて素直に言うことを聞く相手とは思っていなかったが自分の声に耳を傾けることなく逃げていく様には苛立ちを覚える。

 姿を捉えることはできたものの、その距離は一向に縮まる気配がない。


「チッ!」


 これでは埒が明かない。

 ふと立ち止まり、路上に転がる小石を拾う。手のひらに収まるほどの大きさのそれを振り被って――、


「待てって……言ってるだろーーが!」


 標的に向け力任せに投げると、見事それは長衣の人物の後頭部を直撃した。


「ぅ゙がっっ!」


 それがどのくらいの衝撃かはわからないが、奇声を上げてその場に崩れ込むのを見る限り相当の激痛であったに違いない。

 せめて頭蓋骨が折れてないことを祈るんだなと心の中でほくそ笑みながら追いつけば軽く上がった呼吸を整える間もなく顔を覆い隠す長衣を剥ぎ取る。すると長衣の正体が男だということはすぐに証明できた。

 若干ひ弱に見えなくもない男の上にズイッと跨がれば視界に捉えたあるものを見て、やはりと吐息する。


「おいおい、国の治安と民を守る使命にあるおまえらが住民を襲うとはどういうことだ?」

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