26

 それどころかなぜか礼を言われたノワールは面食らう。

 何か吹っ切れたように見える顔は自信に溢れていて、風格さえ感じる佇まいがなんとも眩しい。


「俺としては残念な結果になることを望みたいところだがな」


「それは困ります。あなたには応援してもらわないと。私の味方はあなただけなんですから」


「よく言うぜ」


 ――これほど勝利を確信していて何を思ってもないことを。

 決してリアの味方になったつもりはない。だが今それを言うのは止そうと口を閉じた。


「ま、おまえが勝たないと賞金も手に入らないしな。せいぜい頑張れよ」


 今更別人と偽っても無意味だと思ったのか特に隠す様子もなく放たれた言葉にリアは疑いの眼差しを向ける。

 彼の狙いは本当に賞金か、それとも――。

 どこまでが真実でどこからが嘘なのか、やはり何度探ろうとしてもリアにはわからない。


「なんだよ、その目は」


 どうせ言ったところでノワールは話してくれない。だったら言わないとリアは本来言いかけたのとは別のことを告げた。


「そんなにお金が欲しいのでしたらあちらでその手の遊戯が行われているようですから、行ってみてはいかがです。聞きましたよ。お強いんでしょう?」


 それは嫌味のつもりだった。

 だがノワールは毒のあるセリフを指摘するでもなく、寧ろリアの予想を大きく外れる言葉を返した。


「馬鹿言え。俺が行っちまったら誰がおまえを守るんだよ」


「…………」


 とくん――、心臓が跳ねる。冷めた気持ちを一気に急浮上させるセリフに激しく動揺する。

 おそらく彼は無自覚だろう。無自覚というよりも、自分が放った言葉にそれほどの意味はないといった感じだ。

 意味を持たない言葉にこんなにも感情を掻き乱されるのが納得いかず、リアは複雑そうに地面に視線を落とした。


「大丈夫だ」


「はい?」


 不意にかけられた声に顔を上げると、


「勝つんだろ。だったら胸張ってろ」


 どうやらノワールは顔を伏せたリアの心情を別の意味で受け取ったらしく、いまのは励ましの言葉だったようだ。


(……優しいひと)


 遠ざけたいのなら情けなどかけなければいいものの。だがこの優しさこそ皆に慕われた英雄像と重なる。現にリアは彼の優しさのお陰でチャンスを貰えたのだから。

 ――しかし。


(やっぱりなんか違う気がする)


 ふと考える。これまでの仕打ちを思うと、これをノワールの優しさと美化するのは少し違うような気がして心のなかでそっと訂正した。


「はい。必ず優勝してみせます」


 この祭典であなたは私から離れられなくなる――。

 リアの思惑を、ノワールはまだ知らない。




 会場一帯が人で埋め尽くされる。舞台上に祭典の主催者であるハウラが姿を現すと人々は拍手や指笛で盛り上げた。


「さあ! 今年も多くの華の乙女たちがこの祭典にエントリーしてくれた。厳正なる審査の結果選ばれたベル候補は、この四人だ!」


 観客から盛大な歓声が上がる。なかには既に酒でできあがった者も見受けられるが、行儀のよさを見るにまだ穏やかな方だ。

 例年より出場者の数が少ないのは連日起きた事件のせいだ。一時は危うく独壇場になりかけたのをハウラや実行委員が必死に駆け周るという異例の方法によってなんとか二名の説得に成功した。

 ――しかし、彼女たちにも噂がいっているのだろう。必死に笑顔の面を貼りつけているもののその表情は明らかに何かに怯えている。

 そんな彼女たちの不安とは裏腹に舞台上に登場する候補者への歓声は鳴り止まない。そのなかでも一際異彩を放つのはやはりあの女。


「いいぞイザベルーー!」


「今年も期待してるぜッ!」


 キーラ・イザベル。現在二連覇中の彼女が現れた瞬間、会場は群を抜いて大きな声援に沸く。

 豊満な胸を惜しみ無く晒す際どいデザインのドレスが強烈な色彩を印象付ける情熱の赤をよりいっそう引き立たせている。

 手脚や首、至るところに飾られる豪華な宝飾は太陽の逆光を浴びこれでもかというほどの煌めきを放っている。なかでも店で会った際にも身につけていたあの金の首飾りの存在感は格別だ。

 会場を覆う異常な雰囲気に臆することのない堂々とした立ち振舞いには貫禄さえ感じられる。


「こりゃキーラ嬢の独壇場だな」


 どこからかそんな声まで聞こえた。


「わぁ! キーラさん真っ赤だー!」


 口をもごもごと動かしながら感心したように呟くエルの隣でノワールも頷く。


「ああ真っ赤だな」


「キラキラしててキレイですー」


「ああ綺麗だな」


「うあっ! でもでも、リアさんもキレイですよね! 王女さまみたいです!」


 ハッと思い出したようにリアのことを話題にしたエルの放った一言にノワールの表情が曇る。

 似てないと言い聞かせれば言い聞かせるほど瓜二つに見えてくるのはなぜなのだろう。だが実際似てないのは髪の色だけで、他は全て彼女を生き写したような姿をしている。

 性格はともかく、外見だけでいうならばほぼ本人。他人が見ればまず別人だとは微塵も思わない。

 ――むしゃくしゃする。

 まるで彼女が再び自分の前に現れたかのような錯覚を起こしてしまいそうで。

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