23

 羞恥からか頬をほんのり赤く染めたリアはこれ以上からかわれるのは御免だと咳払いする。空気を変えるみたいに深呼吸をすると再びノワールへ視線を向けた。


「キーラさんだけではありません。ロザーリさんも、それに恐らくハウラさんも、あなたのことを“ノワール”と呼んでいました」


 リアはその名を知っていた。


「ノワール――。その名は……」


 ジョーカーの、実名だ――――。


「だから?」


 ノワールは笑みを浮かべた表情を一切崩さない。


「約束は守るぜ。おまえがこの祭典で優勝すれば俺はおまえをジョーカーの元へ連れてってやる。けど負けたら話はなしだ。大人しく国に帰れ」


 話はなし。その言葉の裏に秘められた真意に言及する。


「興味はない、と?」


 答える代わりに口角を上げる。


「本当に? このまま一生、裏切り者のジョーカーとして――」


「ストップ。フライングはルール違反だ」


 リアが何を目的にジョーカーを探しているのか知りたくないわけがない。それでもノワールは“話は無し”だと言い切った。

 最悪の場合、優勝に固執しなくとも彼を動かせる手はある。だがリアが持つ手札で彼が固く閉ざした心を開いてくれるかどうかは五分五分。

 彼の負った怒り、悲しみ、絶望が深ければ深いほど生じる憎悪も大きい。それによって手札の重要性も大きく変わってくる。

 だが、迷ってる暇はない。絶対に果たさなければならない。

 彼の帰還を待つ人物がいるのだから。

 ここで引くのは惜しい。だが急ぎすぎるあまり結果を待たずして話を聞く気がないと突っぱねられると余計に厄介だ。


「わかりました。受けて立ちましょう」


「お、強気だな」


「こうでもしていないと自信を保っていられないので」


 相手は一癖も二癖もある変人。虚勢でも張っていなければやってられない。


「ふあーー、つかれましたーー!」


 広場の辺りを走り回っていたエルが頃合いを見計らったように戻ってくる。するとリアは困ったようにエルを見た。


「エルくんの保護者は困った方ですね」


「へ?」


 突然言われたのはまさにノワールという人間を正しく表す言葉で、長年連れ添ったエルには今更なこと。

 だがリアがそこに行き着くまでにどのような経緯があったのかを一切知らないエルは、下手に頷いて彼女の気持ちがノワールから遠ざかっていくのと思うと滅多なことは言えず、結果戸惑ったようにノワールとリアを見比べた。


「え、ええーっと」


 いつになく愉しそうな様子の保護者を見る限り心配ないのかもしれないとも思ったが、彼が愉しげにしていて上手くいった試しはない。

 この笑みは例えるなら――そう。自分を困らせるくせに我関せずといった具合で楽しんでいるときの悪い顔だ。ということは、彼はリアに何か失礼をしてしまったのだろうか。

 焦るあまり次第にオロオロと身ぶり手振りが激しくなるのと同時に口をパクパクさせるエルの姿に思わず噴き出したリアは「大丈夫ですか?」と肩に手を添えて落ち着かせる。


「あ、ああああの、リアさん!」


「はい」


 リアが返事をすると少年はその顔に戸惑いを残したまま、だが真剣な眼差しでリアを見上げた。


「こんなこと言ってもぜんぜん説得力ないかもだけど! でもでも、ノアさんはイイ人です!」


 混乱する思考で考え抜いた結果、口から出たのはそれだけ。


「なんだそれ。だったらもっと説得力あること言いやがれ」


「えっ!? あ、えっとそんな急に言われても……」


 ノワールの突っ込みにエルは難しい顔をする。

 説得力のあることで思い浮かぶ事といえば彼の自堕落な日常を暴露するしかないではないか。

 エルにはたとえそれが彼の短所でも決して失望などしないと断言できるほどノワールのことを強く尊敬しているので問題ない。

 しかしリアはどうだ。

 彼女はまだ自分たちと出会ったばかりでノワールという男を知らない。

 そんな相手に他人が聞けば残念でしかない話を聞かせてしまえば幻滅されることは間違いない。

 それだけはなんとしても避けねばならない。――さて、どうしたものか。


「おい」


「あ~ちょっと待ってくださいね! すぐになにかノアさんのイイ人エピソードを一つ…………」


 言いかけて再び考え込む。


「こんにゃろう」


 しかも思いのほか真剣に悩んでいるにも関わらず一つも出てこない不甲斐なさにノワールは拳をぷるぷると震わせる。

 このガキはたかが説得力のある事柄を一つ出すのにどれだけかかってるのだ。


「っ~!? と、ぅわっ、ノアさんっ!?」


 唸り声を洩らしながら悩み込むエルの頭に手を乗せたノワールが彼の髪を豪快に撫で上げる。

 そして一言、宣告した。


「おまえあとで覚えてろ」


「えぇぇええええ!?」


 お仕置きの前振りのような言葉にあわあわと焦るエルはわけがわからないと抵抗する。

 こんなにも必死に保護者の名誉を守ろうと努力している自分にかけられたのは労いでもなければお褒めの言葉でもなく、罰宣告。


「そういうの、リフジンって言うんですよ!」


「なーにが理不尽だ、このクソガキ」


「うわっ、髪がぐしゃぐしゃになりますーー!」

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