22

「そうか。ほら、見てみろ」


「…………?」


 気を取り直したようにかけられた声にリアはそれまで巡らせていた思考を止めて視線を隣に向ける。ノワールは舞台のある側とは別方向を指差していた。

 そこにあるのは、広場の中でも一際存在感のある大きな石の塊――。


「あれがベルの像だ」


 流石は街のシンボル。見事なまでに巨大な像だ。

 石像ということもあり色味はないが、それでも目の前の像が放つ独特の雰囲気オーラには圧倒される。


「あの方が、ベル・フローラ」


 女性らしい丸みを帯びた肉付きだが決してふくよかというわけではない。全体的に骨格が細いのだろう。大きな瞳に長い睫毛、唇は少々厚く可愛らしい形をしている。個々の部位と全体とのバランスが完璧なのだ。臀部辺りにまで到達した髪は緩やかなウェーブを描き、その流れるような髪を一束掬った指の線まで繊細に、そして扇情的に彫られていた。

 愛らしさに加えてどこか神々しさも感じる。これぞまさに美女ベル――。


「お美しい方ですね」


 愛されるために生まれてきたといっても過言じゃない。この美貌はまさに神から与えられた加護――神に愛された者の姿だ。


「これだけ美人なら破滅させられんのも頷けるだろ」


「え?」


 突如ノワールの口から出てきた脈絡のない言葉にリアは疑問の表情を浮かべる。


「いまじゃベル・フローラの呪いって笑ってられるが当時にしてみれば笑い事じゃ済まなかっただろうぜ。――ってなんだ知らねぇのか」


 その問いかけにそっと頷く。

 破滅とは物騒な話だが、こんな美女が何を破滅されるというのだろう。


「まあそうだよな。俺もこの話を聞いたのはこっちに来てからだったし、当然知らねーわな」


 バレッティア、もしくはオルタナでは馴染みの話だが他国の人間にはそう浸透していないということをノワールはすっかり忘れていた。


「古い言い伝えだ。ベルに魅入られた男はベルの美貌の虜となり、ベルに魅入られた女はベルに身を滅ぼされる。ベル・フローラに魅入られた人間は破滅する――所詮は噂でしかないがな。それをここのヤツらはベルの呪いって揶揄やゆしてるっつうわけ」


「身を滅ぼされる?」


 男が美貌の虜になるというのはわかるが、身を滅ぼされるとはどういうことなのだろう。

 ベルの魂に取り憑かれるとでもいうのか。


「ベルみたく人間離れした美貌を自分も得ようと無茶して自爆するってことだ」


 ベルに近づきたい。ベルのようになりたい。ベルになりたい。膨れ上がった欲望はまるで呪縛のように頭の中を駆け巡り、やがて自らの身を滅ぼす。まさしく呪いだ。


「でも彼女はバレッティアの守り神と謳われているんですよね? そんな方が裏では呪いなどと言われているなんて」


「良くも悪くもそれだけ破壊的な存在だったってことだ」


 なんて皮肉な話だろう。だがこれだけの美貌の持ち主ならばあらぬ噂が立つのも頷ける。

 石像でここまでの色香を放つのだ。実物はきっと想像を絶するものだったに違いない。

 ついこの間までベルを知らなかったリアでさえ生のベルを拝めないことを残念に思うほどに興味をそそられたのだ。

 ベルの存在を幼い頃から知る者なら、たとえ不吉な噂があろうと特別な想いを抱くだろう。

 しかし、強すぎる憧れは時として全く異なる感情を生む。それが同じ性を持ち、さらに自尊心の強い女性ならなおのことだ。


「あの方も、呪いにかかってしまったのでしょうか」


 思い浮かぶのはあのときの、高圧的な瞳。


「あ?」


「……いえ。こちらの話です」


 リアの独り言とも取れるセリフをノワールは敢えて追求しない。その話をするのは今ではないと判断したからだ。


「っつ……さみぃ」


 比較的温暖な気候にあるバレッティアの街に少しだけ肌寒さを感じさせる風が吹く。

 それは何かの合図のようにリアの肌に刺さった。


「昨日の」


「…………」


「ロザーリさんのお店にいらっしゃった女性――キーラ・イザベルさんとは親しいのですか」


 そう話を切り出してきたリアにノワールは“きたか”と眉を寄せた。できる限り知らぬ存ぜぬを決め込むつもりだったが、あれだけ真正面から呼ばれたのだ。隠すことはできない。


「なんだ、気になるのか」


「違います」


「へえ?」


「あ――ちがっ!」


 ニュアンス的に“妬いているのか”と聞かれたのだと判断したリアは即効で否定するものの、明らかに不機嫌を露にした言い方にノワールがニヤリと口元をつり上げるのを見ると、またしてもやってしまったと気付いて苦い顔をする。

 昨日会ったばかりの相手だがその性格を嫌というほど垣間見たせいで彼に対する偏見の目が強くなってしまったらしい。

 明らかにからかうような物言いに負けじと間髪入れずに否定したのだが、この場合はリアの方が言葉の意味を取り違えてしまった。

 勿論、そうなるように仕組んだとしか思えないノワールの言い方にも問題はあるのだが。


「そうではなくて! っ、そういう、意味ではなくてですね!」


 どういう意味合いで受け取ったのか実にわかりやすいリアの反応がおかしくて堪らずノワールは相手の神経を逆撫でするような笑みを絶やさない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます