21

 リアは何も囮として狙われるのが怖いから拒否しているわけではない。たとえ身の危険に晒されたとしても自分の身は自分で守れるだけの実力は兼ね備えている。そのため仮に囮を任されたとしてもそれをやるということに関しては一切心配していない。

 しかし今は一分一秒の時間さえ惜しい。そんななか、真剣に頼んでいる自分をもてあそぶみたくに飄々としたノワールの態度、そしてそんな彼の脅迫紛いな言葉にただ従順に頷くしかないという状況に納得がいかなかった。

 ノワールは、やるもやらないもそれを決める権利はおまえにあると言いたいのだろうが、それはリアが断れないとわかっていてのこと。ノワールから離れるわけにはいかないリアには拒否権などあってないようなものだ。


「……卑怯です」


 呟いた言葉は今の自分にできる精一杯の反抗。だがそれはあまりにも弱々しい反抗で、最早負け犬の遠吠えとでも言うべきか。


「なんとでも」


 そしてやはり彼はリアの遠吠えに多少のダメージも受けなかった。それどころか寧ろ勝ち誇ったような笑みを向けるその顔を前に彼女の敗北心は更に刺激されていく。

 悔しさは倍増していくばかりだがやり返すことができないというのがなんとも堪らない。それを抜きにしても現在リアの思考は寝不足によって普段の倍は鈍っている。これ以上自分から墓穴を掘るような真似をしないためにもノワールのペースに飲まれてはならないとリアはそそくさと話題を変えた。


「――それより、どこへ向かっているのですか?」


 祭典を明日に控えた街には昨日よりも多くの人で溢れている。明日になるともっと大勢の人で賑わうのだと思うとベル・フローラ祭がどれだけ大きな祭りなのかよくわかる。

 とりあえず先を歩く二人の後を大人しくついてきていたが、彼らはどこかの建物に入ることもなくただ散歩でもしているかのような雰囲気でずっと街を徘徊している。

 果たしてこの行動に意味はあるのだろうか。

 それとも本当に天気がいいからとただ散歩をしているだけなのか?


「まさか」


 ふと、嫌な予感が頭をよぎる。そして、返された言葉はその予感を的中させるものだった。


「大丈夫だって言ってんだろ。何か飛んできても俺が守ってやっから安心しろ」


「やっぱり……」


 自分は早速、囮としての役目をこなしていたのか。

 リアがハウラの推薦で祭典に出場するという話を聞いた犯人は一刻も早くリアの出場を辞退させたいと動くはず。こうしてどこからでも狙って下さいとばかりに無防備に街を練り歩いていれば必ず向こうから接触してくるに違いない。

 ――なんと手っ取り早いやり方だ。


「信じられない」


 そういうことは事前に言っておくべきではないのか。

 痛む頭を押さえたリアは呟くように吐露するとがっくりと肩を落とした。


「おいシャキッと歩け。誰が見てるかわっかんねーんだぞ」


「……あなたこそ。守ってくださるつもりがおありなのでしたらもう少し緊張感を持ってください」


 守る、安心しろ、などと言っておきながら隣から醸し出されるのはなんとも頼りない空気。寧ろ緊張感が足りないのはノワールの方だと言ってやりたい。


「無茶言うな。そんな神経質になってたら禿げんだろ」


「……もういいです」


 期待した自分が愚かだった。


「自分の身は自分で守ります」


「お。頼りになるねぇ」


「…………」


 わなわなと震える拳を必死に抑えこむ。

 他人の言動に対して滅多に怒りという類いの感情を抱かないリアにとって、出会って二日足らずだというにもかかわらずこんなにも自分の感情を掻き乱すノワールという人間はかなりの希少種だった。


「あなたの心が見えません」


「ん?」


 リアのそれは正直な気持ちだった。

 ノワールが何を考えているのかわからない。――いや、違う。

 彼の心は最初から一貫していた。

 彼は自分についてくるつもりがない。

 だから話を聞くつもりもない。

 掻き乱しているのは――自分リアだ。


「着きましたー!!」


「え……?」


 エルの声にハッとしたリアは辺りを見渡して、首を傾げる。ここはどこだ――と。


「ここは?」


「ベル祭のメイン会場です!」


 一人で先を歩いていたエルが石段を飛び降りた先にあるのは、明日行われるベル・フローラ祭の会場となるバレッティアの中心部に位置する大広場。数百人は集客できるほどの面積があり、既に会場としての準備がほぼ終わっている。

 そしてあちこちから聞こえてくる活気のよい声は露店の客引きだ。


「リアさんは明日、あそこのステージに立つんですよ!」


 無邪気な笑みを浮かべながら説明してくれたエルの言葉に頷き、彼が指差す先を見る。


「そう、なんですね」


 明日になればこの広場が大勢の民衆で埋め尽くされる。住民だけではなくバレッティアに立ち寄った旅人や兵も――そう思うとリアは鼓動が速くなるのを抑えられなかった。それは観客の注目を一身に浴びることへの緊張に似ているが、彼女の場合それとは違う。


「なんだ、緊張してんのか」


「……いえ」


 深呼吸するリアの顔色が心なしか青ざめているように見えたがすぐに元の色を取り戻す。

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