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「ここに住む以前のことを聞いたことは――?」


「さあ、ないわね。ほら当時っていうとロディオスとリルファールが睨み合ってたでしょう。それがあって結構こっちに人が流れてきてたからね。一々『あんたはどこから来たんだい』なんて聞くだけ野暮でしょ? ……でもまあ、その流れでここに移り住んできたってことはあいつもその辺の出身なんじゃない?」


 あの戦争で多くの住民がロディオスから離れていった。戦争が終結して七年が経った今でも、離れていった住民の半数が戻ってきていないといわれている。

 言葉にするのは簡単だが一体どれほどの国民が他国に流れていったのか。想像するだけで、ロザーリの言った野暮という意味がよくわかる。


「あいつのことが気になる?」


「……ずっと探していたんです」


「え?」


「あ、いえ」


 思わずこぼれた本音を隠すように否定の言葉を口にしたがだからといってどう答えたらいいのかわからずに頭の中で一語一句整理しながら声にしていく。


「ただ、少し変わった方だと思って。どういう人なのか興味が湧いただけです」


 するとロザーリはリアの心を見透かしたように言った。


「それはつまり気になるってことでしょう」


「――そう、ですね。そうかもしれません」


 剣や瞳の色を聞いたときに彼だと気付くべきだった。

 彼はジョーカーのことを“あいつ”と親しげに呼び、口が滑ったというような仕草をした。あの瞬間からノワールはリアを騙していた。

 もっと言うなら、街でジョーカーの名前を口にした瞬間から彼は自分に何らかの疑念を抱き警戒していたのかもしれない。

 彼の家で名前について話したときエルの言葉を遮ったのは、さっさと本題に入って欲しかったからではなく本当の名を知られないためだった。


(あれは全て演技だった……)


 無理難題を提示しながらも完全に突き放さないのは、リアの話に興味を持っているからなのか。

 それともやはり――この顔か。

 やはり自分が動いたのは正解だった。この様子だと他の人間なら即刻身を隠されていただろう。それこそ少しの興味さえ持たれなかったはずだ。


(まさかこんなに早く見つかるなんて思わなかった)


 だが自分は見つけた。

 ロディオスを救う唯一の鍵を。


「さて、話はここまでにして続きをしようか」


 両手を重ね合わせて響く乾いた音がリアを現実に引き戻す。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「あんたが謝ることはないよ。こっちはきっちり対価を貰ってるんだからそれに似合うだけの仕事をするだけ」


 理解したかと問えばリアは心なしか余裕の浮かぶ表情で小さく頷く。すると若き女主人は勝ち気に笑ってみせた。



  ***



 男の話す内容を聞いたリアの顔色は一変した。


「まさか私に囮になれと?!」


 翌日。宣言通りにノワールが店に現れたのは太陽が真上に昇りきった刻だった。

 多少気だるげに挨拶を交わすノワールを見て、まさか自分との事を考えていて眠れずにいたかと淡い期待を抱いていたが、すぐにエルから、夜明けまで酒場に入り浸っていたと聞かされてリアのこめかみには数本に枝分かれした青筋が浮き出た。

 というのも、リアはノワール以上の睡眠不足により現在非常に気が立っている。

 昨日はあれから採寸や細部の微調整、その他諸々に追われて、ベッドに入ることを許された時は既に陽が昇っていた。

 疲労困憊のリアとは真逆に朝から逞しく店を開けるロザーリの体力には脱帽した。が、今はそれどころではない。

 ロザーリの店を出たリアは開口一番。ノワールとハウラの二人が店で話していた意味深な会話の詳細を聞き出した。そしてその驚愕の内容に思わず感情を剥き出しに声を張り上げたのだった。


「おとり?」


 蚊帳の外のエルは二人の少し先を歩いていたがリアの声に反応すると、聞き慣れない言葉に何のことだと首を傾げる。だがどうせ自分が聞いてもわからないことだと早々に考えることを止めて先を進んだ。


「あなたは私にこう言いましたよね? ベル・フローラ祭で優勝しろと。命を狙われるかもしれない厄介な事件の囮をしなければならないなんて聞いていません。それにそんな重大なことにもかかわらず私が尋ねなければ黙っているつもりだったのですか?」


「だから心配いらないって言ってんだろ。おまえが怪我しないよう俺がちゃーんと見ててやっから」


 面倒くさいとばかりの欠伸混じりな言葉を放つ男に鋭い視線を向ける。


「そんな軽い口約束を信用しろと?」


「あのなー、言っとくけど俺以上に信用できる奴なんてそういないぞ」


「あなた以上に信用できない方こそいません」


 既に一度騙しているようなものなのに白々しい男だ。

 精一杯の皮肉を込めて言い放つと拗ねるように顔を背けたリアに、小動物のような愛らしさを覚えたノワールは不意に湧いた悪戯心が止められず。


「ならやめるか?」


「!?」


 何気ない感じで告げる。するとリアは信じられないと言いたげに目を見開き、下唇を噛みながら憎々しそうな表情を滲ませてノワールを見上げた。

 それができないとわかっていて提案してくるなどタチが悪いにも程がある。

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