19

 ベル・フローラの称号というのはそうまでして得る価値のあるものなのだろうか――。

 街を盛り上げる伝統的な行事があることは素晴らしいが、祭典自体に興味がないリアにはそこまで貪欲に称号を欲しがるキーラの想いを理解するのは難しかった。


「あの子と普通に話したかったら祭典後にするか、もしくはエントリーを辞退することね」


「それはできません」


 冗談混じりの助言をリアは即座に拒否した。


「ベル・フローラ祭の優勝は私が頂きます」


「あらなに、随分気合い入ったじゃない」


 キーラに感化されたのかと笑うロザーリだが、リアは元より優勝しか考えていない。

 リアが欲するものはキーラとの関係でもなければベルの称号でもない。称号を得たその先にあるのだから。


「…………」


 そっと視線を向ける。するといつから見られていたのか、こちらを見つめるノワールと視線が合わさった。

 言葉を交わすわけでもなく、ただじっとお互いを見合う。

 次々と頭に浮かぶ疑問を表情に乗せてぶつける。しかし彼は少しも動じることなく笑みさえ浮かべていた。


「では私もそろそろいとましよう」


「ああ、そっちは頼んだぜ」


「任せたまえ。ではミス・ロザーリ、そのうちまた伺うよ」


「今度ともご贔屓ひいきに。奥さんのプレゼントに最高級生地のドレスを用意して待ってるわ」


 去り際に告げられた商売文句にハウラは笑みを浮かべながら店を出ていく。陽気な彼がいなくなった店内は一気に本来の静けさを取り戻した。


「そんじゃ、俺らも行くぞ」


「はいっ」


 ちょん、と駆け寄りノワールの隣についたエルを見たリアは慌てて身を翻した。


「えっ、あっ、ちょっと待ってください。すぐに着替えますから!」


 まさかこの格好のまま帰るわけにはいかない。すぐにドレスを着替えなければと試着室に戻ろうとしたが、それはロザーリに肩を掴まれて止められた。


「あーダメダメ。あんたはここに残ってもらうから」


「え?」


 呆けた顔で見つめるリアにロザーリは再度告げる。


「まだやらなきゃならないことが山のように残ってるんだから今日は帰さないよ」


「えっ、あの、ですが……」


「宿なら心配しなくいいわよ。上が家だから客間に泊まってもらうわ。必ず間に合わせてあげるからあんたもそのつもりでいなさい」


「ええ、それはありがとうございます。あの、でも私っ」


 戸惑うリアを安心させるように告げるが、問題としているのはそこではない。

 ドレスを完成させてもらえることはありがたい。だがそれ以上に彼にはまだ聞きたいことが、それこそ山のようにあるのだ。

 切実に訴えるリアの表情にノワールは軽く頷く。


「ちょうどいいや、今日はここに泊めてもらえ。で、明日俺が迎えに来るまで一歩も外に出るな」


「でもまだ話がっ!」


 何がちょうどいいのかさっぱりだが迎えに来るということはまだ会ってくれる気はあるらしい。それでもこれまでの行いからノワールの言葉を完全に信用することができずに食い下がると「わかったな?」と念を押される。

 あまりしつこくして彼の機嫌を損ねるのは得策ではない。喉まで出かかった言葉をむりやり飲み込んで、コクンと頷いた。


「ロザーリ、後は頼んだぜ」


「ロザさんもリアさんもさよならっ!」


「ああ、とっとと帰んな」


 逃げられてしまった――。

 確実にこれ以上追求されることが煩わしくて逃げたのだ。

 それにしても知り合って間もない人間を二人きりにして立ち去るのはどうなんだ。せめてもう少し他愛のない話をしてお互いに打ち解けたところで「じゃあ後は頼んだぜ」が普通ではないのか。

 本当に何を考えているのかさっぱりわからない人だ。

 ――しかし、それが“彼”であれば合点はいく。

 自由奔放で礼儀知らず、無鉄砲・考え無しという人間性はどうやら間違いではなかったらしい。


「諦めな。あいつはああいう男だから」


 証言を裏付けるようなセリフが被される。

 ロザーリの口調には呆れこそあるものの表情はとても柔らかかった。


「ロザーリさん、聞いてもいいですか」


 リアの声にロザーリは「ん?」と首を傾げる。

 キーラが来る前にノワールとハウラが話していた嫌な予感しかしない密談の内容を聞くのもまだだったが、今はそれ以上に確かめなければならないことがあった。


「彼と、親しくしてる男性がいらっしゃると思うんですけど、ご存じないですか」


「あいつと? 酒飲んで馬鹿騒ぎする奴ならたくさんいるけど特別親しくしてる相手なんていたかしら。それこそあのオッサンくらいだと思うけど」


 試着室で着替えてる間、エルはリアに、ロザーリやトマとは長い付き合いでとても親しい間柄だと言っていた。そんな彼女でも知らない相手がいるというのは考えにくい。

 リアは意を決してその名を出した。


「彼――ノワール・ハルヴィンさんはいつからこの街に?」


「そうねえ。初めてあいつを見たのは店が軌道に乗り始めた頃だから確か……六、七年前だったかしら。こうしてみると時の流れは早いわね。エルなんてまだ赤ん坊みたいだったのに」


 六、七年前――。

 過去の記憶を思い出しているのか顔を綻ばせながら話すロザーリの言葉にリアは確信を持つ。

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