18

「ええそうなの。さすがハウラさんよく見てらっしゃるわね。これは先日うちにきた商人から買ったのよ。この辺りじゃ見ない顔だったけどなかなか良い品を揃えていたわ」


 色鮮やかな宝石の数々が嵌まった金の首飾り。なかでも中心で圧倒的な存在感を放つ石は一目で相当値の張るものだとわかるほど輝いている。


「そうなのかい? それは是非私にも紹介して欲しいところだ」


「ええ、もちろん。次に来たときはあなたのところにも伺うよう伝えますわ」


 キーラはふと店の奥にいる人影に気付きそちらに興味を向ける。そこには一人だけ状況についていけずに身を潜めるリアがいた。


「綺麗なドレスね。あなたが“急な依頼”?」


「あ、その……」


 突然尋ねられた言葉にリアは口ごもる。

 何しろたった数分前に話を聞かされたばかりでまだ詳細を飲み込めていない上に今しがた衝撃的な真相を耳にして全く理解が追いついていないのだ。

 それでも、リアに祭典に出場させるためにドレスを着せたのなら当然キーラの言う依頼者はリアのことになるのだろうが、ここで自分が頷いてしまっていいのか悩む。

 助けを求めるように視線をやるとまさにその時ノワールが助け船を出した。


「こいつは俺の秘蔵っ子でな。ハウラに頼んで明後日の祭典に推薦枠で出場させてもらうことになったんだ」


「推薦――?」


 その瞬間、キーラの纏う空気が変わる。

 高圧的な視線がリアに突き刺さった。


「あなたの好み……にしては珍しいタイプの女性じゃないかしら。少し、意外ね」


 それはまるで値踏みでもされているかのような居心地の悪さ。淡々と言ってのけた言葉に皮肉めいたものを感じたのはリアの思い過ごしではないはず。

 穏和な空気がなぜ一瞬にしてこんなにも張り詰めたような刺々しいものに変化したのか、わけがわからなかった。


「キーラ・イザベルよ。会えて嬉しいわ」


「こちらこそ。リアです」


 小首を傾げて頬笑むキーラの姿は店にやって来た直後に見せた顔と同じだが、一度垣間見た違和感がリアの感情を複雑にさせる。


「当日はよろしく頼むぜ」


「ひゃっ!」


 良くない空気を知ってか知らずか話に割って入ったノワールはリアの肩を抱く。

 目を見開いて驚くリアに笑ってみせるが彼女が見たのは何とも白々しい笑顔だった。


「ええ、あなたのお気に入りの子ですものね。丁重に相手をさせてもらうわ。それじゃ」


「待てよ。用があったんじゃないのか」


 踵を返したキーラを呼び止める。

 彼女は振り返ると静かに笑う。


「当日に着るドレスの調整をお願いしようと思ってたんだけど日を改めるわ。ライバルの前だもの。手の内は最後まで隠しておかないとでしょう?」


「おまえにはこんなガキ怯えるほどのもんじゃねえだろ。ま、楽しみにしてるぜ。――ああそうだ」


 店を出ようというところでまたしてもノワールは彼女を引き留める。


「祭典の出場者が襲われてるって話は聞いてるだろ。おまえも出歩くときは気をつけろよ――と言いたいところだが余計なお世話か。どうせ今日もぞろぞろと引き連れてんだろ?」


「ふふふ。はずれ。今日は二人だけよ」


 キーラはそう言うと扉の外に目線をやる。そこには恰幅の良い黒服姿の男が二人、直立で待機している。


「でもお気遣いありがとう」


 今度こそ店を出た彼女は扉が閉まる寸前、リアを一瞥する。まるで獲物を狙う獣のような瞳にリアは心臓を鷲掴みにされたような感覚に震えた。

 キーラの様子が変化したのはリアが祭典の出場者だとわかった直後。つまりリアに対する一連の悪意は全て敵対心からの威圧あるいは牽制の意味合いを込めてのものだと推測できる。

 だがそれにしては――。

 そっと左胸を押さえる。やけに違和感の残るこれはどう説明すればいいのだろう。


「どうした」


 不意に声をかけられて肩が跳ねる。

 キーラから殺気のような禍々しい気を感じた――。頭に浮かんでいる言葉を言うべきか否かと躊躇いながらノワールを見る。


「あの方から物凄い気迫を感じました。その思いの強さに少し驚いただけです」


「あんまり気にすることないわよ。キーラは別にあんたが嫌いなわけじゃないから」


 声のした方へ振り向くとロザーリが呆れたように笑みを浮かべている。


「祭典の時期になると誰に対してもああだから。それに今年は殿堂入りがかかってるもんだから特に張り切ってるの」


 彼女は現在ベル・フローラ祭二年連続優勝の栄光を持つ自他共に認める現在最もベルに近とされる人物だった。

 今年の祭典でも優勝しベルの座を勝ち取ることができれば、三年連続優勝として殿堂入りすることになる。殿堂入りした優勝者の名は栄光の証として広場に祀られているベル・フローラ像にその名を刻まれるのだが、祭典が始まって以来その偉業を成し遂げた者はまだいない。

 よって今年キーラがベル・フローラに選ばれたら彼女の名は像に刻まれ、その美貌は後の世に永遠に語り継がれることになる。


「キーラはバレッティアで生まれ育った根っからのベル信者だからね。ライバルを前にして余計に神経が尖っちゃってるだけよ」

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