16

 二人というよりノワールの方に厳しい追求の視線が向けられているというのが正しいだろう。

 素直に吐いてしまってもいいが、それでは自分が面白くない。どうしたものかと次の言葉を探している間、今にも般若の形相になりかねないリアを見つめていて、ふと“そこ”の部分に目がいく。すると次の瞬間、ノワールの顔は一気に曇っていった。

 非の打ち所がないはずだった姿に唯一、実に惜しい部分を発見してしまった。そこは男の注目を最も浴びる重要な部分であり、そこが欠けてるということは見る側にとって心底残念なことで、リアには優勝争いをする中で命取りとなる不安要素。


「……なにか?」


 当人はノワールの物言いたげな表情に気づくとその意味を尋ねてくる。


「胸が物悲しいのがちと不安要素だな」


「っ! どこを見てるんですか!」


 紳士の発言とはかけ離れた言葉を受け瞬時に顔色を変えたリアは頬を真っ赤に染め上げながら慌てて胸を隠して下品な視線から死守する。


「まあ予想はしてたがまさかそこまで乳なしだとは思わなかったな。どうりでピョンピョン飛び跳ねられるわけだ」


 あれだけ身軽な動きを操れるからには余計な脂肪がないのだということは想像していたものの、実際に見せられると落胆してしまうのは男の性。

 一人で納得するように頷けば、リアは羞恥のあまりに唇を震わせる。ノワールは素直にリアの身体能力の高さに秘められた謎を解き明かしたことの感想を述べていたのだが、大袈裟な動作と不遜ぶそんな態度を見せられると、まるで小馬鹿にされているように思えてくるのである。


「全くバカな奴らだね」


 すると遅れてやって来たロザーリの手が、怒りに震えるリアの肩に触れた。


「あんたら男は単純だから知らないだろうけど胸を大きく見せるなんて簡単なのよ。やり方次第でどうとでもなるんだから。首はまぁチョーカーも悪くないけど、デコルテが綺麗だから首飾りは上品に仕上げた方がいいだろうね。トップラインは盛るのもいいけど装飾も悪くないんじゃない? ボリュームは勿論出るし華やかさも増すわよ」


 だから安心しな、とロザーリは笑ってリアをフォローしたがそれにいち早く反応したのはリアではなくノワール。


「おう、それなら安心だ」


「っ……あなたという方は……!」


 おどけた様子で小首を傾げるノワールにリアが憤慨したということは言うまでもない。

 本当にどこまで失礼極まりない男なのだ――。

 胸元で握り締められた拳は怒りを抑えることができずワナワナと震える。


「ちょっと来てください」


 有無を言わさずノワールの袖を引き、さっきまで自分が入れられていた試着室へ連れていく。二人きりになったところでスッと息を吸い込むと感情を露にするように声を荒らげた。


「一体これはどういうことですか!」


「ん?」


「話が違います! 私はジョーカーに会うためにここに来たんです。なのにどうしていきなりこのような格好にされるんですか!?」


「そりゃー、それがあいつからの伝言だから?」


「は?」


 リアは眉を顰める。

 ジョーカーの伝言でドレスを着るとはどういう意味だ。


「『俺に会いたきゃベル・フローラ祭で優勝して、優勝賞金を手土産に持って来い』だと。残念だったな。けどあいつはそういうヤツなのよ」


 おまえは知らないだろうけどとつけ足すとリアはあからさまに顔を不機嫌にさせる。


「ベル・フローラ祭というのはなんですか」


「この街で毎年開かれてる祭典だ。その年の最も綺麗な女を決める歴史と伝統に溢れたありがた~いコンテスト」


「……開催日は?」


「明後日」


「明後日!?」


 名の知れた祭典ということはそれなりに知名度がある。知名度があるということは人が大勢集まる。人が大勢集まるということは強豪が揃うということ。

 開催まではあと二日。準備期間は今日を入れたとしても残り一日と数時間しかない。

 今の今まで祭典の存在も知らなかった人間がいきなり出場して優勝してこいなど無理難題にも程がある。


「……そういうことですか」


 リアは悟った。彼らは自分に僅かな期待だけ持たせて実際会う気など到底ないのだ、と。


「――今すぐにジョーカーのところへ連れていってください。彼に会って直接話をします」


「『嫌なら帰んな』だとよ」


 そう告げた瞬間、リアは突如手を伸ばす。ノワールの胸ぐらを掴み、そのまま自分の元に引き寄せる。


「そうやって人をからかうのは楽しいですか?」


「俺はあいつの言葉をそっくりそのまま伝えてるだけだ」


「ですからあなたでは話にならないのでジョーカーの居場所を教えてくださいと言ってるんです。――こちらは力ずくで聞き出してもいいんですよ」


 目と鼻の先という近距離で彼女が言い放ったのは脅し文句。堅苦しい言葉遣いはそのままだが明らかに態度が変わった。毅然と向かってくる様にノワールも血が騒ぐ。


「勇ましいねえ。どうやって俺の口を割る気だ」


 ニヘラな笑みを浮かべて、やれるものならやってみろと言わんばかりのセリフと態度を示すノワールにもリアは引かない。

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