15

「……ああ、そうだな」


 話が拗れると面倒なため熱弁するハウラに合わせて返事をしてみせたが、今回自分たちがやろうとしてることも充分不正だぞと心のなかではしっかり突っ込みを入れる。

 するとそんなノワールの考えを察してかハウラは鼻息荒く口を開いた。


「いいかノワール!」


「おい声が大きいって」


「ベルはバレッティアの女神だ! 聡明で美しく品格に溢れた嘘偽りない女神。ベルの称号を得るものはベルと同じ女性でなければならない。悪に堕ちた汚れた心の持ち主の名をベルに刻むわけにはいかないのだよ!」


「ああわかるぜ、だから落ち着け」


 ――要するに圧力には屈しない、と。

 そうまでして祭典を守りたいハウラの気持ちがわからない。今や広く知られたとはいえ、ただの街の祭りだ。

 しかしそんなただの祭りに命をかけ、はたまた罪を犯してまでも望もうとする者もいるのだから侮れない。

 奴らもどうかしている。街のお祭りごときに躍起になっているなど知られたらいい笑い者になるとなぜ気付かない。暗黒を家業とする者が聞いて呆れる。

 ともあれ、犯人の標的ターゲットはベル・フローラ祭に出場者の中でも優勝に近いとされる特定の人物に絞られている。ならば誘き寄せるのは簡単だ。

 ここから次の標的になる囮を出せばいい。


「どうだ。やれそうか?」


 不安そうに見つめてくるハウラに反し、ノワールはその顔に確かな笑みを浮かべた。


「ああ、任しとけ」


「おおーっ! 流石は私が一目置く男! それでこそノワ――」


「どぅわあああああからっ! 声がでけえよ!」


「ああ、すまない」


 興奮ぎみに音量を上げたハウラの声に自分の声を被せながらそう怒鳴るノワールの額には心なしか汗が滲む。

 ノワールの必死な様子にハウラはてっきりまたロザーリに注意されるのを恐れての冷や汗だと勘違いしたようだが、彼の真意は他にあった。

 別に隠す必要もないのだが今更真実を明かすのもつまらないし、せっかく面白いことになっているのだからこのまま黙っていたいのが本音。


「とにかく。出場の件は頼んだぞ」


 念押しすると、ハウラはいまいち理由がわかっていないのか不思議そうに頷いた。


「それは構わないがどうしてわざわざ私の推薦だなんて言う必要があるんだ?」


「“主催の推薦”って言葉に意味があんだよ。犯人が参加者を狙ってるのは確実だとして、あいつを次の標的ターゲットにさせるためには注目を浴びる必要がある。そこであんたの出番だ」


 突然指差されたハウラは真ん丸と目を開いたままわけがわからないといった顔をしている。


「優勝の可能性が高い相手を片っ端から倒したことでヤツらは安心しきってる。だがそこに新たな出場者、それも主催が推薦した候補が現れたとなるとヤツらは相当動揺するだろうし、間違いなく今まで同様潰しにくる」


 そこを叩く――。狡猾な微笑がこれほど似合う男はいないだろう。これではどちらが悪で正義かわからない。


「ふむ。確かにそれはいい作戦かもしれんな。だが、一体誰がその役目を担うんだ? そんな危険な役を引き受けてくれる女性に当てでもあるのか?」


 ――この状況でそれを聞くか。


「…………」


 冷めた視線がハウラに注がれる。

 あんたやっぱ俺の話聞いてなかったな、と喉まで出かかった言葉を飲み込んだノワールがまた一から説明のやり直しかと溜息混じりに「だから」と発したときだった。


「――それ、どういうことですか?」


 背後からかけられた線の細い声にノワールの心臓は大きく飛び跳ねた。

 これがロザーリの声ならどんなによかったかと思うものの、耳孔に入ってきた声はロザーリではなくこの店内にいる五人目の声。

 一体いつからそこにいたのだろうと考えを巡らせるが話に夢中になっていたせいで全く気配を感じなかった。

 すぐ後ろに立っているであろう人物がどうか話の全貌を聞いていないことを願いながら振り返ったノワールは――硬直した。

 首から胸元までの間に肌を隠す布は一切無く、傷一つないデコルテと豪快に開いた背中から腰にかけてのラインは目を疑うほどの美しさを放っている。

 裾の波打つような独特な広がりのある形が全体的に線の細い身体のラインを強調した艶やかな仕上がりを持たせていた。

 ほんのりと赤みを帯びてはいるがそれでも瑞々しい乳白色の素肌を惜しみ無く露にした露出の高いドレスは瞳の色と同じ、彩度の高い海色。うっすらと煌めく生地が華やかさを加えおり淡い色の金髪に良く似合っている。


「お、まえ……すげぇな。想像以上だぜ」


 思わず溜息がこぼれた。

 元の姿が薄汚れた長衣の貧相な格好だったからというのもあるが、これは見事だとしか言い様がなかった。


「おお! これはまた見事ではないか!」


 ノワール同様ぱちくりと目を見開いていたハウラは興奮を隠すことなく肉厚な手を重ね合わせ拍手を送る。

 ハウラの言う通り、これなら優勝も夢ではない。――だが。


「答えてください。一体何を話していらっしゃったんです」


 本心からの言葉だったのだがそんなことはどうでもいいとばかりにノワールとハウラの賛辞を聞き流したリアは眉間に寄せた皺を深めてピシャリと言ってのける。

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