14

 高らかに床を鳴らすヒールの高い靴を履いた店主のロザーリが鬱陶しそうな声を放ちながら二人のもとへやって来る。


「あー悪いねミス・ロザーリ。嬉しさのあまり感情が抑えきれずについ加減を忘れてしまったよ」


 溜息混じりのロザーリに振り返ったハウラは悪びれた様子もなく声の主に平謝りする。

 ノワールはロザーリを見ると、一言。


「済んだのか」


「一応、ね。ちゃんと着せてやるにはまだ所々直しが必要だけど」


「そうか。急に押しかけて悪かったな。店まで閉めさせちまって」


「ホントだよ。こっちは今が最高に稼ぎ時だっていうのにいきなり現れたかと思えば『祭典用のドレスを用意してくれ』なんて簡単に言ってくれちゃって。祭典まであと二日しかないっていうのに。客の身体に合うドレスを仕立てるのにどれだけかかると思ってんだよ」


 突然押しかけてくるなり難題を要求してきたノワールへこれでもかというほど悪態をついたロザーリだったが一息つくとさっきまでの不機嫌そうな表情を一変させて仕方ないというように眉根を下げた。


「今回は多目に見てやるけど」


 だがさすがに今から生地や色彩選びなどやっている時間はなく、用意したのは既製品だ。それをこれから祭典に間に合うよう大急ぎで直していく。


「助かるぜ」


「ふん」


 ノワールが礼を言えばロザーリは冷たく溜息。だがふと思い出したように視線を奥へと向けて。


「それにしてもあんた、一体なんて言って連れてきたの? 相当混乱してるわよ」


「あー」


 それもそのはず。少女は人と会うことを目的にやって来たのにもかかわらず店に入った途端これを着ろと言われてドレスと共に試着室に放り込まれたのだ。突然なんの説明もなくそのような状況に置かれたら誰だって混乱する。


「ちょっといろいろ立て込んでんだよ。あとでちゃんと話すから無視してくれ」


「……ま、いいけど」


 不満げな顔を残して試着室へと戻っていく。凛とした後ろ姿を見届けてから再び向き直ると、そんな二人の間にただならぬ関係を感じ取ったのか、ハウラはこう尋ねてきた。


「なんだおまえたち、そういう仲だったのか?」


「ちげーつの」


 なぜそうなる。

 即座に否定したノワールは数日前の記憶を辿るようにポツリと告げる。


「この間店の前で変なのに絡まれてたから追っ払ってやったんだよ。その借りを返したいだけだろ。あいつそういうとこきっちりしたいヤツだし」


「本当にそれだけでここまでしてくれるものか? なあノワール、おまえもそろそろいい歳だし私はお似合いだと思うぞ。エルも懐いているじゃないか」


 顎を掻きながら勿体ないという様子で呟くハウラにノワールは一言、やめろとだけ告げた。

 いい歳なのは認めるが余計なお世話である。そもそもロザーリとはそういう甘酸っぱい仲ではない。


「それでだ。結局のところ被害はどんくらいになってる」


「ああ……それが昨夜また一人やられてしまってだな。これでもう五人目だ」


 やっと本題に入ったところでハウラはお手上げだと言わんばかりに肩を竦めるとポツリと話し始めた。


「五人とも怪我は掠り傷程度で済んでおるが、また襲われるかもしれんというのを恐れて全員が祭典の参加を辞退してしまったよ」


「やられたのは全員決定直後か」


「ああ。その日から翌日の間に襲われている」


「仕事が早いな。誰が漏らしたんだか」


「それが一応調べてはみたのだが……」


 歯切れの悪い返答に察する。


「ま、口が避けても自分が流したとは言わねぇよな」


 事の始まりは祭典出場者の選考。

 エントリーされた中から出場者を選出したまでは良かったのだがその直後、出場が決まった女たちが何者かによって襲われたのだ。犯人は祭典の出場を辞退するよう警告。脅しは日増しに過激になっていき、それは祭典を辞退すると言うまで続いたという。

 祭りの日を目前に、そんな物騒な事件が既に五件も起きていた。


「やっぱ狙いは“ベル・フローラ”か」


「そうだろう。祭り自体に恨みを持つ者の仕業なら参加者ではなく我々を狙えば済む話だ」


 だが被害者は全員が祭典への出場が決まったベル候補。


「優勝したきゃ他を蹴落とせばいいわけだからな。まあ妥当な選択といえばそうだろうが……。にしてもこんだけ治安部が警戒してるってのに五人は多いな」


 さすがに多すぎる。まさかとは思うが、その仮説を拭い去るだけの証拠がない以上、疑いの目は広げる必要がある。

 とはいえ犯人は既に特定している。問題はその犯人をどう捕らえるかだ。

 下手に手を出せば痛い目を見るどころでは済まない。そんな物騒な相手にどう動こうものか。


「そうまでして欲しがる方もあれだが、付き合う方もどうかしてるぜ」


「うむ。まあ立場上やれと言われたら断れんだろう。そんなことをせずとも彼女なら充分――」


「だったらいっそのことさっさと勝たせちまって退場してもらえばいいんじゃねえの?」


「それでは出来レースになってしまう! 一度でも不正を働いてしまえばあの世にいったときご先祖様に顔向けできないではないか!」

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