13

 ジョーカーは消えたのだ。このジフォースから。



  ***



 仕立て屋、ラ・ディプドゥ。女性の衣服を取り扱うバレッティアの有名店は、こじんまりした広さと相反するように連日多くの客がやって来る。何より一番の稼ぎ時である祭典が開かれるこの時期は客入りも特に多かった。

 現在、店内にいる人の数は五人。うち三人は店主のロザーリ、ノワール、エル。

 そして残りは――、


「おお、引き受けてくれるか!」


 低身長小太りな体格によく似合う陽気な声が店内に響き渡る。

 彼はバレッティアで開催されるベル・フローラ祭を始めとする大々的な行事を取り仕切る主催者のハウラだ。

 金もあれば人望も厚い。それにもかかわらず悪評が一切なく非の打ち所のない善人という、金持ちにしては非常に珍しいタイプの男だった。


「ああ。但し報酬はここの代金プラス元値に十万上乗せしろ」


 店の端に設置された木製の円卓に肩肘をつきながら交渉するノワールのふてぶてしい態度を前にしてもハウラは嫌な顔一つしない寛大さをみせる。だが、ノワールの提示した条件にはさすがに顔を渋くさせた。


「うむ、それは少し高すぎやしないか?」


 羽振りのよいハウラが難色を示したのには理由があった。

 ノワールが提示した報酬額は数十万。一つの依頼に出す報酬の相場を軽く倍は超えている。

 けれどノワールは折れない。あくまでノワールはハウラから仕事を頂く立場なのだが臆することなくずっしりと構えており、一歩も譲る気がないことを示す。


「バカ言え、今回のは大仕事だ。こっちは下手すりゃこの街で生きていけなくなるかもしれねぇんだぞ。これでも安いくらいだぜ」


 そうなのだ。今回ハウラから頼まれた依頼、下手をすればノワールどころかハウラ自身もこのバレッティアで生きていけなくなる可能性がある。それどころか最悪の場合、失敗した時点で人生が終わることも充分にあり得る。それくらい危険と隣り合わせの依頼なのだ。ならば自分の命に似合うだけの額を頂いても悪くないだろうというのがノワールの言い分だ。

 愚痴にも受け取れる言葉にしばらく考え込んでいたハウラだが、やがて肩を竦めると仕方ないといった感じで首を縦に振り頷いた。


「うむ、そうだな。まあなんにしろ事件が解決するなら問題ないと思うことにしよう。どのみちこんな依頼を引き受けてくれるのはおまえさんくらいなものだしな。いやあ本ッッ当に助かるよ」


「気にするな。ギブアンドテイクだ」


 契約成立だと握手を交わす。ひとまず第一関門は突破した。

 一流仕立て屋の高価なドレスなど職を持たないノワールに手が出せるわけがない。そしてそれを着るであろう相手も大金を持ち合わせているようには見えない。となれば頼れるのは目の前の小太り富豪しかいなかった。


「それにしてもなんでまた思い直してくれたんだ? この間はあんなに渋っていたじゃないか」


「ああ、それはだな……」


 ノワールが口ごもったのにはわけがあった。そばにこそいないとはいえ、この店内には話を聞かれると厄介な相手がいる。いつ聞かれるかもしれないここで“良い餌が見つかった”と話すのはなるべく避けたい。勿論本人にも事が済むまでこの話をするつもりはない。


「まあ、なんだ。さすがにこれ以上バレッティアの名物を穢されるわけにもいかないだろ。伝統ある祭典だ。八百長なんて噂が出回ったらそれこそバレッティアの名折れだぜ。ヤツらも最近おイタが過ぎてるみてえだし、そろそろ誰かがお仕置きしてやんねぇとなって思ってよ」


 勿論、出鱈目である。

 ノワールがそこまで正義感に満ち溢れた熱い男ならば朝っぱらから酒場に入り浸るような自堕落な生活はしていなかっただろう。

 ただ、少し血が騒いだだけ。言うならお遊び。

 そう。これは単なる暇潰しだ。


「おおっ! さすがはなんでも屋だ。頼りにしてるぞ!」


「おうよ」


 とりあえず話の流れから返事は返したがなぜかここでもその名前が出てくる。

 “なんでも屋”を名乗ったことなど一度もない。ただ、金に困ると割りのいい仕事をくれるハウラに世話になることがあるのは確かなわけで、よってハウラがノワールのことを何でも屋と勘違いするのは仕方ない。

 しかし彼のくれる依頼は少々過激なのだ。

 漁に出れば縄張り争いをしているライバル船との殴り合いのような激しい抗争に加担させられ、森に入ればミュータント狩りを任されたり。

 その筋の人間でさえ骨のいるような仕事を、当然やれるだろうと言わんばかりの調子で紹介してくるのだから困る。

 実際ノワールもやれると判断するからこそハウラの依頼は一度も断ったことがなく、そのお陰でハウラの中で彼への信頼度はかなり上がっていた。

 だがノワールとて人間。当然命は惜しい。けれどハウラの目にはノワールが命を惜しむような人間には見えていないらしい。

 いい加減その辺をわかってもらえなければそのうち本当に生命の危機に関わりかねない危険な依頼を頼まれる羽目になるかもしれない。


「ちょっとオッサンたち。店内で大声出さないでくれるかい? ここは飲み屋じゃないんだよ」

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