12

「ほら」


「……これは」


 手渡された紙を見つめ、呟く。

 ノワールが書いたのは地図だ。


「四時間後ここに来い。おまえの望みを叶えてやる」


 指定の場所とその周辺が記された地図は土地勘がなければ解読に苦労するほど簡易的なものだったが目的地の店の名前は書いてるため人に聞けばそう迷わず辿り着けるだろう。


「本当に?」


「だから嘘ついてどうするんだよ。そもそも騙すつもりなら最初から連れてくるかよ」


 時間まで滞在してる宿で待ってろと言うとリアはパアッと晴れやかな表情を見せた。


「ありがとうございます!」


「わかったら早く出ていけ」


 追い払うようにあしらえば、リアは大人しく頷くと奥の部屋にいたエルに別れの挨拶をしてから去っていった。




 椅子に深く座り込んで天を仰ぐノワールを見たエルは心配そうに歩み寄る。


「ノアさん?」


 不安そうに見つめる少年になんでもないと告げる。そして、


「ロザーリの店にハウラを連れてこい」


「ハウラさんをロザさんのお店に?」


 それは共通点の見当たらない二人の人物の名前。


「でもハウラさんお祭りの準備で忙しいんじゃないですか?」


「“例の件を引き受けてやる”って言えばすっ飛んでくる。頼むぜ」


「りょーかいです」


 頼むと言えばエルは途端に使命感に燃えた。それ以上追求することなく飛び出していった姿を温かい目で見送り、ようやく一息つく。


「あー疲れた」


 ――嵐のような時間だった。

 閑散とした空間が懐かしく思えるほど、濃い時間を過ごした。

 何をするわけでもなくただ一点を見つめて、思い返すのはリアが話したこと。彼女が自分に言った言葉を反芻する。

 心臓が驚くほど鼓動を速くしていた。手は小刻みに震えて、自然と溢れてくる笑みが抑えられない。

 それはまさしく――憎悪。

 鍵をかけたはずの感情がガタガタと音を立てて外に出ようとしてるのがわかる。


「……本当、今更だな」


 吐き捨てた声は、とてつもなく冷たかった。



  ***



 七年前。ジフォース四大大国で最も勢力を誇るといわれていた南部を占める大国・ロディオスで大規模な内戦が勃発した。

 首謀者は王制に不満を訴える反王制軍。

 当時、四大大国の一つで東部を占める隣国・リルファールとの間に複数の領地問題を抱えていたこともあって軍の中にはリルファール傘下の軍勢も多数混ざっていたことが明らかとなり、危うく両王国間の戦争にまで発展するところだった。


 全てが火の海と化した。

 崩壊する街。荒れ果てた大地。石ころのように転がる死体。あの光景は七年が経過した今でもロディオス国民の脳裏には鮮明に焼きついていることだろう。

 反王政軍の兵力は王国軍の数倍にも及び、戦力差は明確で圧倒的に国が不利だった。

 しかし不可能だと思われていた戦況を見事ひっくり返し、最悪な戦争を終結させた英雄こそが当時、王立騎士団で部隊長を務めていたジョーカーと呼ばれた男。

 王立騎士団に入団するための絶対条件であった騎士学校への入学・卒業の一切飛び越え、なんと十一歳という幼さでロディオス王立騎士団に異例入隊し、弱冠十四歳で精鋭揃いの実力派部隊へ配属されたその二年後。十六歳で至上最年少となる特別部隊隊長に昇進するという驚異的な戦闘力と輝かしい功績を持った切れ者だ。

 戦争時の年齢は十九歳。王宮に突撃せんとする軍勢を次々と撃退していき誰一人として城に侵入させることを許さず敵を斬り倒す様は恐ろしくも優美な姿から戦場を舞う死神のようだと例えられていたほど。

 ――だが戦争終結後、不可解なことが起きた。国を守った英雄がなぜか忽然と姿を消したのだ。

 すると間もなくとある噂がロディオス全土に出回る。

 それはなんとあの戦争の首謀者は英雄と呼ばれたジョーカーであったというものだった。

 当時の王政に不満を抱いていた彼は反王政軍を焚きつけて王を失脚させようと企てていた。

 ジョーカーが首謀者であったとする公表はなかったものの、実際に彼が拘束されるのを見たと話す騎士もおり、噂は事実として国中に周知された。

 なぜ国に寝返ったのかは謎だが彼の裏切りを決定付ける証拠もあり、城に戻ったジョーカーは王命により即刻投獄された。

 しかし彼はあろうことか牢を脱獄しそのまま姿を消した。

 反逆罪は重罪。彼は他に王を欺いた罪や脱獄罪という複数の罪状が科された。にもかかわらず真実を公表し国を挙げて逃亡した罪人の捜索を行わなかったのは、終戦直後で国における被害は甚大でとても罪人一人の捜索にく人員はなかったからだとされている。

 そしてジョーカーの件はその後も明らかにされることなく時は流れていった。

 ある者は、逃亡中のジョーカーは騎士団に拘束され密かに処刑された、と。

 またある者はこれまでの功績を踏まえて国外追放の処置が成された、と。

 そしてまたある者は脱獄したジョーカーはリルファールに亡命しリルファール国王の加護の下で生き延びている、と。

 他にもジョーカーに関する噂は数多く流れた。だが結局のところ真実を知るものはおらず彼の所在はおろか生存を知る者さえいない。

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