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「――へえ。そりゃ妙だ」


 辛うじて顔はひきつることなく声も普通に出せたが、その瞳は決して笑ってなどいなかった。


「そんな話聞いたことがねぇ」


「当然です。命令は内々に下されたのでこの件を知る者はごく僅か。それに彼が国外で身を隠しているのであればロディオスの騎士団を動かすことも不可能。ですから現在この件に動いているのは私一人だけです」


 七年前に姿を消したきりその後一切の消息不明となった人間を探すための方法としては、あまりに愚かな方法。

 裏を返せばそれだけ内密に事を進めてほしいという事も考えられるが、それで目当ての人物を見つけられる可能性はほぼ皆無。

 こんな馬鹿げた話を王宮の人間がやるとは到底思えない。

 それでもそれを嘘だと完全に疑いきれないのは、この少女がロディオスの人間だというただ一点の事実。


(だが妙に引っかかる)


 なぜ七年もの間放置してた男を今更探す必要がある?

 手配書や騎士団を動かすという大々的な捜索を行うわけでもなく、こんな少女一人に任せて当てのない旅をさせるなど無謀にも程があるだろう。

 目まぐるしく過ぎ去る時の中で日々新たな問題の対応に追われる国の人間にとってジョーカーは最早過去の存在で、大勢の兵の中の一人にしか過ぎないはずだ。

 それを探して連れ帰り一体どうするつもりなんだ。

 やはり事を起こすには月日が経ちすぎている。

 考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。


「一つ聞くが、おまえジョーカーの顔は見たことあるのか」


「……いえ」


 遠慮がちに短く首を振る姿を見て、そうだろうと思っていた言葉が心の中で呟かれる。

 顔を知ってるのならそのように効率の悪いやり方はしない。


「名前は存じ上げているのですが容姿までは……生憎、私は本人の姿を見たことがないので」


「写真は?」


「それも……残念ながら」


 察するにリアは推定十四、五歳。戦争当時の七年前ならまだ十にも満たしてない。

 男児であればロディオス王立騎士団に入隊、もしくは騎士生なら一瞬でもジョーカーの姿を見たことがあっただろうが女、それも女児は特別な口添えでもない限りまず入宮できない。よって彼女くらいの年齢ならジョーカーの顔など知る由もないだろう。

 本当に話を聞けば聞くほど少女の旅がどれだけ無謀なものなのかということがわかる。密命と言えば聞こえはいいが、要は体よく追い出されただけではないのか。

 情が移ったのか、ノワールはリアが不憫に思えてきた。


「マジで行き当たりばったりだな。おまえみたいな小娘が一人でこのジフォースを渡り歩いて膨大な数いる人の中からたった一人の人間を見つけられるなんて本気で思ってたのか? しかも相手は生きてるのか死んでるのかもわからない過去の――」


「生きていると信じてました」


 呆れたように話す声を遮ってリアはそう告げる。妙に確信めいた表情で宣言されたセリフはノワールの胸底をいやに刺激する。


「信じる、ね。会ったこともないヤツをどう信じるんだか」


「実際彼は生きていましたし、こうして辿り着くこともできました」


 淀みなく話す姿に返す言葉がなく吐息すると、次は自分がとばかりにリアは身を乗り出す。


「彼とあなたの関係を教えてください。あなたがロディオスの人間ということは彼とはロディオスで知り合ったんですか? あの事件の後からずっと一緒に? あなたはどういうきっかけで彼と――」


「あーうっせえな! 聞いてるのはこっち! おまえに質問する権利はない!」


「なぜですか。せめてどういう経緯でバレッティアに来たのかだけでも――」


「つまり! 王宮の人間がおまえにジョーカーをロディオスに連れてくるよう命じた。おまえはその命に従いジョーカーを連行するために話がしたいというわけか」


 容赦ない質問攻めを強引に黙らせるとリアは不満そうに唇を尖らせたがノワールの言葉にはきちんと頷いた。


「ええ、大体は合ってます。連行というのは語弊がありますが」


「そうか? ジョーカーがロディオスに戻ればどうなるかわかっててそれでもヤツを連れてくつもりなんだろ」


 国がジョーカーに関する噂の火消しを一切しなかったのは、それが事実であると認めた証拠。つまりリアがやろうとしていることは死罪を逃れたジョーカーを再び処刑台に連れていくと同じ意味。


「全部承知の上であいつに会わせろって?」


 射るような視線をリアは真っ直ぐに受け止める。


「こちらの事情を聞いてもらえたら彼はきっと自分から同行したいと言うはずです。ですからどうか彼に会わせてください」


「ハッ、本気かよ」


 大した自信だ。権力を握る人間は常に傲慢だ。気分次第で人の命を生かしも殺しもする。

 ――この女も所詮はロディオスの犬ということだ。

 あまりに堂々としていて腹が立ってくる。

 その根拠のない自信はどこからくるのか吐かせてやりたくなる。が、


(それとも、根拠があるのか)


 そう言い切る何かを彼女は持っているのだろうか。

 リアを見据えながら静かに思考を巡らせる。やがて立ち上がったノワールは紙とペンを取ると何かを書き込んでいく。

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