10

「あなたの瞳はロディオス特有の色をしています」


 どこか落ち着かない様子で次々と質問してくる様に、ノワールは彼女が何かを察したのだと気付く。


「お揃いだな」


 言葉遊びをするように返すとリアは不快そうに眉を顰めた。

 答えを急ぎながらもどうアプローチするか悩み焦る少女の姿は愉快で、つい悪戯心を擽られるのだが、彼女がここにいる目的を思い出すとすぐに考えを改める。

 生憎口説くために連れてきたのではない。


「この街にはいつから――」


「回りくどいヤツだな。はっきり言ったらどうだ。『ジョーカーなんですか』ってな」


「っ――――」


 その顔が意味するのは驚愕か確信か。

 どちらかに振り切った顔。あるいはどちらも入り交じった顔。

 出会って数時間も経たない少女は男の一言に目を見張り唇を震わせて激しく動揺している。


「どう……して」


「――逃げる前に言ったろ。“ジョーカー”って」


 治安部の警報が鳴り響く前。目が合ったあのとき、彼女の薄い唇は確かにそう動いた。


「ご存じ、なのですか」


 リアは目の前に座る男を凝視する。

 そして思った。――似ている、と。


「もちろん知ってるぜ。裏切り者の死神ジョーカーだろ」


「そうではなく!」


 あらかじめ用意していたかのような返事を即座に切り捨てる。

 胡散臭い人間だと警戒した男は己の探す人物だった。

 少女がノヴァを探していたのは、その者が“彼”かどうかを見極めるため。

 ノワールに抱く先入観を捨てて“彼”と照らし合わせてみると、不思議と頷ける要素が多い。

 ――戦場を舞う死神の姿に。


「あなたがジョーカーなんですか」


 喉につっかえるものを感じながら言葉を紡ぐ。

 無言でリアを見ていたノワールはやがて溜息を吐くとそっと視線を逸らした。


「なわけねえだろ。なんで俺があんなヤツと……あ、やべ」


 ハッと口を押さえるがもう遅い。ノワールが“うっかり”口を滑らせた瞬間、リアは椅子を倒す勢いで立ち上がるとテーブルに手をついて身を乗り出す。


「居場所をご存じなのですか!?」


「あ……まあ、どこで何してんのかは知ってるな」


「やはり彼は生きているのですね! この街にいらっしゃるんですか? 今すぐに彼の居場所を教えて下さい!」


「そう言われてもな……」


「お願いします! どうしても彼に会いたいんです!」


 食いかかる勢いで懇願される。目を逸らしたままのノワールは困ったように顔を渋くさせた後、再びリアと視線を合わせると――


「だめだ」


「どうしてっ!」


「おまえみたいな得体の知れないヤツに会わせるわけないだろ。俺はそう簡単に仲間売ったりしねーの」


「彼に何かしようというわけではありません!」


「信用できない」


「ここには私一人です! 他に仲間はいません! 私のような女に彼をどうにかできるとお思いですか!?」


「不可能ではないだろ。ただの女じゃないってのはさっきこの目で見せてもらってるしな」


 騒動を起こしていたあの場所で彼女が見せた動き。

 背中に羽が生えたかのように容易く宙を舞い的確に定められた狙いに、大の男たちが畏怖するほどの殺気。とても普通の人間に為せる技ではない。

 仮にそれが彼らと同等の男だったならまだ頷けたが相手は女。ましてその女はまるで武人の欠片も感じられない。


「並の人間にはできない芸当だ。どこで身につけた」


 少女の瞳が泳ぐ様子を冷静に見据える。

 下手な嘘など通用しないというのは理解しているはずだ。


「それは尋問ですか」


「尋問? 面白い言葉使いやがる。心配しなくても、ただの興味だ」


 どちらも譲らないまま話は平行線を辿る。

 だがここで先手を取ったのはノワールだった。


「目的を言え。おまえが何者で、ヤツに会って何をする気なのか正直に話せば居場所を教えてやってもいい」


 リアは他にも何かを隠してる。

 ノワールの勘がそう警告していた。


「――私は、ある方の命で旅をしています。その方の名は言えないのですが、私に命を下したのはロディオスの王宮にいる者です」


 やはり――。大方予想していた名前が思ったよりも簡単に出てきたことにひとまず納得する。

 リアは自分を見据える男の視線が何かを試しているように感じて、高ぶった感情を静めるように息を吐くと観念したように話し始めた。


「命を受けロディオスを発った私はまず常人とは違い並外れた力を持つ男の情報を集めました。そして集めた情報を頼りに各地を巡り、実際に本人と会って情報通りの人物なのかを確かめる。その者が私に命を下した方の探し求める人物かどうかを見極めるために」


「その、主人っつう王宮の人間が探してる人間がジョーカーなのか」


「はい」


 と、リアは頷く。


「なんのために?」


「彼を、連れ戻すためです」


 一瞬聞き間違えたのかと自分の耳を疑う。だがそんなノワールに追い討ちをかけるように鈴の音は鳴った。


「ジョーカーをロディオスに連れ戻す。それが私に与えられた命です」


 刹那、相手の顔が微かに変化したことにリアは気がついただろうか。

 全身が震える。雪崩れるような感情が爆発しそうになるのを僅かに残る理性が必死に抑えながらも、彼のなかのドス黒い何かが確実に沸々と込み上げてくる。

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