8

 口ごもる姿にほら見ろと得意気な顔をすると少女は悔しそうに唇を噛み締めた。

 本当にわかりやすく表情が変わる様子に、まだまだ子供だなと鼻で笑うノワールだったが、ふと我に戻るとまたしても自分が無意識に少女を自分が知る人物に重ねていたことに気がついて、途端に顔を曇らせる。


 ――調子が狂わされる。この顔に。


 少女が彼女に似ていなければ他の野次馬と同じように傍観していたことだろう。

 彼女にさえ似ていなければ……。


「名前はなんだ」


「え? ……リア、といいます」


「アホちげーよ。探してるヤツの名前。この街の人間なら大抵のヤツは知ってっから、ついでにそいつのとこまで案内してやる」


 リアと名乗った少女の顔がパッと晴れる。


「本当ですか?」


「嘘ついたってしゃあねぇだろ。いいから早く言え」


「“ノヴァ”という人です。バレッティアの住人だと聞いたのですがご存じですか?」


 唇の動きに合わせて発せられた声に心臓が跳ね上がる。


「――ああ」


 まっすぐに自分を見つめる相手に静かに頷く。すると少女は歓喜と安堵が入り交じったような表情を浮かべふっと吐息を吐く。その様子から察するに、どうやら少女は自分が探している人物の顔を知らないようである。

 ――目の前にいるというのに。


「何の用だ」


 尋ねるとリアは緊張から解き放たれたままに口を開きかけて、やっぱり閉ざす。


「申し上げられません」


「なんかおまえよく見ると怪しいな。やっぱ今からでも治安部に引き渡すか」


「聞きたいことがあるだけです!!」


「聞きたいこと?」


 食い気味に白状した直後にしまったと口を押さえるが、もう遅い。

 素性の知らないワケ有り女が自分を探してる――なんとも気色悪い事態だが、どのみちノワールとしてもこのまま彼女と別れる気はない。聞きたいことがあるのはお互い様だ。


「そんじゃあとりあえず行くか」


「え?」


「探し人のところ。さっさとついてこい」


 治安部を警戒して大通りを避けて進む。やがて民家が連なる住宅地に入ると自宅の前に見慣れた婦人が立っていた。


「やっと戻ってきたのかい」


 名はトマ。ノワールとエルが暮らす家の家主で二児の子を持つ母だ。


「何か用だったか」


「野菜のお裾分け。エルちゃんに渡しといたから。待ちくたびれてたわよ」


「おうサンキュ」


 するとトマはノワールの隣に立つリアを見ると穏やかながらも驚いたように声を上げる。


「あら。あなたが女の子を連れて帰ってくるなんて何事かしら」


「なんでもねぇよ、こいつただの迷子」


 手早く会話を済ませて別れる。二人の内容から違和感を覚えたリアが訝しげな視線を向けていたが敢えて触れずに家に入る。すると目の前で頬を膨らませた少年が仁王立ちしていた。


「おそい!」


「おー野菜がどっさり」


 可愛らしい出迎えを無視してトマが届けてくれた新鮮な野菜を見ればエルは更にムッとして声を張り上げる。


「もー! 話そらさないでください!」


「あーへいへいすんませんでした。――おい、とっとと入れ」


 玄関前で止まったままのリアに向けて告げるとエルは「へ?」と振り返った。戸惑いの顔を隠すことなく佇む女の姿を捉えると瞬きを繰り返す。

 初めて見る顔なはずなのに既視きし感があるのはなぜだろうと女の顔をまじまじと見つめたエルはふとその正体を思い出した。


「あのときのお姉さんだ!」


 自分の保護者が連れて一緒に治安部の兵士から逃げていた相手だ。


「あ、あの、これは一体どういう……」


 リアは躊躇い気味に声をかけるが相手からの返事はない。代わりに返ってきたのは弾むようなエルの声だった。


「どうぞあがってください!」


「いえ、あの私は……」


「あ、はじめまして! 僕、エルっていいます!」


「え? あっ、リアです。よろしくお願いします、エルくん」


「はいっ!」


 若干動揺しているようだが、自分のような年下の人間にも丁寧に頭を下げて自己紹介するリアの姿にエルは一瞬で好印象を抱く。


「あー腹減った」


 言いながら食卓についたノワールにエルは素早く反応するとリアの手をガシッと掴んで席まで誘導した。


「リアさんも座ってください。一緒にごはん食べましょう!」


「あの、でも私っ」


「いただきまーす」


 会ったばかりの人間と食卓を囲むというよくわからない状況にもかかわらず男二人は全く気にする様子もなくテーブルに並べられたピザやシチューに手を伸ばす。

 勢いに押されて食事の席につかされたリアは最早何から突っ込んだらいいのかわからない。


「あのっ、ノヴァさんのところへ案内してくださるのではなかったのですか」


 押し込まれそうな空気に負けじと語気を強めて発言するとエルはキョトンとする。

 その顔を見るとリアは何か変なことを言っただろうかと不安になるが、そこでようやく目の前の男が口を開いた。


「だから連れてきてやっただろうが」


「え?」


 意味がわからずに聞き返すと横から「ノアさんです」という声が届く。


「ノヴァさんはノアさんです」


「…………え?」


 口をモゴモゴさせながらさっきよりも丁寧に説明してやったエルの言葉を理解した瞬間、リアは愕然とした。

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