7

 案の定、兵士の一人がズゴズゴと近付いてきた。腰に下げた剣を構える様子はない。普通に話かけてきたということは顔までは見られていなかったということか。

 ノワールは口端を吊り上げて笑みを浮かべる。それは勝利を確信した顔だった。


「――あ?」


 意図して立ち固まること数秒。鈍い動作で振り返ったノワールは明らかに不機嫌を露にさせた顔を兵士に向ける。


「いいわけねぇだろ? すげーイイとこだってのに邪魔するなんて無粋な真似してくれやがって」


 反抗的な態度に兵士の顔つきが険しくなるがこんなことで捕まりはしない。兵士が次に言うだろうセリフはおそらく“話を聞かせてもらいたい”という趣旨のもの。だがもちろんそれを言わせてやる気は全くない。

 口を開こうとしたのを見てニヤリと笑ったノワールは「ああ」と大袈裟に頷いた。


「それともアレか、兵隊さんは男女の付き合いにも口挟むようになったのか? だったら仕方ない。健全なお付き合いをしていますってとこ――見せてやんねぇとな」


 顔を前に戻し顎に添えていた手をクイッ、と持ち上げる。すると少女の肩がぴくりと震えた。頭から被せた上着があるため、兵士の立つ角度からは見えてもせいぜい唇までだろう。

 後はこの女の演技次第。

 さぁ、これで勝負が決まる――。


「――――なあ?」


 勝ち誇ったように告げたのはノワールの方だった。

 いかにも極悪人のようなニヒルな笑みを浮かべるノワールを前に、兵士はあからさまに紅潮した顔で目が合うと気まずそうに顔を背けた。

 それもそのはず。少女は行き場を失ったように宙を掴んでいた細い腕をノワールの背中に回し、その身と共に擦り寄せるように抱きついてきたのだ。

 乳白色の瑞々しい肌、そのしなやかに伸びた腕は神秘的な美しさを放っておりふっくらとした唇が開いた僅かな隙間からはほんのりと色付いた舌が見え隠れしている。

 誘うように揺れる濡れた舌の動きは扇情的な色香を放っており、奇しくもそれを見せつけられることになってしまった兵士は思わず生唾を飲み込む。だが女のすぐ隣で連れの男が射るように冷徹な視線を向けて自分を牽制してることに気付くと慌てて我に返ったように瞬きを繰り返し、収まらない動揺を咳払いでごまかした。


「っ、ゴホン。す、すまない。確かに無粋な真似をした。この辺に金髪の女が来なかったか聞きたかったのだが」


 己が場違いだと理解した上で、それでもなんとか会話を成立させようとする職務に忠実な兵士が憐れに思えてくるのと同時に、その滑稽な姿に噴き出してしまいそうになるのをグッと堪える。

 ――わりぃな、もう勝負はついたぜ。


「金髪? 知らねぇな。んなもん、そこらへんにうじゃうじゃいるだろ?」


「そ、そうか! では失礼!」


 その返答を待っていたとばかりに威勢よく発し、足早に去っていく兵士の後ろ姿を最後まで冷めた目で見届ける。

 彼も不運な男だ。出会った相手がノワールでなければ目当ての人物を捕らえることができたものの。


「――、――? ――!」


 話し声が遠くなるのを黙ってやり過ごす。

 声と共に足音が完全に消えるのを待ってからそっと向き直る。するとそこにはあからさまに顔をひきつらせる少女の顔があった。


「…………」


 仄かに頬を赤らめながらもこちらに向ける視線は射すように冷たい瞳。それは明らかに彼に対する軽蔑を示していた。

 ノワールもこればかりは自分の方に非があると認めざるを得ない。だが状況が状況だっただけにこれが最善だと判断したのだ。現にノワールの機転の利いたアイディアのお陰で二人は無事に難を逃れることができた。それを思うと素直に謝るのもなんだか癪だ。


「あ? なんだその顔は。助けてくれた相手に対して感謝とかねぇのか」


 頭に被せた上着を剥ぎ取るようにして言えば、少女はすかさず反論する。


「ですから何度も申し上げているように助けてくれと頼んだ覚えはありません」


「でもあのまま逃げ回るよかマシだろ」


「それはっ! そう、かもしれませんが……ですがあのようなやり方でなくても」


「“あのような”?」


 あまりに初心うぶな反応を見せるものだからついからかってみせるとさっきの一件を思い出したのか色素の薄い肌が真っ赤に染まった。


「っ~~なんでもありません!」


 ノリが良いのか悪いのか。大胆なのか初なのか。実によくわからない女だ。


「うっせえな、怒鳴んなよ。ありゃ演技だ演技。ったく、ほんとにやったわけじゃないってのに細けーガキだな」


「がっ!?」


 少女は愕然とする。一体自分のどこがガキなのだと訴えるように強い視線を向けたが、当のノワールは己の失言に気付いてないのか平然としている。その様子が更に少女の怒りを倍増させる。


「特別親しくもない人から何の説明もなく突然あのように詰め寄ってこられたら誰だって驚くでしょう!?」


「俺なら『お、ラッキー』って喜んで受け入れるな」


「あなたと一緒にしないでください!」


「はあぁぁぁぁ。じゃあ他になんかいい方法でもあったのか? ん?」


「っ――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます