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「あっ、申し訳ありま――」


「もしかして誘ってる? だったら遠慮なく頂くけど」


「え……?」


 少女の瞳が戸惑いに揺れる。


「ひょっとしてさっきのヤツらにもこんな風に迫って勝負吹っかけたのか? 可愛いツラして案外やるのな」


「っ!」


 その瞬間、少女はノワールの手を払い除けた。先の発言に気分を害したのが容易にわかる憤怒の表情に睨まれる。だがノワールは動じない。


「そんなに怒るなよ、ただの冗談だろ。残念だが初めて見る顔だな。あんたみたいなイイ女は一度見たら忘れねぇさ」


「……それはどうもありがとうございます。では」


「人を探してるんだって?」


 去ろうとする背中にそう告げるが少女は振り返ろうとしない。


「あなたには関係ありません」


「助けてやった恩人に対して随分な言い草だな」


「助けてくれと頼んだ覚えはありません。それにあれくらい一人で対処できました。では」


 小綺麗な顔が怒りに歪んだ様子を見たい衝動に駆られて挑発したが、想像以上に相手の機嫌を損ねてしまった。離れていく背中から嫌悪を感じ取ったノワールは吐き捨てるように笑う。


「つれねぇな、俺こう見えても結構有能よ? なんか困ってんなら手助けできることもあるかもしんねぇぞ」


「結構です」


 完全なる拒絶。少女はノワールが思っていたよりもずっと単純な性格をしていた。

 別人だと判明したはずなのにそれでも無意味な答え合わせをしていた自分の行動が可笑しくて静かに肩を震わせたそのとき、再び近くで警笛が鳴る。


「おい、こっちだ!」


 沈黙を吹き飛ばすかのような声とそれに連なる複数の足音。捜索部隊が数人流れてきたのだろう。


(さて、どうすっか)


 今更だがこのまま少女と一緒にいるとノワール自身も拘束される危険性がある。

 無論。少女を連れ出した時点で既に共犯者となっているわけなのだがあれは身体が勝手に動いただけで本意ではなかった。それなのに自分も拘束されるというのは腑に落ちない、というのが彼の持論。


「おっと、待てよ」


 視界の端に捉えた少女が駆け出そうとするのが見えて瞬時に手を掴む。すると今にも殴りかかってきそうな勢いで強く睨まれる。


「離してください」


「そう言うなって。おまえを逃がしたせいで俺ってば共犯になっちゃったのよ?」


「ですから頼んだ覚えはありません。あなたが勝手にやったことでしょう」


 強気に言い返してくるが声音の変化を聞けば動揺してるのは一目瞭然だった。

 早く離せと言わんばかりに拘束を払い除けようとするのをより一層強く掴んで阻むと少女の瞳は段々怒りから焦りに変わっていく。その様子が気にかかった。

 確かに一度逃走したせいで、拘束されたら釈放までに時間を要するだろうが、何も大罪を犯したわけではない。

 これは言うならば些細な言い争い。そんなトラブルは日常茶飯事。酒によるトラブルならもっとだ。それなのにただ騒いでいた罪で追われただけの人間が治安部に対してここまで動揺するのは妙だ。

 もしかすると少女は乱闘騒ぎ以外にも治安部に捕まると厄介な事情を抱えてるのではないか。だとすると一度牢に入ればすぐには解放させてもらえない。


(ったく……どこが人違いだよ。ただのじゃじゃ馬小娘じゃねえか)


 本当に厄介な拾い物をしてしまった。


「このまま逃げ続けるのは面倒だな。手、貸してやらんでもないぜ?」


「え……、――っ!?」


 ドンッッッ!


 少女が反応を示すのが先か、その瞬間。ノワールは自分の身につけていた上着を少女の頭に被せると華奢な身体を壁際まで追い詰めた。


「あ、の……っ」


 海色の瞳がこれでもかと言わんばかりに見開かれる。長い睫毛は緩やかなカーブを描いて上がっており、赤みを帯びた唇は言葉を紡ぐことなく開閉を繰り返す。

 言葉に出さなくとも少女の思考は手に取るようにわかる。動揺、驚愕、混乱。様々な感情が入り交じった瞳がノワールを映している。

 無理もない。自分を助けてくれた相手が気まぐれに手助けを提案してきた挙げ句、なぜか壁際に詰め寄られているのだ。寧ろこれで平然としていられるような度胸の持ち主なら初めから手助けなど必要ない。


「いいから黙ってろ」


 全ての思考を断たせるかのようにそう告げると、壁に片腕をついたノワールが少女の顎を掬い取る。


「ヘマすんじゃねえぞ」


「なぁっ――――!?」


 驚いた少女は抵抗することも忘れてこの状況についていけず一人硬直する。だがそのときは目前だ。

 純情な反応に良心が痛んだのはほんの一瞬。複数の足音が近くなるにつれ、ノワールと少女の顔の距離もますます近づいていく。

 互いの鼻先が触れんとする。そして――


「いないか。おい、そっちはどうだ!」


「ダメだ。見当たらない」


 横目で声の人物を一瞥する。左腕に着けているのはオルタナ国家の紋を施した腕章。その正体はノワールの予想通りバレッティアの治安部隊だった。

 来るぞ――。眼で訴えると、不能状態にあった少女の瞳が瞬時に色を取り戻す。

 兵士が二人を見つけたのはその直後だった。


「そこの者、少しいいか」

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