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 何かのデモンストレーションか? 混乱する頭の中に浮かんだのは否に等しい仮説。


「なんだいノワールじゃないか」


 混乱するノワールの呟きを聞き、隣にいた人物が声をかけてきた。振り向いてみるとそれは顔見知りの相手だった。


「あんたいまの見てなかったの? そりゃあ惜しいことをしたねぇ!」


「あ゙でっ!」


 相手はノワールの背中を力強く叩くと声を上げて笑った。


「いやー参ったよホント。あそこに男たちが倒れてるのが見えるだろう? あれあの娘がたった一人でみーんな倒しちまったんだから」


 あれ、と指差された所には大柄の男たちが地面に倒れてるのが見える。いずれも動けないほどこてんぱんにやられたのか痛々しい呻き声が微かに聞こえるだけでピクリともしない。


「……まじか」


「大マジさ。あの娘、人を探してるみたいなんだよ」


「人探し?」


 なんだそりゃ、とノワールは怪訝な顔をする。


「それであちこち聞き回ってたらそれがあの男たちの耳に入ったみたいでね。何があったのか突然言い争いになったと思ったら『だったら俺たちが勝負してやろうじゃねぇか』って喧嘩が始まったのはいいけど結果はこの通り。賭けまでやって返り討ちにあっちまったってわけさ」


 聞けば彼らはいずれも元軍人を名乗る者だという。そして人探しをしていた少女に一方的に絡みにいくとなぜか言い争いになり、道のど真ん中で掛け紛いの勝負が始まった。だが勝てると見越して挑んだ勝負に男たちは一人残らず全員呆気なく敗北した。

 腕自慢の猛者を呼吸一つ乱すことなく糸も簡単に倒したのが、あそこにいる一人の小柄な少女。


「それにしたってあの数を一人でやったのか」


「嘘じゃないわよ! あたしは最初っからここにいたからね。ぜーんぶこの目で見てたんだから!」


 腕に自信があると豪語する彼らにとって女、それも自分より遥かに細身で小柄の少女相手に負けを認めるのは相当恥ずべきことだろう。それでもあっさりと敗北を宣言したのは自分に勝機がないことを悟ったからだ。

 元とはいえ軍人を名乗っていた彼らだからこそ己と少女との実力差に気付き、負けたと言わざるを得なかった。――だとしたら、あの少女の力は本物。

 少女が振り返ると、倒れていた男たちからあからさまに恐怖に怯えるような短い悲鳴が洩れる。身から出た錆とはいえ一人の少女相手に屈強な男たちが竦み上がる姿というのはなんとも滑稽だった。


「約束なので、これは頂きます」


 がっくりと項垂れた男の弱々しい返事を待ち、樽の上に置かれた小袋から零れんばかりに収まった硬貨を手に取った少女はそれを背中に背負う袋に収めた。

 一体どんな荒野を渡り歩いてきたのかと思わずにいられないほど薄汚れた服に布袋。みすぼらしい装いだが口調はとても丁寧で高貴な雰囲気のある真逆の空気を漂わせている。

 倒れている男たちも含め、そこにいる敗北者は全員それなりに鍛えてきた体格のよい大男ばかりだ。一対一の戦いだとしても少女一人の力で呼吸一つ乱すことなく倒せるわけがない。つまり彼らが弱いというわけではなく、少女の強さが異常ということ。

 ノワールは拍手喝采を浴びる少女の姿を目で追う。

 全身から何かありそうな雰囲気を存分に漂わせる風貌にノワールの興味は一瞬にして掻き立てられる。後頭部で一つに束ねた艶やかな金色の髪を靡かせながら颯爽と歩いていく少女が翻った瞬間、それまで見えなかった少女の顔が見える。

 しかしその途端、彼は言葉を失った。


「っ――」


 少女の顔を瞳に映したノワールの双眸は驚愕に見開かれる。

 まるで職人の手で巧妙に作られた人形のように繊細で美しく整った面立ち。そして澄んだ海の色を思わせる青い瞳。



『おまえは残酷な女だな』


『ええ、わかっています。ですから何を言われてもわたくしがあなたを選ぶことはないわ。永遠に』


『そうだとしても俺はおまえを』


『ノワール。わたくしもあなたを愛しています』


『……だったら、――――』



 脳内で一つの映像が流れる。

 純白のドレスに身を包んだ絹のように滑らかな銀髪をそよがせ、蒼い海色の瞳を向け柔な表情を浮かべる一人の女性。その女性の隣に立つのは団服に身を包んだ若い頃の己の姿。――それは、捨てたはずの記憶。

 記憶の中の女性と目の前の少女があまりにも酷似していた。

 するとノワールの異様なまでに食い入るような視線に気がついたのか、ピタリと足を止めた少女はまるでその視線にいざなわれるかのように振り返る。

 海色の瞳がノワールを捉える。何一つ隔てるものがない空間で二つの視線が重なりあった。


(なんで……)


 動悸が激しい。酸素が上手く吸えない。何か言いたいはずなのに、いくら喉を震わせようとしても声が出てこない。ただ驚愕と疑問だけが頭の中を駆け巡っていく。


「っ――!」


 微かに動いた少女の口の動きを読み取り言葉の意味を理解した途端、ノワールの心臓が更に強く鼓動を打った。

 ほんのりと色付いた唇が紡いだのは、いまではもう誰も口にしない者の名前。


 ――あの女は、なんだ。


 混乱するノワールの足が前に踏み出したまさにそのとき。すぐ近くで甲高い笛の音が辺り一帯に響き渡った。

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