リタルドジョーカー

いづみるい

第1話

1

 世界に存在する大陸の一つ、ジフォースには圧倒的な勢力を誇り確実に自国の領土を拡大していく四つの王国があった。数多く存在する国々の中でもその四つの王国だけは別格と恐れられ、日々激化する終わりなき抗争に疲弊した国々はいずれかの王国と同盟を結び傘下に入ることで戦争による損害を回避し安息を得ていた。

 やがて四つの王国は四大大国という同等の価値を設ける協定を結んだことによりジフォースの長きに渡る戦国時代は終焉を迎えた。

 世界に平和的均衡が訪れてから、八十年の時が過ぎようとしていた。



  ***



 四大大国の一つ。ジフォース北部を占めるオルタナ傘下小国の街。それがここ、バレッティアである。

 赤、青、黄、桃、白――多種多様の花々が至る所に咲き誇る別名・華の街ともいわれるバレッティアは年に一度の大きな祭典、ベル・フローラ祭を間近に迎えいっそう華やかな盛り上がりをみせていた。

 ベル・フローラ祭とはバレッティアの守り神とされる華の乙女ベル・フローラを讃え開催される、その年の最も美しい女性ベルを決める祭典のことだ。毎年この時期になると街には輝かしい宝飾を身につけ豪華なドレスを纏った見目麗しの美女が街中を練り歩く光景が恒例となっていた。

 ある者は己の存在を誇示するため。ある者は己の美を保つための後援者を求めて。

 外見の華やかさとは裏腹に自分を美女と讃えろといわんばかりに秘めた欲が剥き出しの行為だがそれを咎める者は誰もいない。

 ベルの称号を欲する女たちにとって自分自身を見世物とする行為は重要な意味を成しており、男たちにとっても合法的に美女を拝めることが許されるこの時期は至福以外の何物でもないのだ。



「ぅんしょっっ、と」


 タンッッ――。

 四段ほどの短い石段をひょいと飛び降りた少年は、左右に跳ねた薄橙色の髪を揺らしながら、あちこちへ視線を動かしては悪態をつく。


「まったくもうっ!」


 慣れ親しんだ住人しか知らないような狭い路地裏の入り込んだ迷路地を立ち止まることなく進む。

 明るく無邪気で愛くるしい雰囲気を漂わせる少年の名はエル。透き通るような黄玉色の瞳に長い睫毛。薄紅に染まった頬とくるりと跳ねた癖毛が庇護欲を駆り立たせる成長過程の中性的な顔立ちからよく女と間違われてしまうということをコンプレックスに抱える小柄な少年は焦っていた。

 というのも只今、少年の保護者が行方不明なのだ。

 朝、目を覚ますといつも隣にあるはずの温もりがない空虚感に寝台から飛び起きたエルは食卓に残された書き置きを見て、またかと肩を落とした。


 ――飯買ってくる


 大人が書くような字とは到底思えない汚ならしい文字が並ぶその文章を残した相手がエルの悩みの種。

 買い出しなど行かなくとも食材は揃っている。そもそもエルもその保護者も料理は勿論一通りの家事がこなせるのだからこんな早朝から食料調達に行く必要がない。つまりこのメモは口実。保護者は適当な理由をつけて家を抜け出したのだ。とある場所へ行くために。

 いまもそこにいるに違いない。エルは気合いを入れるように鼻息を荒くして路地裏を抜けた。


「あらエル。こんな早くにどうしたの」


 ふと声のする方へ視線を向けるとそこには店前の花壇に水やりする婦人の姿があった。

 名はロザーリ。仕立て屋を経営する若き女主人である。


「おはようロザさん! ノアさん見てない!?」


「は? あのバカまたいなくなったの?」


 だが続けて、どうせどこぞの酒場で呑んでるのだろうと言うとエルも勢いよく頷く。

 そう。実に端的なメモだけ残して家から消えたエルの保護者は、まだ日も昇りきっていないうちから酒場に向かったのだ。

 孤児だった自分を拾ってくれた保護者を親同然に慕うエルとしてはいつまでも自堕落な生活をしていないでそろそろ素敵な伴侶を見つけて落ち着いてくれることを望んでいる。だが酒好き、女好き、賭博好き、と女が嫌う三拍子を兼ね備えた当の本人にその意思がないのだから意味がない。


「全くどうしようもないボンクラだね、あいつは。エル、しっかり叱ってやりな」


「うん!」


 ロザーリの後押しのお陰で更に気合いが入る。バイバイと手を振ればロザーリはキリッと整った美顔を微かに綻ばせて手を振り返したのだった。



 大通りに入ると、店はすぐに出現する。息を整える間もなく店内に巡らせたエルの視線は、ある一角で止まった。


「お、あがり! いやーわりぃな、また俺の一人勝ちだわ」


 片手に酒瓶、もう片方の手には数枚のカード。勝ち誇った表情で手札をスパンと円卓に叩きつけた男は上機嫌に言い放つ。

 さらりと流れる漆黒の髪に、切れ長の瞳は色素の薄い綺麗な青みがかった色をしている。目を引くような整った顔立ちは美丈夫とも思える容姿だが、問題はそこではない。

 皺だらけの長袖の服の上には寒さを凌ぐためだけの上着が羽織られており、下は破れかぶれのズボンに黒革のブーツ。加えてあの品格の皆無さ。

 見るからに自堕落な雰囲気漂うこの男こそエルの保護者――ノワール・ハルヴィン。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます